13,幼女、すぐに再会する
雨の日以外は1日1話から2話を目標に頑張りたい。
ちなみに本日の夜は雨の予報。
どうやら、クルスはスキルなしでサイクロプスを倒したようだ。
おっさんにエラく気に入られ、満更でもない顔でうんうん頷いている。
還らぬ魔物となったサイクロプスは、体中が傷だらけだ。
今はその身をぬかるんだ地面に少しだけ沈ませている。
しかし、体は傷だらけだが、その傷はアザや凹みが目立っていて、まるで剣で『斬られた』というより剣で『殴られた』といった感じだ。
というか、その通りなのではなかろうか。
クルスのツヴァイハンダーはおそらくユニークで確かに名剣だけど、スキルなしではゴブリンならともかくサイクロプスのような巨体を断ち切ることはできないと思う。
なので、剣で斬れずにそのまま殴り倒したのだろう。
その地力はすごいものがあるが、クルスの種族は腐ってもフェアリーだ。
剣で力任せに巨大な敵を打ち倒す妖精とか……。
顔は王子様なのに厨二だし、夢をぶち壊すにもほどがある。
「確かに青年のことは気に入った! しかし困った……サイクロプスは我が輩の獲物だったのだ……」
おっさんがその体躯に似合わぬ仕草でガックシといった感じに俯く。
まぁ、これはクルスが全面的に悪い。
どうせライアの応援により密度を上げたおっさんへの嫉妬が爆発して、考えなしに突っ込んだとかそんな感じなんだろうけど。
ゲームの世界では『横殴り』って言葉があって、他の人か他のパーティーが戦闘してる敵に途中から俺が攻撃するのが横殴りだ。
だいたいがそれを悪と断じていて、横殴りを行った者はなんらかの形でペナルティーを受ける。
運営によってユニークボスのみルール外適用されてるオンゲもあるが。
この世界でもそれは同じだと思う。
世界と名声のためでもある冒険者でも、その根底にある存在理由の主軸は金のためであるところが大きい。
つまり己の獲物=己の金であり、それを横からかっさらわれたらたまらないだろう。泥棒と一緒だ。
であるならば、俺たちだけで完全に倒したアクアフロッグは俺たちの金で、サイクロプスは助勢に入った恩程度の分け前を貰うのが妥当な落としどころだろう。
「フンッ……サイクロプスはくれてやる……感謝するんだな」
だというのにこいつときたら。
前にも似たセリフ聞いたぞ。
ボーッとしてたけど覚えてるんだからなっ。
確かクルスはCランクだったはずだが、財政状況はどうなのか。
ライアにつきまといライアを助けて、ライアに貢いで、ライアを適当な理由でクエストに連れ出し、ライアの使い魔である俺に武器を与え、ライアに寛容なところを見せたくておっさんに貢ぐ。
行動理念がライアだらけだな、現代日本なら体よく利用されて捨てられるか即御用だ。
もしかしてクルスはこのまま俺たちと一緒にこれからも行動する気なのかな。
そのつもりならいくらCランクで貯金があっても、今の頻度で金を無駄にしていればいずれ底を突く。
お金は大切だ。
できるだけ稼ぐべきだ。
金がないとリリコットたんを探すことはできないのだから。
「おぉ! それは助かる! 我が輩は金がないのだ!」
「フッ……火焔姫も黒薔薇猫もそれでいいな?」
「まぁ、私はサイクロプスに手を出したわけではないので」
おっさんは予想通り大喜びだ、がっくりしてたのが嘘みたいに歯並びのいい歯を見せて笑っている。
そしてクルスの問い掛けにライアも了承した、唯一返事をしてない俺に三人の視線が集中している。
こうなるともう『はい』か『わかった』しか選択肢がない。
俺は学ぶ男だ、空気を壊すことの怖さは地球で存分に思い知った。
さらに、学んだだけでは人は進まない、学んでから考えねばならないのだ。
だからわかった。
わかったから。
わかったからそんな捨てられた子猫みたいな目で見ないでくれよおっさん。
その巨体でそんな目されたら怖いから。
「問題ありません」
「おぉ! ありがとう娘よ! この恩は忘れないのである! グスッ」
俺が了承すると、おっさんが感極まったのか泣き出した。
あれかな、俺が答えるまでちょっと間があったのがいけなかったのかな。
えっ、俺が悪いの?
いやいや、きっと数日前の俺たちみたいに金が全くなくて、切羽詰まってたのだろう。
気持ちはわかるよ。うんうん。
「ところで、自己紹介しておきます。ワタシの名前はリリコット。使い魔で、職はランサーです」
「あ、そうね。私はリリィちゃんのマスターで、ライアです。ヒューマンで、同じくランサーをやっています」
「フッ……愛に溺れて堕ちた片翼の堕天使……クルスだ」
俺の言葉の後に二人も続いた。
自己紹介もまともにできない虫は見なかったことにする。
「ワーハッハッハ! 我が輩の名前はアルバート。エルフで、ビショップなのだ!」
最後におっさ……アルバートさんが閉めた……が。
エルフ……だと……。
ふむ、下半身には白いブーツと僧服、上半身は裸、ハゲに男らしい顔、耳は……あ、いわれてみれば耳が少し長いかも……?
また夢が砕け散る音が聞こえた気がする。
それと、やっぱりビショップなんですね。
メイスも使わず素手なんですね。
また夢が……もういいか。
現実と戦っていると、アルバートさんはいつの間にか涙を止めていた。
で、右手を上げながら再びニカッと笑う。
「ではまたどこかでな! 我が輩はこれにて失礼するのだ!」
そういって、サイクロプスをずるずると引きずりながら去っていった。
クルスのことを気に入っていたから、もっとゆっくりするのかなと思ってたけど、案外あっさりだな。
冒険者なんてそんなものか。
☆☆☆
アルバートさんと別れた俺たちは、数匹のアクアフロッグと数体のブルースライムを狩り、何事もなくギレナ湿地からアリアローゼへ帰還した。
馬車にやられて喋ることもままならない状態になった俺は何事もあったが。
酔いって三半規管が弱いとなるんでしょ?
きっと、耳が四つある俺は三半規管がアンバランスなんじゃないかなぁ、と思うんだ。
うむ、そうに違いない。
ともあれ、今俺たちはギルドの酒場にいる。
丸型のテーブルの上には食材が謎の料理が並び、その周りを三人で囲っている。
魔物料理はもう馴れたから別にいいんだけど、たまにヤバい物体が未加工なんじゃね? これ、といった感じで出てくるのだけは勘弁して欲しい。
ちなみに、ライアのランクはEに昇格した 。
冒険者で初依頼をこなしてから数日でのランクアップに受付嬢(三十八歳♂)は初めは驚いていたけれど、事情を説明した後はクルスをじと目で見ていたあたり完ハゲ受付嬢もだいたい察したのだろう。
まぁ、おめでたいことには違いないからそれはそれでいいのだけれども。
そんな本来祝われる立場のライアは今どうしてるかというと、
「リリィちゃん、スキル習得おめでとう!」
俺を祝ってくれている。
それもぱちぱちと手を叩いて幸せそうに。
いやね、ライアもスキルは習得したのだけども、「私はどうでもいいわ、それよりリリィちゃんを祝いましょう!」とか言い出してこうなったわけだ。
嬉しいけども、気分的には複雑なわけで。
というのも、 騙してるって思いが強いのだ。
もちろんライアは大好きだ。
俺には基本笑顔を振り撒いてーーゴブリン殴り倒した時は怯えていたけどーーくれていて、四六時中常に俺を気遣っているほど優しい。
それこそ普通の子供なら過保護で愛情過多だと感じてしまうくらいには。
でも中身はニートのおっさんだ。
それを知ったら今までの態度は見事に反転することだろう。
だからせめて、この体でいるあいだは精一杯甘えて、ニートの体に戻ったら甘んじて罰を受けようとここに誓う。
「でも、本当にお金使わないの? 欲しいもの買ってもいいのよ?」
「はい、貯金します」
「フッ…………世界の真理を学んだか」
お祝いと称して、ライアがお小遣いをくれた。
なんとそのお値段五千G。
つまり、日本でいうところの五万円。
どう考えてもお小遣いってレベルじゃないし、八歳の子供ーー俺の身長が百二十マイルだから、八歳くらいじゃないかなぁ、と勝手に決めたーーにあげる金額でもないのだが……。
お金は必要なので貰えるものは貰っておこうと思う。
なお、そのお小遣いは貯金する。
貯金してコツコツといこう、こういうのは継続が鍵だ。
地球にいた時だって何かを継続さえできていれば、ニートになんてならなかったはずだ。
クルスもちょっとわかりにくいが貯金を肯定してくれている。
ということは、やっぱりライアに見栄を張りすぎて貯金が圧迫……もう何も言うまい。
「それにしても、ステップはすごく便利ね。これで戦略が広がるわ」
そうなのだ、ライアもお気に入りの『ステップ』は、すごく使い勝手のいい万能なスキルだった。
アクアフロッグのおかげで期せずしてスキルを習得できたのは、これ幸いだったということだ。
『ステップ』は、体の向きを変えないまま前後左右に五メルトほどジャンプできる。
こう、ピョーンって跳ぶわけだ。
その速度はブリッツより遅いが、体の向きを変えずっていうのが大きい。
横っ面から奇襲されても緊急回避ができるわけだ。
ブリッツをしてステップで後方に下がってまたブリッツという、ヒット&アウェイにも使える。
リリコットたん、俺は順調に強くなってるよ。
絶対探しにいくから、待っててね。
こうして俺はまた一日異世界の夜を過ごした。
☆☆☆
異世界に来て四日目の朝だ。
本日はこの世界にきてから初めての雨が降っている。
女となって感受性が高くなったからなのか、真っ黒な雨雲が広がっているというだけでどこか気分が憂鬱になる。
ライアもそれは同じだったのか、朝食は手作りではなくギルドですませることにした。
「「いただきます」」
料理の中に甘いものがあるだけで顔がにやけてしまいそうになる。
多分味覚が変わっているんだろう、今しっぽはこれでもかというくらい揺れてるし、耳も動きっぱなしだ。
無表情とはいったいなんだったのか。
そんな甘味を体全体で楽しんでいる時に、ライアと俺の食卓に相席者が現れた。
ドスン! という音が似合うくらい豪快に席に座り、筋肉がステキなナイスガイ。
「昨日ぶりなのだ! 朝食をご一緒したいのだ!」
あっさりと別れたアルバートさんとの再会の機会は、意外とはやく訪れた。




