嘘吐き
「嘘吐き」
僕は嘘吐きだ。自覚は無い。嘘だ。
「あんたそんなに嘘ばっかり吐いて何が面白いの?」
夕暮れの教室で、彼女が僕に問いかける。
「君が構ってくれるから」
「嘘吐き」
「ばれたか」
放課後、誰もいない教室でしか僕達は話さない。いつの間にか出来た暗黙のルール。太陽が教室を紅く染めるほんの少しの間だけ、僕と彼女は対等になる。
「なんかもう……そこまですると逆に凄いわ。何? 嘘ってコツでもあるの」
「あるよ。凄い簡単なのが」
持論と言えば持論だが、今までこの理念に基づいて生きてきた以上効果は実証済みだ。
「嘘しか言わなければいいんだよ。狼少年って知ってる? あの話って最終的に嘘が本当で本当が嘘になるよね」
「それだと日常会話が出来ないじゃない」
「出来るよ。やってみせようか。何か言ってよ」
呆れながら彼女は言う。
「……今日はいい天気ね」
「そうだね。今にも雨が降り出しそうだ」
「今日どうして遅刻したの」
「早起きしたせいで早く着いちゃったんだ。参ったね」
「安田がいつに無くキレてたわよ」
「そうだね。満面の笑みだった。僕が成績優秀で非の打ち所が無いからだろうね」
「どうしよう、凄くイライラするわ」
「僕も面倒くさくなってきた。ごめん」
いつも通りの他愛の無い会話。
紅い教室で、彼女はいつも太陽を背に僕と向かい合う。表情が読めない。最近は言葉の調子で機嫌がそれなりに分かるようになった。
「本当のコツを教えてあげよう。明日から出来る嘘吐き講座」
「え、本当にあるの」
「あるよ。人間って、ここだっていう大事な場面があるでしょ。プロポーズとか。その時に真顔で嘘吐くんだよ。絶対ばれない」
「そりゃそんな場面で嘘吐かれるとは夢にも思わないわ……」
逆光の中に彼女がいる。
「今日はおとなしいね」
「私がいつも暴れてるみたいに言わないでよ」
「昨日は僕の肋骨を3本も持って帰ったじゃないか。一昨日は尾てい骨、その前は大腿骨」
「あんたの体今どうなってんのよ……」
「今日は背骨?」
「さすがに死ぬわよ」
笑った。気がした。いつだって顔は見えない。この密会は今日で終わりなのに。
「……いつ引っ越すの」
「明後日。学校に来るのは明日までだよ」
「そう。もう会わなくなるわね」
「そうだね。明日が最後だよ」
七年続いた密会も、明日で終わり。逆光の彼女と会えるのも。紅い教室で話すのも。
「……私、明日学校来ないのよ。どうせあんたのお別れ会とかするんでしょう。それが嫌なのよ。だから今日が最後」
「―――そっか。今日で最後か」
紅い教室が、少しずつ黒くなる。逆光が弱まる。
帰らなくちゃ。
「何か言い残した事とかないの」
「何も無いよ。吐き終わった」
「嘘吐き」
「……まるで人を嘘吐きみたいに」
「なにも間違ってないじゃない」
彼女の表情が少し見える。少なくとも、笑ってはいない。
「……君に言いそびれた事が、一つだけあるんだ」
「何?」
僕の持論。
嘘吐きは、ここぞと言うときに嘘を吐く。
「僕は君の事が好きなんだ」
「……嘘吐き」
笑って言うつもりが、泣きそうな顔になってしまった。
いつの間にか教室は真っ黒だった。自分の足元も見えない。でもあの紅い教室より、彼女の顔が鮮明に見えた。良かった、ちゃんと笑ってる。
今度はちゃんと、真顔で。
「嘘だよ」