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舌切り鳶


 昔々或る森に、一羽の鳶が住んでいました。

 鳶は大層な嘘吐きで、いつも嘘ばかり吐いていたので、森一番の嫌われものでした。


 日差しが温かい或る日のこと、いつものように空を飛んでいた鳶は、川辺で一匹の仔狼が泣いているのを見つけました。


「おや、これは狼のお嬢さん。こんなところで一体どうしましたか?」


 鳶が声をかけると、仔狼は悲しそうに顔を俯かせたまま言いました。


「お兄様が人の里に降りたきり、一向に帰ってこないのです。もしかしたら、人間に捕まってしまったのかもしれないわ」


 鳶はとても悲しくなりました。

 つい先日、人間に一匹の白狼が捕えられたことを知っていたからです。

 仮にあの白狼が仔狼の兄なら、今頃その肉は人間たちの胃袋に収まっていることでしょう。

 それを知っていた鳶は、仔狼に言いました。


「大丈夫、近頃、狼が人間に捕まったという話しは聞きません。貴女のお兄さんはきっと無事でしょう」

「それは本当ですか。良かった、ああ、本当に良かった」


 涙を溢しつつ喜ぶ仔狼を見ていると、鳶も嬉しくなりました。


「鳶さん、鳶さん、お願いです。お兄様の行方が知れたら、きっと私に教えてください」

「ええ、いいでしょう。この私に任せなさい」


 一羽の非力な鳥に懇願する仔狼に、鳶は快く頷きました。

 喩えそれが偽りだとしても、鳶は気にしません。何故なら、鳶は嘘吐きだからです。


 それからというもの、川辺で兄を待ち続ける仔狼に、様々な噺を聞かせるのが鳶の日課になりました。


「あれはいつのことだったか、私は冬眠する熊の巣に迷い込み──」

「人間が持つ鉄の筒、あれは恐ろしい。ほら、ご覧なさい。この痣は昔人間に狙われたとき──」

「そういえば、三つ向こうの山には鬼が住んでいるのですよ。おや、ご存知ない? 私は見たことがありますが、あれは──」


 鳶が語るのは大抵が嘘八百を並べ立てた作り話ばかりでしたが、仔狼は時に笑い、時に驚き、時に泣き、本来の豊かな感情を表に出すようになりました。

 川辺からは、いつも一匹と一羽の笑い声が響いていました。


 やがて仔狼は、立派な雌狼に成長しました。

 父狼から長の座を継いだ雌狼は、その圧倒的な実力をもって群れを纏め、彼女の率いる勢力は拡大の一途を辿りました。

 隣山の群れを率いる雄狼との一騎討ち、山を荒らす隻眼の大熊との死闘の様は、山々を巡る小鳥たちの歌によって千里先まで知れ渡りました。

 ですが彼女は今までと変わらず、毎日欠かさずに鳶の噺を聞きに川原へ訪れました。

 森一番の人気ものが、森一番の嫌われものの元を訪れる。

 鳶は、そのことに優越感すら感じていました。


 またもや雌狼が活躍したぞ、今度は西の原の化け物馬を喰らったらしい。

 噂好きの山彦たちが件の雌狼のことを囁き合うのを小耳に挟みながら、鳶は今日も川原に向かいます。

 さて、今日はどんな噺をしてやろう。

 久方振りに、兄の噺をしてやるのもいいかもしれない。

 今日も今日とて、鳶は川原にやって来た雌狼に騙りかけます。


「そうだね、今日は私が雲を越え、天上におわす竜神様に謁見したときのことを──」

「鳶、それは百と十日前に聞いたわ」

「そうだったかな。なら、私が川で溺れ、流された末に辿り着いた海中の都の噺はどうだろう」

「それは七十と三日前に聞いたわ」

「む。ならば、今まで誰にも語ったことのない、とっておきの噺を──」

「鳶」


 普段なら、それこそ先のように同じ噺を繰り返しでもしない限り、雌狼は鳶の噺を遮ることはしません。

 戸惑う鳶を冷たく見遣り、雌狼は言いました。


「鳶、今日はお別れを言いに来たの」


 その言葉の意味を呑み込むまで、鳶は数秒の時間を要しました。

 お別れ? 何故?


「兄の行方が分かったわ」


 分かるでしょう?

 そう言って、雌狼は口角をつり上げます。

 それが友好の意でなく、多分に敵意を含んだ威嚇の意であることは鳶にも容易に分かることでした。


「貴方はずっと私を偽っていた。でも、その嘘に私が救われていたこともまた事実。安心して、命までは取らないわ」


 絶体絶命の状況にあって、雌狼の言葉から全てを理解した鳶は異様なほど冷静でした。

 ああ、遂に来たか。

 ゆっくりと近付いてくる雌狼を、鳶は静かな面持ちで迎えます。


「さよなら、鳶」


 それ以降、鳶はこの森から姿を消しました。

 山彦たちの噂では、雌狼は鳶が命よりも大事にしていたものを奪ったといいます。

 それが何なのか……それを知るものは、当人たち以外誰もいません。



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