10,幼女、吐く
この世界にきて三日目の朝。
状況は全く改善されてはいないが、懸念の一つはゴキブ……クルスに心当たりがあるらしい。
なお、ライアにスキルについて問い詰めたところ、この世界の仕様が少しだけ見えた気がした。
スキルとは、鍛錬するうちに習得する技術の一つで、なんでも神からの声が聞こえるのだとか。
ライアがなぜ槍を持つと素早く動けるのかは、わからないらしい。
が……。
もしかすると、この世界には目視することが不可能なだけで、『レベル』や『武器レベル』と『ステータス』があるのではないだろうか。
なら、神はプログラムメッセージとなり、素早く動けるのはパッシブスキルじゃないかと予想した。
なら運営は…………?
ゴーン、ゴーンと朝一回目の鐘が街に合図を鳴らす。
ちなみに、鐘は一日に八回鳴る。
お日様の角度で鳴らすため割と時間は曖昧なのだが、国民全員が鐘を基準としているため問題はないのである。
「…………眠い」
夜遅くまで考えごとをしていたため、脳と体が睡眠を欲している。
外はまだ少し薄暗いので寝てしまおう、などと思ってしまうが、今日はその欲求に従うわけにはいかないのだ。
怠い体を引きずりながら、ピンクのベッドとピンクの布団から脱出し、ピンクのパジャマとピンクのショーツ、ピンクの靴下をピンクの部屋で法衣へと着替える。
これは酷い。
ライアさん……髪の色は茹で上がった海老より赤いくせに、ピンク一色ってどういうことなの……。
そうそう、ショーツにはキチンと尻尾用の穴がついている。
「ん…………りりぃちゃん……………はやいわね、ぉはよ」
「おはようございます」
着替えでごそごそしていると、ライアがのんびりと身を起こした。
その切れ長のつり目は普段よりさらに細めていて、まるでキツネのようでとても愛らしい。
ライアはふわぁと欠伸を一つして、布団の魔力に誘われることなくすぐに立ち上がる。
同じ部屋で同じベッドだ、起きてしまうのは仕方ない。
そんなライアの寝間着はピンクのスケスケネグリジェ。
ぺったんこだけどエロいです。
一緒に風呂も入っているが、それはそれ、これはこれ。
エロいものはエロいのだ。
ライアもいつものウィザード装備に着替えだす。
お金も入ったしそろそろ防具を変えたらどうなのだろうか。
槍から電流を迸らせて、勇猛果敢に突撃するウィザードってすごくシュールだと思う。
いや、杖で殴ってる俺がいうことじゃないが。
「よっし、ごはん作ってくるね」
「はい、マスター」
着替えを終えたライアは優しくふわりと微笑み、俺の頭を一撫でしてから朝食を作成しにいく。
俺? とっくに着替えは終わっているよ。
今日の下着はちょっとけしからん感じの黒いパンティーです。
選んだの俺じゃないから恥ずかしくないもん。
それにしても、ライアはまだ十五歳なのに偉いな。
使い魔である俺も、本当なら調理の手伝いにいくべきだろう。
だが、考えて欲しい。
素材は魔物だ。
なんとなく、手伝いにいったらごはんを食えなくなる気がするのだ。
俺が十五歳の頃は何をしてただろうか。
モテたくてギターを始めても買ったギターをパクられる、友人が欲しくて共通の話題を持っても自慢げにベラベラ話してしまってどん引かれる、不良に弁当奪われるのが嫌で、どうせ一緒に食べる相手がいないからと便所飯。
やがて、秋葉原で寄ったゲーム屋で、R18の幼女ゲームと目と目が合い恋に落ちた。
そして結婚へ。
……うん、ライアは偉いなぁ。
「ごはんだよー! ……どうしたの? そんな遠い目しちゃって」
「なんでもないです。食べましょう」
本日の朝食は魔物の肉と何かの野菜のスープ、調味料はゴブリンではなくニンニクだと信じたい。
何かの素材で作られたパンと、紫色のリンゴに似た形のリンゴみたいな味のリンゴじゃない何かの果物。
肉はなんなのかとか聞いたら、オーガの肉とか答えそうだから黙って食しましょう。
「「いただきます」」
異世界だけど食事の挨拶は馴染み深いこれ。
手を合わせる風習がないのは残念。
どう考えても危ない感じのライアの手作りごはんは、これがビックリお味の方は悪くない。
素材を知らなければ大丈夫。
というのも、人間って目隠してそれが何かいわなければ、意外となんでも食べれるのである。
認識と視覚の大切さがよくわかるね。
さて、さっさと準備してギルドにいこう。
「「ごちそうさまでした」」
ーーーーーーーーーー
朝食後に準備をしっかりとした俺たちは、ギルドに赴きクルスと合流して依頼を受けた。
なんでも、パーティー登録をすればクルスがCランクだから、Cランク依頼までなら俺たちも一緒にいけるそうだ。
うん、ご都合主義だよね。
ほらまぁ、ライアはヒロイン属性だから。
属性の力には抗えない。
ヒロイン属性持っててもギルドはおっさんと中身おっさんと厨二しかいないけどな。
そんな俺たちが狙うのはサイクロプスの討伐。
Eランクの依頼だ。
魔法と何か関係あるのだろう、いずれにしても到着すればわかる。
大丈夫だ、問題ない。
そんな俺は今、馬車の中だ。
「マスター、お尻が痛いです」
そう、馬車。
この世界は何度俺の夢を砕けば気が済むのか。
本物の馬車は、足を踏ん張っていないと座っていられないほど揺れて、尻が痛いだけだった。
「あらあら、大丈夫?」
大丈夫じゃない、問題だ。
ライアは余裕そうに俺を見て笑ってるが、こっちはそれどころではない。
痛み+酔いで三半規管がぐわんぐわんになりながらも尻が痛いのだ。
顔色が真っ青な自信があるし、吐けといわれれば二秒で吐ける。
それなのにライアは余裕、クルスはなんか武器をガチャガチャしてる。
こいつら人間じゃねぇ!
「大丈夫じゃないです、マスター」
「フッ…………ならばこのオレに抱かれながら楽悦の眠りに身を委ねるがいい」
「お断りします」
がさごそしてたクルスが反応して、何か喋っている。
どうやら俺の体は抱き心地がいいらしく、クル…………便所コオロギはやたらと俺に抱きつこうとしてくる。
リリコットたんの大事な体だ。
そう簡単に触らせるわけにはいかないのだ。
条件反射的に即答で断ると、ライアが苦笑いしながら俺を抱き上げてくれた。
「もうちょっとだから、ね?」
「フッ…………いや、到着だ」
ネペル平原の北側、アリアローゼから馬車で三時間程進んだ草原地帯。
ここにサイクロプスはいないと思うんだけど……。
するとクルスは腕を組み、偉そうに俺に向かって口を開いた。
「サイクロプスの前に魔法を使ってみろ」
「はい。『フレイムアロー』…………ちっ」
「ふむ、成る程な。………今このオレを狙っていなかったか?」
「気のせいです」
イラッとしたからクルスに魔法でねーかなーと思ってやったんだが、相変わらずキラキラ粒子が出て消えるだけ。
てか吐きそう。
それで、クルスは何かわかったのか。
「…………成る程とは?」
「フッ…………黒薔薇猫よ………………」
クルスは目を閉じて、答えをじらすように溜めている。
いや、はやくしてよ。
きもちわるい。
「……………貴様には魔法の才能はない!」
「おぇぇぇぇぇぇぇぇ」
「キャア!? リリィちゃん大丈夫!?」
「なななななっ! このオレの闇より深い漆黒の衣が!」
俺は吐いた。




