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1,幼女、空を舞う

 全身が風を切る感触で意識が浮上した。

 そして、即座に状況確認。

 ニートとは生存本能に忠実で、少し放っておくだけで勝手に増殖し、厳しい環境でも生き抜く強さがある生物なのだ。

 生物扱いされないどころか、たまにナマモノ扱いされることがあるが、それでもめげないのがニートなのだ。



 呼吸はできる、手足は動く、首、肩、腹、全て問題なし。オールグリーン。

 それでもいまだに目を閉じたままなのは、キチンとした理由がある。



 落ちている。

 体に何も問題はないが、環境には問題があった。

 たしかに落下している感覚があり、思考している時間ももちろん落ちているはずで、それでも潰れたトマトみたいに死んではいない。

 つまり、そこから導き出される解答は、俺は超々高度からのフリーフォールを楽しんでいるということなのだろう。



 もちろん、パラシュートなどもってるはずもなく、何をしようとも待ち受けるのは死しかない。

 ならば、例え理解不能と意味不明を足して支離滅裂をさらに足したような状況であろうとも、死ぬ間際ぐらいは潔くしようじゃないかと思い、目を瞑ったまま衝撃を待っているわけである。



 ニートとは諦めるまではねちょねちょと粘り強いが、諦めたら全ての行動を放棄するのである。

 それにしても、まだ生きてるとか高度ありぎると思う。



「ぐえっ!?」



 そんなことを思っていたら、背筋に衝撃を受けて変な声が出た。



 あぁ、俺は死ぬのか……お父さんお母さんお姉ちゃん……パソコンにインストールされている、『極楽幼女学院(R18)』だけは覗かないでください……。



「ウソ……信じられない……。本当に私が使い魔を……?」



 我ながら気持ち悪い遺言を残していると、聞き覚えのない女性の声が耳に入ってきた。

 俺に女性の知り合いはいない。

 知り合いどころか、コンビニ店員のお嬢ちゃんくらいとしか、ここ5年間は話した記憶がない。

 そういえば、衝撃はたしかに受けたのに、襲ってくるはずの痛みがない。

 地面は硬いどころか柔らかいし、何より俺は今生きている。

 どういうことなの。



「…………ここは?」

「わぁ、喋った!」



 恐る恐る目を開けると、見知らぬ部屋の中にいた。

 じめじめとした我が城ではなく、色々とヤバい液体が染み込んだベッドでもない。

 全面可愛らしい色が散りばめられた、なんとも華々しく少し目が痛い室内の、ピンクのシーツが敷かれた清潔そうなふかふかベッドの上だった。

 汚れ一つ見当たらない、きっと持ち主は綺麗好きなんだろうなと予想できる。



 そして、その室内には俺以外の熱源がもう一つ。

 先ほどの女性の声はこの女性……いや、女の子のものだろう、何やら不安そうな眼差しで俺を見つめている。

 俺は人類の夢である舞空術をしていたはずなのだが、なぜ室内にいるのか、この女の子に聞けばわかるだろうか?

 ともあれ、順番に質問していくしかあるまい、ニートが急に現れて女の子が驚愕した可能性も微粒子レベルで存在する。



「あなたは……?」

「あっ! ごめん! 感動しちゃって、自己紹介を忘れてたわ! はじめまして、私の名前はライア。あなたを召喚したマスターよ!」



 はい?



「……マスター?」

「そうよ、来てくれてありがとう。私の可愛い使い魔さん。あなたのお名前は?」



 まて、落ち着け。

 まだ慌てるような時間じゃない。

 そうだ、ニートは即座に状況確認。

 略してにそじ、これであなたも二十代。



 思い浮かぶのは、ライアと名乗った女の子が厨二病を患っていて、その出力がフルドライブな可能性。

 女の子をよくみてみよう、そうしよう。



 年齢は十代だろう、多分十五歳くらいかな?

 肩にかかる綺麗な赤髪、目は切れ長く、角度はややつり上がっている。

 瞳の色も燃えるような赤で、勝ち気そうな印象なのに、チャーミングな泣きボクロが可愛らしさも主張する。

 鼻筋はすっと伸び、唇はなんともみずみずしい。

 それらが全てバランスよく小さな顔に配置されていて、肌は軽く焼けた小麦色。

 十人に八人は振り返るであろう美少女だ。

 ここまでならただの美少女で終わる。

 そう、ここまでなら。



 なぜなら、ライアが着ている黒い布生地で作られた外套は、狭い肩幅から慎ましい胸、腰を通って足元までと、全身をスッポリと覆い隠している。

 胸元には純白のブローチが横一線に三つ装飾されていて、腰には薔薇色のベルトが巻かれている。

 コスプレ会場に着ていけば、大絶賛でオタク共に囲まれるのは想像に難しくない。



 さらに、左手に握っている棒。

 ライアの首元まで細長く真っ直ぐに伸びた焦げ茶色のそれは、素材はおそらく木製で、漆でも塗っているのかつやつやとした輝きを放つ。

 手触りの良さそうなその棒の先端部分には、三本の鉤爪に掴まれた青色の宝玉が装着されていて、何かのレプリカにしてはやたらと精巧な作りだ。

 オーラのようなものが宝玉を包んでいるところをみると、ただの棒ではなく魔法の杖であることが伺える。



 最後に、右手に抱えている書物。

 ぱっと見ではただの分厚い古ぼけた茶色の本だ、普通なら使い古しの辞書だとでも勘違いするだろう。

 だが、表紙に描かれた五芒星のイラストにどこか既視感を覚える。

 てかこれは……。



「ウィザードの初期装備……?」

「あら、もしかして名前はないのかしら? そうよ、これはウィザードの装備なの。本職はランサーなんだけどね」



 てか、滑舌が悪い。

 気のせいか声も高くて透明感のあるソプラノボイス。

 あの全身で風を切った時に、吸い込んだ空気がヘリウムガスだった可能性。

 ダメだ、懸念が事実なら現実をみなければ。



「……………………鏡ありますか?」

「鏡? あるわ、ちょっとまってね。

 ……はい、どうぞ」



 俺はライアから手鏡を借り受けて、反射の角度を変えながら、自分の全身を舐め回すように見て堪能した。



 そこには、長いストレートの黒髪と、小さい丸顔、大きなぱっちりとした目、その瞳の色も黒く、桜色のぷっくりとした唇、幼い顔立ちに、アフロディーテの法衣を着た幼女がいた。

 法衣で隠しきれていないその手足は、まるで小枝のように折れそうなほど細く、肌は白く透き通っていてきめ細かい。

 さらに、頭に生えた黒毛の猫耳と、ゆらゆら機嫌良さそうに揺れている耳と同色のしっぽ。

 一応確認したが、もちろん息子はついていない。



 リリコットを愛するあまりに、自分がリリコットに突然変異するなんてアホな思考も一瞬頭を横切ったが、すぐにその考えを振り払う。

 理屈はわからないが、俺のボディーとリリコットのボディーをチェンジするというのが、ボディーチェンジチケットの効果なのだろう。

 それならあの馬鹿げた説明文も頷ける。



 つまり、今俺の体にはリリコットたんが入っていることになる。

 かわいそうなリリコットたん……ブサイクデブニートに体を奪われて、自分がブサイクデブニートになるなんて。

 ごめんね、リリコットたん。

 こんなことになるなんて知らなかったんだ!

 中身はニートだけど、俺頑張るから……!

 せめて、せめて……



「私の名前はリリコット。これからよろしくお願いします、マイマスター」



 全力でリリコットたんを演じるから!

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