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少年と天使  作者: narrow
8/31

続き

俺は、とっさに頭に浮かんだことを口にしていた。

「あの、彼女、遅刻したんじゃないですか?」


遅刻してしまう。


急がなきゃ。


車は来てない。


走って、走って…


こ ん な ふ う に 急 い で


急いで、転んだ。


散らばってしまったバッグの中身。


普段はめったに通らない、少しスピードの出た車。


転んだ彼女に、運転手は気付かず、


落ちたものを拾い集めていた彼女は、慌てて立ち上がろうとする。


焦りのせいか、うまく立てない。


高い、大きなブレーキの音


悲鳴。



自分の記憶を思い出すように、映像と、彼女の思考が俺の中を駆け巡った。

「そうだよ!急いでて、急いだから、伽耶は…あいつは!」

男はうつむいた。

俺の中に突如浮かんだとおりのことが、あのキレイなお姉さんに起きたのだと、微かに震える彼の体が語っていた。

だとしたら、伝えられるのは俺だけなんじゃないか?

「待ってるんです…まだ」

死んじゃってるんだ、あの人。

「何を、言ってるんだ?」

意表をつかれ、一瞬表情をなくした彼は、

怪しいと思ったのだろう(当然だ)、すぐに眉間にしわをよせた。

当たり前だ、俺たちの言ってることはめちゃくちゃインチキくさい。

急いでたための事故、なんてありがちだし、当てずっぽにも聞こえる。

でも、もう確信したしそんなのカンケーねぇ。

だって俺は、知ってるんだ。

あの人は、あんなに優しく俺に笑いかけてくれたのに。

話だってしたのに。

はっきり見えた。

透けてなんてなかった。

俺と話して、楽しそうに笑う声をはっきり思い出せる。

一年も前の映画。

その間、きっと、ずっと待ってたんだ。

「あんたを!」

俺は、明らかに戸惑っているその人の目を正面から見た。

俺の背後に立っていたスズキが、そっとその人の手を取った。

「いかなきゃ」

そう言って。

それは、不自然なハズなのに、なぜかとても自然な動作に思えた。

振り返るとスズキは、


何もかもわかっているから、


そんな瞳をしていた。


スズキが引っ張るようにして彼を連れ、俺達は広場の銅像の前へやってきた。

彼女はまだいる。

俺を見つけて、軽く微笑む。

そして、俺の後ろの彼に気付く。

「カズくん…」

「あなたがたは、伽耶が本当にいるって言うんですか?」

スズキの力は強く、手を振り解こうとしてもできないようで、迷惑そうな彼。

彼には、彼女が見えていない。

信じられるわけもなかった。

せっかく目の前にいるのに、声も聞こえていないようだった。

どうしよう。これは、俺にはどうにもできない。

ちょっと弱気になった俺は、思わずスズキのほうを見た。

「ちょっと、ごめんね」

スズキは、”カズくん”の目に軽く手を当てた。

「わっ?!」

「じっとして」

それから、耳に。

「…見えるでしょう?」

まぶしいものでも見るように、おそるおそる彼が目を開けた。

戸惑うように彼を見つめている伽耶さん。

確かに彼の目はそこに焦点を結んでいた。

スズキが、なにかしたようだった。

「か…や?」

「カズくん!」

そのとき、周囲の雑踏が作り出すノイズが、一瞬にして遠くなった。

なんだか目がチカチカして、

これは俺だけの錯覚かと、不安になりまたスズキのほうを見た。

ヤツは意味ありげに、ニコリと笑った。

まさかコイツ、何かしたのか?と、アタマの片隅でそんなことを考える一方、今は目の前の事の方が大変だった。

”カズくん”と伽耶さんが抱きしめあっていた。

…って、ヤバいだろ!これ。

さっきまでの”カズくん”みたいに、

伽耶さんが見えない人たちがこれを見たら…。

「ごめんな、ごめんな!ずっと、待たせてたんだな、伽耶」

”カズくん”が謝っている。

周囲のギャラリーはなぜか無反応だった。

まるで、俺たちなど見えていないように。

まあ、もしかしたらヤバい人と思ってスルーしてるだけかもしんないけど、

それにしても一人としてこちらを見ていないのは、なんだか不自然だった。

おかしい事だが、今は都合よくもあり、結局、俺は気にしない事にした。

「違うよ、待たせたのは、わたしだよ?」

伽耶さんが、すまなそうに笑った。

「ずっと、ずっとね、謝りたかったの。」

”カズくん”は、何のことかわからない、といった顔で伽耶さんを見ている。

「待ち合わせ、いけなくてごめんね、って」

「…伽耶」

それが、彼女の心残りだったようで、

生きている人間と見分けがつかなかった彼女は、たちまち姿が薄れ始めた。

「伽耶、伽耶!だめだ!いくな!」

悲痛な声音、だだをこねるコドモのように、ぶんぶんと首を振りながら、

くしゃくしゃになった表情は、泣きたいのか、怒りたいのか。

「それだけ、いいたかったの」

綺麗な伽耶さんが、最後に見せた微笑は、悲しそうで、だけど優しくて、

今までで一番美人に見える笑顔だった。

女の人が、恋人にだけ見せる一番きれいな表情っていうのがあるとしたら、

これがそうなんだろう。

その笑顔の余韻が、淡い光になって消えていく感じがしたかと思うと、俺達の耳には周囲の雑音が蘇った。

置いていかれた”カズくん”もそこにいた。

目が合った。

その視線は、ほんの少しだけ、力をとりもどしているように見えた。

「ありがとう、伽耶に、もう一度…会わせてくれて。」

意外と落ち着いているのは、死んでしまった彼女が、ずっとここにはいられないと、どこかでわかっていたからなのか。

俺は

「いえ…」

としか言えず、ただ見つめ返していた。

「あいつ、笑ってた。行くなって言ったのに、行っちゃった。言いたいことだけ言って。はは…俺、おいてかれちゃった。」

無理に笑う彼を見て、俺も少しだけ、愛想笑いをしてみた。

「きっと、いつまでも過去を見てちゃダメだ、ってことなんでしょうね。」

彼の感じたこと。

彼女が消えた意味。

キレイな笑顔が、少し悲しそうだったのは、本当は一緒に居たかったから。

それでも、最後に伝えたかった言葉だけを残して消えたのは、彼に生きていてほしいから。

自分自身の人生を。

「なんてお礼を言ったらいいか…」

「いや、お礼とか、別になんもしてないスから・・。」

「ほんと、ありがとう…ありがとう、ございました!」

俺達に一礼すると、彼はしっかりとした足取りで去っていった。

ぼんやりそれを見送っていると、視線が突き刺さるのを感じた。

スズキだった。

「アキヤ…僕、関わるなって、いったよねぇ?」

今まで見たことがないくらい不機嫌な顔、低い声。

俺はコイツを怒らせたようだった。

「何だよ、別に、なんもなかったじゃん…」

「たまたま!解決できたからだろ?」

そのあと、俺は幽霊の怖さについて、たっぷりスズキのお説教を聞かされた。

幽霊は、本人も自覚せずにとりついて相手の生命力なんかを奪ったり、無意識に死ぬようにしむけてしまったりすることがあるらしい。

つまり、普通の人間が不用意に死人に関わると、お仲間にされちゃうらしいのだ。

「俺が普通なら、お前は普通じゃないわけ?」

あまりにエラそうな、そしてウサンくさいお説教にウンザリして俺が訊くと、

「普通だって思ってないでしょ?」

当たり前のようにそう答えた。

確かにそうだけど、お前を普通だと思ってないのは、俺だけじゃないぞ。

なにせ金髪碧眼、見た目カンペキガイジンのくせにスズキと名乗り、何もない空間とたびたび話す妙な男なのだ。

とにかく、そんなスズキの協力もまじえて、このときは無事に一件落着となったのだった。


それがもう数ヶ月前。

そして、あの場所で待ち合わせをすると、今でも時々


二度と会えない彼女の笑顔を思い出す。

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