4,幼女、調子に乗る
仕事(立ってるだけ)中に、寒空の下ガタガタ震えながらポチポチ。
「ふふっ、大猟ね!」
「はい、これでマスターの装備が買えますね」
あれからライアにごり押し理論で納得させ、いかに物理で殴るのが素晴らしいかを小一時間語り、ゴブリンを十八体殴り倒した。
時刻は夕暮れ、二人はご機嫌、そんな二人は帰還中。
当初は困惑と驚愕と唖然を融合させて、そこに軽く恐怖もスパイスに加えた表情をしていたライアだが。
次から次へと襲ってくるゴブリンを、俺が殴り倒しては投げ、殴り倒しては投げとしているうちに、みるみる表情が歓喜に染まった。
これだから三次元の女は。
もう一度いおう、これだから三次元の女は。
何度でもいおう、これだから三次元の女は。
女とは、ニートには御せないものである。
男にとっては小さなことで機嫌を悪くし、気に入らないことがあればすぐ怒り、嫌いな人間のことは永遠と裏で陰口を叩く。
かといって陰険なだけではなく、飴を与えれば美しい笑顔をみせるし、こちらが気を配れば幼子のように甘えてくる。
ニートは常にゴキブリ扱いなので、女性の機微など理解できないのだ。
よって、ニートは二次元に夢をみるのだ。
「それにしても、初日でこんなに稼げるなんてね! もっと時間がかかると思ってたわ!」
ライアからすれば、戦力が使い魔のみでは、たいして稼げないと思っていたらしい。
ゴブリンを殴り倒したといっても、十八体をそのまま引き摺っているわけではない。
耳をむしり取っただけなのだが、ここで疑問が浮かぶ。
なぜ、耳で稼げるのか。
この世界はゲームじゃない、現実だ。
『ステータス』と囁いても、空中に自分だけに見える半透明のホロウィンドウは浮かばなかったし、マジックバックなんて解明不能の魔道具もないらしい。
空気は吸えるし、頬を抓れば痛いし、人間もいる。
でも、地球ではありえない魔法や魔物、龍なんかもいるのは事実で、その辺のところはどうなのだろうか。
耳だけでなぜ金が入る? 害獣駆除みたいなものなのか?
「マスター、なぜ耳がお金になるのですか?」
「うん? あぁ、それはねーー」
話を聞き、結局のところ、ファンタジーは現代地球人には理解不能だと悟った。
というのも、ゴブリンの耳は調味料になるらしい。
うん、まぁほらファンタジーだし、うん。
あれを食うの? マジで?
つまり、わかりやすくまとめると、冒険者などは害獣駆除+食糧確保+自分の生活+他者からの名声+世界の平和のためにいるらしい。
おれはかんがえることをほうきした。
さて、ニートの頭脳で理解できないことは放っておいて、そうこうしているうちに門がみえてきた。
アリアローゼの街を守る門は、分厚く高い。
その扉を堅く閉じているならば、地上から敵を招き入れることはないだろう。
ほら、門番もちゃんとグリズリーみたいに屈強なグリズリーが……
「マスター! 敵です、殲滅します!」
「えっ!? ……あっ! ちょっ!! 待っ……」
ライアが何か叫んでいたが、俺は無視して弾丸のように駆けだした。
ゴブリンでだいぶ自信もついたし、この体はなぜか物理の方向性でスペックが高い。
いくら走っても疲れないし、中身がデブとは思えないほど俊敏に動ける。
自分の身長よりも長い杖を両手に握り締める。
一段階ギアをあげ、駆ける速度をさらにあげる。
目標のグリズリーまであと30メルト……20メルト……10メルト……。
グリズリーはこちらに気づいてない……いける!
俺は杖を逆さに持ち、槍のように構え、速度を落とさず突撃する。
そして、グリズリーにアンブッシュを仕掛けたが……。
「なっ!?」
防がれた!?
ポーカーフェイスが崩れているのがわかる、杖はグリズリーに防がれ、穂先に見立てた柄の先を握られた。
なんて力だ!
ピクリともしない!
マズい!
グリズリーはその大きな口をあけ、俺を鋭い眼光で睨みつける。
『あぶねぇな! 何しやがるこのクソガキが!』
「しゃ、しゃべった!?」
ど、どういうことだ……。
「コラー! 何やってるのよ!」
「ま、ますたー……だ、だってグリズリーが……」
「グリズリーじゃないわよ! 使い魔よ! 騎士様の! ごめんなさいブレンダさん……この子召喚したばかりで……その……」
『おう、なんだひよっこか。仕方ねぇな、許してやるよ』
困惑していると、ライアが後ろから追いついてきて、グリズリーに謝罪を開始した。
素晴らしくも見事な謝罪だ、腰が九十度に折れ曲がっていて美しい。
決壊寸前だった涙が収まっていく、いけない、無表情にならなければ。
グリズリー……いや、ブレンダさんは、どうやら熊の使い魔らしい。
なお、ゲームではデフォルメされた三頭身の熊が、プレイヤーの背後をその愛らしい姿でぴょこぴょこついてくる。
ゆえに、こんな巨大なグリズリーが使い魔だなんて、わかるわけがないのである。
しかし、喋る使い魔は俺しかいないのかと思っていたのだが、ちゃんといるようだ。
ライアが謝り、ブレンダさんが許す。
うむ、なんの問題もなく解決だな。
などと思っていると、ライアに頭をぺしんと叩かれた。
「リリィちゃん? しなきゃダメなことあるよね?」
「ご、ごめんなさい。ブレンダさん」
『おうよ! 次から気をつけな!』
ピンと張っていた猫耳がへたれ、しっぽはたれ落ちてきた。
ニートとはめったに謝らない生物なのだ。
インターネットで得た知識で屁理屈をマシンガンのように連射し、論破されても子供のように癇癪を起こして押し通す。
だがこの身は幼女でも無表情キャラだ。
地べたにみすぼらしく転げ回って駄々をこねるのも、鼻水と涙をみっともなく流して発狂するのも禁忌なのだ。
パンドラの箱をあけてはならない。
このまま封印するべきだ。
そうそう、猫耳としっぽだけど、感情に起因して勝手に動くのだ。
なので、無表情でも感情がバレてしまうが、こればかりはどうしようもない。
無表情でも嬉しいとしっぽが揺れるとか超あざといが、俺は悪くない。
俺は悪くないんだ。
にしても、熊の使い魔……でけー……。
おそらく300マイルくらいはある全長に、屈強な毛皮からは茶色の毛が毛並みよく全身を囲んでいる。
鋭い爪と牙、そしてさらに鋭い金目の眼光に射抜かれた敵は、ほとんどの者がその身を凍らせることだろう。
毛皮の内側にある筋肉の鎧は頑強で逞しく、殴られれば俺なんかでは一瞬でミンチだ。
俺はなんて相手に喧嘩を売ったんだ……。
ブレンダさんを見上げながら後悔していると、何を勘違いしたのか、ブレンダさんはその巨大な掌で俺の頭を優しく撫でた。
『嬢ちゃんべっぴんさんだからな! あと5年成長したら相手してやるぜ? ガッハッハッハ!』
言い知れぬ悪寒に体が震え、しっぽと耳がピンとなりながら全身の毛が逆立った。