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探索者シリーズ

探索者と軟体生物とダンジョン

作者: 鰰家

短編物語です。

頭の中にふと浮かんだ物語です。

まだ形にもなっていない不定形の物語。

これが形になるのはいつなるのかは分かりません。

それでも、これは始まりです。

 剣と灯りを携えて青年は進む。

 誰もいない。

 孤独な地の奥底で歩き続ける。

 独りただ孤独に。

 宝を追い求めて。


 ***


 魔王の時代の終焉。

 世界を魔王が支配していた時代からもう半世紀から一世紀という時間が経ち始めていた。

 過去の時代、魔王がいた。

 全ての魔物の王にして、力の頂点。

 魔の王。

 一魔十族百将千妖万軍を統べる王。

 力が上に立てる。

 力こそが正義。

 力があって初めて発言を許される世界。

 その頂点に君臨していたのが魔王。

 禍々しい玉座に腰掛け、万にもそれ以上にもたっする軍を持ち、魔王が一度手を振れば下につく妖どもは街を焼き払う。魔王が一度めざわりだと蠅を払うと、国が一夜にして百将によって沈んだという。誇り高い十の部族を束ねている。全ての魔の中の魔の頂点。最強無欠、一騎当千、天上天下唯我独尊。

 だけれど、その時代は終わった。

 人間の勝利によって。

 しかし、それは多大な人間側と魔王側の流血、死屍累々の先に作り上げた末に待っていた光景だった。

 最後に魔王の首を取ったのは誰だったのか?

 戦争の終わりを告げるための見せしめに公開された処刑台の上での断頭役を任された処刑人か。

 はたまた人間の軍を率い先陣を切り単身独りで走りきり魔王の王間で戦い討ち取った勇者だったか。

 それとも魔王の側近にいた魔王達の戦いに見切りをつけ和平を持ち出し魔族を裏切る臣下だったか。

 誰が最後に魔王を?

 それでも魔王は討ち取られた、と聞く。

 世界に平和は訪れた。

 人間の王の時代の到来だ。

 去ることなれど、魔物は消えなかった。

 自らの故郷、異世界にあると言われる魔界。

 魔物の殆どは魔界に帰ったらしい。

 けれど、けれども。

 こちらの世界に残った魔物は多い。

 大陸は広い。

 魔物はその全てを掌握していた。

 人間が活動していたのはその10%にしか満たない。

 残りの90%は魔物の支配下。

 人類の戦争の快進撃は魔王がいる城に向かって一直線だった。

 少し回り道もした。しかしながら、それでも最短ルートで軍は魔王のいる城へ進軍し見事魔王を討ち取る。

 その後、魔物の十の部族は停戦協定を結んだ。

 それが人魔和議協定。

 十の部族は魔界に帰るように話は進んだ。

 その後、大部分が魔界へ帰ったとされている。

 ここまでが正史の流れ。

 だが、問題が発生していた。

 緩やかにだが、確実に。

 大陸の各地には人類が発見していないだけで魔物達が独自に作っていた地下迷宮や塔がある。

 そこには魔物の群れが今も佇んでいる。

 魔物の群れという、群れが息づく。

 これを全て切り伏せ、平定しなければならない。

 魔物に対し時に交渉し、時に戦いで屈服、調伏する。

 そうして半世紀から一世紀。

 人類が自由に活動する(人間が支配する世界の部分)領域は大陸の五〇%。

 戦争が終わっても、

 魔王がいなくなっても、

 魔界に魔族が帰っていても、

 それでも世界はまだ半分しか平和になっていない。


 ***


 残された地下迷宮。城。集落。

 魔物が息をする世界。

 人間が支配するのではない。

 力あるものが生きる世界なのだ。

 そこを人はダンジョンと呼んだ。

 そこはとても魅力的な場所である。

 ハイリスクハイリターンが大きい。

 宝がある。金がある。力がある。

 常に危険と死が体を覆いつくし、やがて取り込む。

 一度、肩を休めると次の瞬間には魔物に取り囲まれている。後ろから魔物に強襲しようとすればそれは罠で、すでに後ろから強襲されて絶命している。

 「死を隣人のように想え」

 それがダンジョンを冒険し探索する者達の教訓でもあり、胸に刻みつけるものだ。

 

 探索者と冒険者。

 自殺志願者と命知らず。

 今も地下の奥底でそんな命知らずで自殺志願者ともいえる青年は松明たいまつと剣を携えて地下迷宮ダンジョンの中を歩く。人界支配域から少し離れた場所に位置する地下迷宮ダンジョン。比較的、強力な敵も少なく、ビギナーには狙いやすい。

 だが、それは同時に攻略されやすい。

 攻略とは、その迷宮ダンジョンを支配しているボスを倒すこと。頭というだけあって、力は迷宮内に溢れている魔物なんかよりずっと強い。けれど、倒すと財宝やレアアイテムが手にはいるとか。

 ちなみに人界支配域にある迷宮は52。そのほとんどの迷宮内に魔物は少なからずいるが、基本的に駆逐されている。それでも湧きつづけるのは迷宮内の不思議な力が働いているとか。未だに究明はされていない。

 それでも、魔物達は弱体化している。どうやら人間の気や気配が迷宮周囲で強くなると自然と迷宮内の魔物達の力も抑えられる。それに迷宮内から魔物は出てこない。好きこのんで火中に誰も入りたがらないわけだ。人間が自ら迷宮に行きもしない限り。

 話は最初に回帰する。人界支配域に近いおかげで弱体化している迷宮。そういったところは宝はあるが、比較的魔物は弱い。ローリスクローリターン。当然である。安全からちょっとはみ出て、危険に入っているだけだから。

 迷宮を探索、というよりは潜り込んで青年はもう一週間。一週間前にギルドに所属している同期から「ビーカー(シーカーは探索者を指す意、シーカーと初心者のビギナーを足して省略した侮称である)向きの迷宮で精々頑張れよ」と言われたのはもう悠遠の彼方である。

 何せ迷宮内は昼も夜もない。地下だからだ。

 休みたいときに休むし、探索できるときに探索する。

 そうして探し続けて、ようやく先ほど初めての収穫にありつけた。実は青年が宝箱を見つけるのは生涯初めてだ。

 それに至るまでに冒険者もとい捜索者になって半年。長い年月だった。これを持ってひとまず地上に出るんだ。

 さっきまでこれを守っていたゴブリンの中級種と長い持久戦の末に勝ち取ったのだ。

 普通のゴブリンよりも小狡賢く、また力も強かった。ぶんぶん振り回す棍棒をいなして短く斬りつけてゴブリンのダメージを蓄積していく過程で剣はボロボロで、遂に隠していた二本目に手をつけた。ボロボロになっている剣を見て、不適にニヤリと笑っていたゴブリンに向かってボロボロの剣を投擲後、それに弾くことに気を回していたゴブリンの体を二本目の剣を使い全力で切りかかった。ゴブリンは脚や腰に蓄積していった傷が動きを鈍らせて回避もままならない体に自分は袈裟切る。力任せに相手の肩から斜めに切りおろすが、自分の膂力では骨を切断には至らず、ぶち当たり剣が止まった。まだだ。片足―――鉄板を仕込んだ靴を刃先に乗せて、全体重を腰から脚先に体移動させて踏み込む。力一杯踏み込む。ずぶり、とゴブリンの体がずれたと思うと、体を両断していた。斜めにかけて上半身と下半身が歪に泣き別れていた。ざまあみやがれ。


 そんな戦いの一部を演じ、血にまみれた剣を布で拭い宝箱に近づく。ここで自分は必死に覚えた魔法を使うことにした。宝箱の中身が罠でないか確認するために。

 魔法。いや、魔術、魔呪、魔使ともいうか。

 遠い昔は魔物の知力を持つ者だけが使っていたとされるが、そんなことはない。現に人類だって体内にある魔力を使って今から魔法を使うのだから。

 探索者に必須の魔法の一つである、探査魔法。

 探査魔法にしても青年が今から使うのは宝箱の中身を調べるものだ。

 宝箱の中身には罠や宝箱を模し擬態した魔物の可能性がある。探索者がボロボロになり、探検の末に見つけたものがトラップで魔物を付近へ呼びつける魔物警報シグナルアラームで死んでしまったと聞いたとがあるなんてザラだ。

 そんな迷宮の染みにも栄養にもならないことに自分は荷担したくない。

 青年は宝箱の近くに屈み、あたりに敵や同業者がいないことを確認する。ここまで来て探索者同士の宝の奪い合いなんて嫌だ。

 指先に魔力を集中する。すると、指先から小さな灯火が現れる。これ単体では迷宮内を明るく照らすには至らない。そんな小さな光源を宝箱に近づけると指先の火が揺らめく。

 次第に火は色を変える。

 もし、これが無色ならばそれは空の無色ブランクカラー。箱には何一つ残されてない可能性が。

 もし、これが赤色ならばそれは罠の赤色トラップカラー。開けた者を罠に落とされる可能性が。

 もし、これが黄色ならばそれは魔物の黄色モンスターカラー。宝箱に擬態している魔物の可能性が。

 もし、これが緑色ならばそれは物の緑色アイテムカラー。開けた人が役立つであろう可能性が。

 もし、これが青色ならばそれは―――――宝の青色トレジャーカラー

 開けた者には金銀財宝。冨を約束する。もしくは、レアアイテム。世界に有数しか存在しないアイテムだろう。


 青年の指先の火の色が青色に変わる。

 疑問から確信へと変わり、青年の頬は緩み自然と笑みが表情に表れる。

 そりゃあそうだ。この探査魔法に関しては念入りに念を入れたし、この半年間で一番自信がある。間違いがあるはずがない。

 高鳴る胸をおさえて、心臓の鼓動が早鐘を拍ち呼吸を荒げる。興奮してきたせいか手が震える。さながら初めて女の味を知る男のように。しかし、青年がこれから味わうのはおそらく達成感だろう。至福の時だ。

 宝箱をゆっくりと開けて青年は―――。 


 いざ、宝箱を開けて―――閉じた。

 その表情には困惑ともいえるし、驚愕にもとれる。箱の中身に得難い戸惑いを感じている。

 何故だ、こんなはずは――――――――――。

 確かに魔法はうまくいったはず―――。

 もう一度探査魔法を発動して指先の火を宝箱に近づけると、青色の火は揺らめく。

 おかしいな、これが宝であるはずなのに。そんなことを呟きながらもう一度宝箱を開ける。


 結果は同じだった。

 東の島国に伝わっている開けるたびに中身が変わる絡繰り箱な訳でもない。

 だからいくら閉めても開けても結果は繰り返される。

 もう一度、結果に打ち拉がれた青年は直視する。己が受け止めねばならない現実を。この目で。

 ―――――中に入っていたのは本来魔物の黄色モンスターカラーが示すはずの軟体生物スライムがぽよよん、と水に近い軟体の体をゆらしながら納まっていた。

 

 ***


 迷宮の入り口の近くで夜営をしているキャンプの中で独りの青年の叫び声が周囲に木霊していた。広い範囲に広がっている。


「嘘だあああ、おお神様よぉぉぉ」

 無論、精霊信仰者でも神教信仰者でもない。だが、さきほど起こった無情で無慈悲で非条理な結果には神に頼らずに誰に答えを求めようか。

 探査魔法が失敗した。

 宝かと思って開けたら軟体生物スライムだった。同期の中で一番探査魔法に自信のあったと自負していた自分がこの結果。同期の仲間に笑われてしまうような汚点話だ。

 スライムは相変わらず宝箱の中に納まっていた。

 宝箱の装飾が金を使っていたので宝箱だけでも売れるだろう。

 だから、こうして持ってきたのだが―――――。スライムを宝箱の中から出してみる。迷宮内にいるスライムと違い攻撃してくることなくただ水液の体をゆらしている。敵意を向けることもない。あと、体が本来よりも小さい。亜種か劣化種か何かだろうか。

 ともかく、このスライムには自分に仇なす理由わけもなく無害らしい。

 まだ分からない。見極める必要がある。

 スライムといえば迷宮内でも随一の弱小生物扱い。

 ギルドの魔物強さランキングでもダントツのワースト一位に10年連続君臨している。

 だから、いざ襲ってきても返り討ちにすればいいのだから見極めもへったくれもないのだが。

 だから、ここでスライムを倒しておくのが得策か。


 青年は刀を鞘から抜くと、スライムに向けてまっすぐに構える。

 いつ来ても反撃できるようにスライムに真っ直ぐに見せた剣先が近くの灯りに照らされて光り輝く。

 じりじり、と距離を詰めていくがスライムは何の反応も見せない。


―――――何故、動かない?

 

 疑問が青年の胸に浮かんできた。スライムが無反応すぎることだ。こうやって、こちらは敵意と殺意を向けているというのに何の仕返し(リアクション)もない。

 油断させているのか?、いやスライムの知能にそんなものが備わっているわけがない。所詮は原生生物の端くれにして仲間。本能のままに動くはず。

 剣先をスライムの水に沈める。スライムが身を捩らせて剣先から退しりぞく。青年は続ける。剣先がスライムの体にぐいぐい沈んでいく。そろそろ反撃してくるはず――――、そう考えながらスライムに痛みを与える。


 それでも、―――――動かなかった。


 しばらく、そうしているとスライムに変化が起きた。

 青年は反撃か!?、と身構えるが違った。

 スライムは水の体を捩らせて痛みでもあるかのように逃げる。体を流体させて移動していく。キャンプのテントの隅にへと逃げると、水の体をぶるぶる、と震わせてただでさえ小さい体を縮める。


「馬鹿馬鹿しい―――――」

 スライムを虐めて何が楽しいんだ、自分は。

 そう自分に毒づいて剣を鞘に納めて、溜息をついてみる。

 明日にでもスライムを迷宮内に返してやろう。そうして長生きするか、他の捜索者の経験値にでもなるがいい。そうだ、それがいい。

 そうして自分は寝た。疲れもあり、しばらくすると寝息をたてていた。気づけば深い眠り。

 まどろみの中に意識を沈めていった―――――。


 ***


 朝起きると、寝返りを打ったときにスライムの体を潰してしまった。これにはとても後悔した。背中がスライムの残骸となり、水と化してびしょ濡れ。スライム自身も体の殆どを失う大事故。

 今はこのことが起きないように、再発しないように。頭にスライムを乗せて迷宮内に入った。幸いにも、朝早くから同業者の姿は見あたらない。このまま誰にも見あたらないように進んでスライムをどこかで捨ててくれば良いんだ。そう考えながら、迷宮の奥へと潜る。

 適当な深さまで潜った。

 迷宮は下へ行くほど空間が広がっていく。今は地下3階に位置するところだ、そこそこ広い空間内。

 ここらへんで、自分はスライムを地面に置き、しばらく距離をおいてから走り出した。


――――あばよ、軟体生物スライム。お前のことは忘れてやる。次にあったときは敵同士だ。


 相当お人好しな事をしたんだ、今日こそは宝を見つけると信じていると自分の意識は数十分後絶たれてしまった。

 魔物のせいではない。

 もっと別の存在だった。


 ***


 犯罪者レッド

 何も迷宮を探索や冒険で利用するだけではない。もっと他にも有効利用ができる。隠れ家としてだ。

 さきほどの記述通り、この迷宮は下へ行くほど空間が広い。だから隠れるにはうってつけだ。それに長時間滞在もできる。

 利点として挙げるならば二つある。一つは追っ手が滅多に来ないことだ。例外はあるが、ここでは省く。何分、長くなるので。

 危険を投じてまで、犯罪者がいるかも分からない迷宮内に入ってくる追跡者はいないだろうに。

 だから、捜索者兼冒険者はこういった風に犯罪者と遭遇する危険もある。故にリスクが生じる。けれど、天文学的数字だ。広い迷宮内で会うこと自体が。

 それでも会ってしまうと―――――。

 二つ目の利点にして最大の利点。

 犯罪者、もしくはこれから犯罪者になる者は迷宮内で殺しを働いても法では裁けない。

 迷宮は力の世界。油断したものから死んでいく。そんな世界で死んでいるのであれば、それは魔物に殺されたんだろう。そう考えられるからだ。


「なん、だよ………ろく…物……な…」

 意識が徐々に覚醒してきた。

 気がつくと、頭の後頭部に急激な痛みが生じる。

 痛みに苦痛があがり、自分の置かれた立場を理解した。理解するまでに時間が要した。

 自分の体はぐるぐる巻きにされて、拘束されている。手首の所で縄の結び目が固定されて自力での縄抜けができるかと思ったがもう一段階踏まえて縄が結ばれているようだ。

 自分は身動きができない。第一段階目。

 誰とも知らない人物が見覚えのある荷物を漁っている。その荷物はつい先刻まで自分が背負っていた荷物だ。それを誰かが漁っている。第二段階目。

 後頭部の痛み、第三段階目。

 理解し、把握した。

 自分は犯罪者か盗賊に捕まってしまったんだと。

 回りを見渡すと、魔物の死体と自分の持ち物ではない誰と知らない主の血にまみれた剣が落ちている。自分のではないことから察するに、彼の持ち物だろう。

 いや、彼と称していたが、違うようだ。長い髪と体の輪郭から女のように見て取れる。

 それに転がっている死体を見てみるとゴブリンの亜種だ。

 ゴブリン亜種、ホブコブリンだったか。力が通常種に比べて強く腕の筋肉が発達していて、大石を投げたり普通よりも少し大きい棍棒を振るから厄介だ。

 自分のレベルだと倒せるかどうか怪しい。そんなホブゴブリンを倒しているこの女。強いはずだ。

 自分の剣は手元にはない。離れたところに置かれている。

 手を伸ばせばとれないこともないが、その距離が今の自分には遠すぎる。どうしたものか。

 自分の荷物の中身なんてたかが知れている。その内にも興味は鞄の中身からこちらに移るに違いない。

 不幸中の幸いにも殺すための空間スペース探しとホブコブリンの戦闘時間、荷物の探索で時間ができたおかげで起きることができた。

 起きた瞬間、あの世では何とも笑えない最後になっていたに違いない。とはいえ、絶望的状況に変わりはないが―――――。

 すると、手首に違和感を感じた。ぬるぬる、と水のような液体がひんやりと当てられた。

 突然だったので、声を上げそうになったが唇を噛んで噛み殺す。一体、何が当たっているんだ、と見てみるとあのスライムが縄の結び目にふれていた。


 ***


 スライムの粘膜が縄に触れると、徐々に変化が起き始めた。じわじわと液体内に縄が取り込まれていく、スライムが青年を縛りつける縄を吸収しはじめる。吸収というか、消失していく。溶けて無くなる、とかそういうレベルじゃなくて、元から無かったかのように消えていく。

 スライムにこんなことができるなんて知らなかった、と前向き思考ポジティブな知識を頭の中に入れながら状況打破のために状況を再確認。

 スライムが助けてくれる。

 女はまだ気づいていない。

 縄が溶け始めている。うん、よし今ここだ。

 剣を取り返す。

 女を奇襲する。

 自分助かる。ゴールはここのようだ、よしよし。

 だが、その青年の計画プランはすぐに打ち破られる事になった。


「おやおや、お目覚めですか?」

 ニヤニヤ、と下卑た笑いを浮かべながら女がこちらを向く。ポニーテールのように髪を後ろで括っている。服装は動きやすそうなロングパンツに木綿の白の肌着に上から黒い上着を着ている。顔は自分好みではないが、美人、いや年齢が幼げに見えた。どちらかというと可愛い部類ではないのか。


「この縄を解け!」

 青年は地面に転がったまま、女を見上げてそう叫んだ。

 女は青年を見下ろして笑みを続けている。

 ここで先入観を植えてやるにも一芝居。縄が未だに解けていないことを印象づけておく。こうしておけば奇襲の時に動きやすい。何故動けるようになったのか、突然の事に混乱するはずだ。

「嫌だよ、だって反撃するじゃん」

「当たり前だ!」

 しないわけがない。こんなことをした相手なのだから。敵としか認識できない。

 何を当たり前のことを言っているのか。

「犯罪者じゃないか」

 犯罪者、という言葉に反応したらしく、女はピクリと眉を釣り上げる。

「私は犯罪者じゃない」

 犯罪者という言葉に反応を見せている。何か後ろめたいことでもあるのか。いや、後ろめたいことなんてあるわけがない。こんなことをしているのだから。

「私をあんなものと一緒にすんな!女盗賊といってほしいね!」

 犯罪者の女改め、女盗賊はそう言った。この女盗賊は馬鹿なのだろうか。そんなことはこの際どうでもいいのでは?

 でも、馬鹿の方がやりやすい。すると、青年は別の答えにもたどり着いた。今自分が馬鹿呼ばわりしている奴に襲われて、こんな状況なのだから。評価は変えることにした。無論、女盗賊のためではなく、自分の為に。まあ、この際はっきり言えるのは命のやりとりで気にするところはそこではないのではないか、と思われるが。

 現在、スライムは手首の結び目を切ったところでもう一つの結び目を解きにかかろうとしていた。

「せっかく、カモ見つけたら……コレ?」

 青年の荷物を乱雑に持って、反対にひっくり返すと荷物の口から中身がはき出される。小槌。マッピング用の手記道具。コンパス。非常食。短剣。予備の剣。テント。松明。ロープ。おおよそ探索者が使うであろう道具は一式そろっている。

 しかも、金目の物は財布に身につけていたものくらいだ。稼ぎも少ないし。先日の宝箱の金への換金もまだ手元に送金されていない。

 この女盗賊はどうやら自分が捜索者だからお宝を持っていると踏んで、襲ってきたのだろう。だが、当ては外れたようだな、と心の中で思っていると。

「あー、腹立つ。とりあえず、死ねよ」

「なっ!?」

 苛立ちと殺意の視線を青年に向ける。口封じの為に青年を殺しにかかる。女盗賊の側からすれば後腐れもない。

 生かすだけ無駄なのだ。どこかの道でばったり会ったらたまったものではない。すぐに自分は警備隊や自警団に捕まり、犯罪者を縛り付けることで有名な断罪の塔へ連れて行かれる。もともと迷宮ダンジョンの一つだった塔を無理矢理改造したとか。そこで拷問や責め苦を味わい続ける羽目になる。そんなことへ通じる可能性は全て排除せねばならない。

 女盗賊は二本の短剣を抜くと、構える。アサシンダガーと呼ばれる、切れ味に特化したことで呼ばれる盗賊がよく好んで使う短剣を取り出した。もう一つは堅さに特化した短剣だった。これは、自分でもよく分からない。見たことがない短剣だ。

「頸動脈を両側からスパンッと、ね」

 短剣を慣れた手つきで構えながら飛びかかる。飛びかかる前にスライムが縄を解いていたところだ。

 飛びかかってきた女盗賊と交差するように横へ飛ぶ。目指した方向は自分の剣が落ちている地点だ。

 転がりながら体勢を整えて、腰ために剣を構えて体勢を低くする。東洋の剣技に伝わるさながら居合い、と呼ばれる剣術のように構える。ただし、居合いと違うのは柄を掴んでいるのは片手ではなく両手である。鞘に剣は納まってない。抜き身である。

「へー、二カ所念入りにやったんだけど?」

「企業秘密さ」

 驚いた表情だった女盗賊はすぐ状況に対応して身構える。

 自分は不適に笑って出方を伺いながら、剣を構え力をためる。女盗賊を正義の名の下に一刀両断すべく。

 女盗賊はアサシンダガーともう一つの名称不明の短剣を入れ替えるように持ち替えた。あれは、どういう意味なのだろうか。

 それでも、向こうは短剣。剣と短剣がぶつかれば一溜まりもなく短剣が折れるに違いない。そう確信していた、が。違った。

 実は違う。

 女盗賊が持っている、アサシンダガー。これに関しては耐久性ではではまともに剣―――――一般で言う両刃のロングソード。これとまともにぶつかり合えばひとたまりもない。しかし、青年が名称不明だった短剣についてはまた違う。用途が別だ。切ることには徹していない。どちらかといえば、短剣よりも盾に似た性質を持っている。魔法効果が付与した短剣だ。物理衝撃に対して衝撃のエネルギーを三分の一以下のエネルギーにまで下げる性質を持つ、だがその際に微力の魔力を消費する。しかし、それくらいのものだ。後は堅いだけで切れる短剣だ。他には何にも特化していない。こういった魔法属性の付与はまだ簡単らしく武器の市場に出回っている。もっと複雑で難解なのは剣の表面に魔法陣や魔法文字が刻印されて、それ自体が使用者とは別に魔法を発生する回路を生成するといった、本人の素質や魔力を消費させない為の剣を作る方がずっと難しい。空気中から魔力を取り込んで、そこから炎や水、雷といった魔法に転換する方がずっと難しいのだ。剣士は生来、魔法使いにでもならない限り理に近づく魔法の取得が難しい。かろうじて、治癒魔法は取得できるだろう。だが、それくらいだ。その先の取得は難しい。そのせいでそういった珍しい剣を剣使い達は求める。そういう特殊な剣は市場に出回らないからだ。ならば、別ルートで探すしかない。そういった理由で捜索者が迷宮に潜るのも珍しくはない。

 話が大きくずれたが、女盗賊の短剣(魔法付与)は青年の剣筋を止めるために使おうとしている。女盗賊が持ち替えたのはそのためだ。軌道は見えている。

 既にこの青年の戦いは見ていた。軌道は見えるし、単調でわかりやすい。入念な下調べはしていた。3日前からはっていて、ようやく宝を見つけたと思ったらこれだ。何も持っていない、あんな大層な宝箱を見つけたっていうのに。まあいい。次の当てを探せばいいか、と思考すると青年が動いた。

 腰にロングソードを構えたまま、一歩一歩距離を詰めていく。女盗賊は今か今かと短剣(魔法付与)を軌道上に構える。体に向かって振り抜くのを待っている。

 目と鼻の先、もう十分に剣が体に届く距離だ。

 青年がロングソードを振ろうと、肩が動く、腕が動く。女盗賊は好機、と目を光らせる。その剣を短剣で受けて驚いている間にそのがら空きの首をかっ切ってやる。

 軌道が動かない。おや、と女盗賊は思う。こいつここまで動いて振らないのかと疑問に感じる。もう一振りで十分なのに。動かない。剣が振り切らずにピタリ、と止まり動かない。

 青年はもう一歩踏み込む、女盗賊の懐に踏み込んだ。そして、剣の柄の先、柄の尻尾とも言える剣首。グリップエンド、と呼ばれるその場所。持ち手のわかりやすいように突き出ているその剣首を力一杯女盗賊の腹にたたきつける。くの字に折れ曲がり膝をつく女盗賊、盗賊から一歩引いて剣首を突き立てたその場所に回し下段蹴り《ローキック》を浴びせる。鉄板が入った靴が衝撃と威力を生み出している。直後、女盗賊が近くの壁にたたきつけられる。体が軽かったのか、思ったよりも簡単に吹き飛んだ。女盗賊は意識を失ったのか両手から二本の短剣を落とした。

 それを見届けてから、スライムに視線を向ける。

「お前も殺さなかったしな、今日は不殺生の日か?」

 青年はスライムを倒さなかったことから、女盗賊を斬らずに倒そうと考えた。その結果、青年は命を落とさずに済んだ。女盗賊を縛り上げる、とスライムに視線を再び下ろす。そして、スライムの近くに屈んで掌をさしのべて、こう言った。

「ありがとうな、これからもよろしく相棒」

 返事はなかった。けれども軟体生物はその掌を伝って青年の頭に登り、ここが特等席だと言わんばかりに落ち着いたのだった。



短編ですが、途中から書きたいことや補足説明を加えていく内に増えすぎましたね。

休日を少なく感じ、また安定して書ける状況ではございません。

それにたまにはこういったファンタジーもいいのではないかと思います。


さて、今作品でもおなじみですね、名前は出しておりません。

基本的に、青年とか女盗賊とか。そういった風に濁しております。

これは、何故?

と聞かれると名前が決まってないんです、としか答えられないんですかね。

名前を付けるの、苦手なんですよね。

後、こうしておけば後でこれを連載物で書き始めた時に同一であるか否か変えれますし。

ずるいですね、自分。



まあ、それはさておきまして誤字が出ているやもしれませんのでご注意下さい。

後、描写がおかしいな、と思う部分があるやもしれませんが、重ね重ね注意して下さい。何分、この文字数はここでは初めてですので。


では失礼します。

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