11,幼女、察する
起きたらアクセス総合が1万越えてた。
絶対におかしい。
ライアの体を背もたれに座り込んだ俺は、草原に吹き抜ける風を大きく吸い込み、喉から心臓を通って肺の中へと空気を送り込む。
こうして深呼吸してみると、体を構成している器官は人間と変わらないな、と実感できる。
循環系も、呼吸系も、消化系の器官も人と同じ、唯一違うのは勝手にゆらゆら揺れるしっぽと、ピクピク動く猫耳。
というか猫耳と合わせて耳が四つあるしね。
構造を理解はできないが、人間や動物が聞こえにくい音に耳の角度を変えるのと似た感覚。
常に多角的に聞こえるのだ。
肺に貯めた酸素を、ゆっくりと二酸化炭素と共に吐き出す。
まぁ、マナなんてものがあるくらいだから、元素は違うのかもしれないけども。
よし、顔色はまだあまりよくないが、憐れ犠牲となったクルスのコートに色々とぶちまけたおかげで、少しは体調もよくなった。
ライアに一言礼をして、立ち上がった俺は親切に待ってくれていたクルスの対面に移動する。
「お待たせしました。それで、ワタシに魔法の才能がないとは?」
腕を組んで俺の目の前に立つクルスは、コートを旅袋の中に入れ、長袖の黒いシャツ一枚だ。
なんの装飾も絵もない、というか寒くないのだろうか。
まだお日様は高いが、日が暮れると外は驚くほど気温が下がる。
といっても、お気に入りのコートをだいなしにした俺が原因なのだが。
「…………そうだ。貴様、神の声を聞いてないな?」
クルスの口から昨日の夜にライアから聞いた言葉が出てきた。
眉間に皺ができている、ちょっとご機嫌ななめ……?
いや、空気が心なしかどんよりとしてるから落ち込んでいるのかもしれない。
ともあれ、神の声。
神の声ねぇ……。
プログラムメッセージだと、思うんだよねぇ……。
「聞いてないです。それが何か?」
「……つまり、杖を装備しても神の声が聞こえないということは、職が違うということだ。貴様、『フレイムアロー』も聞いてないのだろう?」
俺が差し向けた疑問に、クルスがフレイムアローを唱えながら答える。
クルスの指先から無色の粒子が発現して、鼓動を始めその色を朱に変える。
ここまでは俺もできた。
そして、散らばった粒子はお互いを吸い寄せるみたいに一つとなり、形を変え、一本の炎の矢となった。
これが俺にはできない。
「これは、魔法職ならば誰もが最初に習得する。杖を装備した瞬間にお告げがあるからな」
そう言って、クルスは右から左、左から頭上へと炎の矢を操作する。
あ、そうか。
何か違和感があると思ったら、厨二抑え目で普通に喋ってる。
これが素か……できればこのままでいて欲しいものだ。
「そして、それを撃てない貴様は適性がないのだ」
「適性……ですか」
ピュンッ! と、クルスが上空に人差し指を向けてフレイムアローを放つ。
無駄な演出とかいらないから説明してほしい。
「そうだ。他の職に適性があるのだろう。そう思って、数種類の武器を用意した」
「それ……重くないんですか?」
今まで、きっと邪魔しないようにだろう、黙っていたライアが思わずといった感じで口を開いた。
ガチャガチャやってたのはこれか!
クルスは停車してあった馬車から、両手いっぱいに武器を運び出す。
ライアのいうとおりだ、重そう……。
「一本ずつ握ってみろ」
「はい」
華麗にスルーされたが、おそらく重いのだろう。
気持ちはわかるよ。
ニートも見栄を張る生物だからね。
フレンドにお前なら余裕でしょ? とかいわれると、脊髄反射で当たり前じゃん余裕余裕と返すのがニートだ。
ともあれ、いわれた通りに武器を握ってみる。
片手剣、変化なし。
弓、変化なし。
大剣、短剣、槌、爪、盾と順番に握っていくが、神の声とやらは聞こえない。
そして槍に手をかけた時だった。
『〖ブリッツ〗を習得しました』
「…………っ!?」
聞こえた。
これが、神の声……?
ということは、俺の職業はウィザードじゃなくてランサー……?
中身が俺だからなのか、たしかにゲームでは俺はランサーだった。
だが、中身はゲームキャラじゃなくてニートだし、外見はリリコットたん。
どういう………?
なら、もしリリコットたんがニートの姿でこの世界に落ちていたら、魔法使いのリアル魔法使いに……。
誰特だよ……はやく探さなければ。
「聞こえました。神の声」
「フッ…………このオレを崇拝するといい。その神器はくれてやる、儕輩だからな」
あ、クルスに厨二が戻ってきた。
ずっと封印したままでよかったのに。
「リリィちゃん! やったね!」
「わっ。ありがとうございます、マスター」
そう思ってたら、ライアが笑顔で飛びついてきた。
これが巨乳なら、今頃胸に押しつぶされて呼吸ができないとかになるんだろうな。
「ところでクルスさん」
「ム…………なんだ」
それはそれとして、尋問の時間だ。
「サイクロプス討伐にきた理由はなんですか?」
「あ、たしかに。武器握るだけなら街でもできるもんね」
「ふむ……理由など、どうでもいいではないか」
疑問をぶつけた俺に続き、ライアも不思議に思ったようだ。
それをクルスはどうでもいいの一言で流す。
こいつ……まさか……。
「……どうでもよくないです。どうしてですか?」
「火焔姫はランクをあげたいのだろう? ならば、このオレの儕輩となればランクは速くあがる。……それでいいではないか」
そうだよね、ギルドおっさんばかりで可愛い女の子いないもんね。
「たしかに助かりますけど……」
「フッ…………ではサイクロプス討伐にいくぞ」
やたらと仲間になりたがるのも、お金をくれたのも、親切にしてくれるのも、全部。
「『ブリッツ』!」
全部ライアへのポイント稼ぎ!
こいつ、ライア狙いの直結厨だ!
「リリィちゃん!?」
「ぐっふぉ!?」
俺は覚えたてのブリッツをクルスの背後から叩き込んだ。
ーーーーーーーーーー
『ギレナ湿地』
先程馬車が停車したネペル平原北部のさらに北へ三十分ほど、生息しているのはサイクロプスにアクアフロッグと、ほとんどどこでも住んでるニクい奴、液体と個体の中間点、弱くて数が多いかわりに経験値の少ないスライム系のブルースライム君だ。
あの後、ブリッツをくらっても呻き声一つしかあげなかったクルスに、
「適性がなければ使えない魔法職なら誰でも最初に覚えるフレイムアローを発動していましたねクルスさん」
と、一息で揚げ足をとってみたのだが、
「選ばれしこのオレなのだから当然だ…………む! 悪しき者の気配だ! 話は終わりだ!」
これだ。
そんな俺たちはいま、湿地帯を淡水溜まりを避けて探索している。
探索しているけど、戦闘をしていない。
なぜなら……。
「フッ…………大地に遍く悪の権化よ、このオレが断罪してやろう…………ハァッ!」
振り下ろされるツヴァイハンダー。
潰れる青い液体。
「蔓延る不条理……他の誰が許しても、このオレだけは許さない! セァッ!」
突き刺されるツヴァイハンダー。
串刺しになる青いカエル。
「例え世界で抗える者がこのオレ独りになろうとも……オレは永遠に滅ぼし続ける! ラァッ!」
ぶん回されるツヴァイハンダー。
爆散するスライムとカエル。
「フッ……………どうだ、火焔姫よ」
「えっと……」
これである。
どん引きするライアとドヤ顔のクルス。
というか、見た目は邪悪なのに厨二発言は光寄りなんですねクルスさん。
ピンチに助けにくる王子様狙いはやめたらしく、あからさまにアピールしている。
しかし、魔法を使わずにツヴァイハンダーを使うということは、剣一本で敵を屠る胆力があるってことだ。
スキル使ってないしね。
やっぱ種族特性みたいなのがあるのだろうか。
俺も俊敏に動けるし、それは多分種族使い魔で元が猫だからだ。
中身ニートだけど。
でも流石に戦闘なしなのは許容できない。
「クルスさん。これではワタシたちの戦闘経験が積めません」
「そうですよ! 私だって戦えます!」
「ム…………案ずるといい、世界は広い…………いずれ敵とも渡り合うことになるだろう」
「昨日は世界が狭いって言ってたじゃないですか…………」
すぐにコロコロ言うことが変わるのも厨二の特徴である。
なぜなら適当に自分がカッコいいと思う言葉を口にするだけだから。
俺はスキルを一つ手に入れたけど、それはブリッツだけだ、プレイヤーキャラが覚えてたスキルが使えない。
その原因が中身のニートがレベル一と判断されたのか、ライアに召喚されたからなのか……。
おそらく前者。
「……いたぞ、サイクロプスだ」
「どこですか?」
「…………静かにしろ」
ふと、軽口を叩きながらも索敵はしてたらしいクルスが、サイクロプスを目標に捉えた。
俺の視界にはサイクロプスなんて見当たらない。
ぬかるんだ大地、巨大な残岩に、淡水溜まり。
日はまだ登ったままだけど、今は雲がかかっていて少し湿度が高い。
どこだ……?
「岩の影だ。接近するぞ……悟られるなよ」
「「はい」」
クルスの忠告でピン、と張った空気の中、俺たちは一歩、また一歩と岩への距離を詰める。
隠密行動なら望むところだ。
ニートとは忍者なのだ。
まず世から忍び自らの部屋に陣地を作り、親から忍び財布から現金を抜き取る。
通行人の視線から忍び買い物に向かい、店員の視点から忍びエロゲを購入する。
そして働く決意をした者のみが抜け忍となるのだ。
じりじりと歩を進めていると、激しい打撃音と一緒に大地をビリビリと震わす咆哮が響いた。
「ウォォォォォォォオ! オデ、マケナイ!」
「ワーハッハッハ! その意気や好し! 我が輩も全力でお相手するのだ!」
ハゲてて半裸のムキムキなおっさんがサイクロプスと楽しそうに殴り合ってた。




