3 君を待つ
待ち合わせには、よく遅れてしまう。悪気はないんだ。
悪いこと、なんだけど、まあ、いいよな?
待ってりゃ絶対に俺はそこへ行くんだから。
今日も、俺はやや遅れていた。
遅刻常習犯とはいえ、別にそれが平気ってワケじゃなくて、
一応俺は、少しでも待たせないように急いでそこへ向かった。
駅前広場、ハダカのオッサン像前13:00。
もうすでに5分過ぎていた。
広場は、車道をはさんだ向こう側。
横断歩道は、ここからだと少し離れてるから使わない人が多い。
そして俺もその一人だ。
右見て、左見て。車は、来ない、きませんね?行け俺!ダッシュだ!
走る俺の視界のすみを、歩道のはしっこにちょこんと置かれた花束と、
その前に立つ男が、景色と一緒に流れていった。
ああ、事故とかあったんかな。遺族ってやつかな、あの人。
それについてこれ以上考えている余裕は、今の俺にはなかった。
こ ん な ふ う に 急 い で た の か も な
一瞬、そんなことは考えたが。
走った甲斐なく、待ち合わせ場所には相手がまだ来ていなかった。
なんだよー、と思いながら足を止めたところで、トン、と誰かにぶつかった。
人混みの中では仕方ないことだけど、一応謝る。
「あっ、すんません。」
「・・・・」
驚いたように少し口を開いて、まっすぐ俺を見たその相手は、
ちょっと綺麗めの女の人だった。
かまわない、とでも言いたげにその人は微笑み、
話しかけてきた。
「まちあわせ?」
落ち着いた感じがするから、年上なのかな。
「あ、ハイ。俺遅れてきたんスけど、…あっちも遅刻みたいで。」
「じゃあ、おあいこ、だね。ふふ。」
「ははは」
会話自体はどうでもいい内容、
でも、相手が綺麗なお姉さんなんだから話は別だよな。
「いい天気ッスね」
「そうだね、これから遊びにいくの?」
「まあ、そんなとこッス」
ちょっとニヤけていた俺を、聞き覚えのある声が邪魔した。
「おーーーーーい、アキヤー!」
アキヤ、とは俺だ。
少し離れた場所から、こっちに向かって大きく手を振る黄色いアタマ。
「スズキ。」
スズキ、というその男の見た目はどう見てもガイジンなのだが、
スズキと名乗っているのだから他に呼びようが無い。
俺がスズキを見つけると、お姉さんはいらない気を使った。
「あ、お友達きたんだ?じゃあね」
まだ話していたかったのに、笑顔で手を振られ、俺はひっこみがつかなくなった。
「あ、それじゃ」
待ってたのはコイツじゃないんだけど、雰囲気的に。
まだこないアイツのほうには、後で電話でも入れることにして、
とりあえずお姉さんからちょっと離れてスズキの所へ。
「なんだよお前、どしたん?こんなとこで」
言いながら、未練がましく、ってわけじゃないが
なんとなく気になって、俺はお姉さんのいたほうを振り返る。
どこかへ行ってしまったのか、もう見えない。
スズキはニコニコと答えた。
「だらしない顔しちゃってまぁ。」
「はあ?」
「女の子ナンパしようとしてたんでしょ〜?」
「はあああ〜?!」
なんてことない世間話してただけだ、と反論しようとしたら
スズキが真顔になり、
「あれは、生きてる人間じゃないよ。」
やや抑えた声で、そう言った。
ああ、そういえばコイツ、幽霊とか見えるんだよな。
よく誰もいない空間にむかって話かけたりしてるし。
何か普通じゃない能力があるみたいだ。れぃのぅりょく、ってのか?
でも、
「ありえねーだろ。」
俺には幽霊なんか見えないし。
「ありえなくても、そうなんだもん。深くかかわるのは危険だよ。」
ウソを言ってるようにもみえない。
だけど、まさかな。
急に、さっき見た花束のことを思い出す。
俺は、あらためてスズキの青とも緑ともつかない、
綺麗なガラス玉のような目を見た。
ヤツの目つきは真剣だ。マジ、か?
それでも、さっきのあのお姉さんが死人だなんて、すぐには
信じられなかった。
だいたい、危険、って。
マジありえねえだろ。
死んでたとしても、あんな穏やかなお姉さんが何かしてくるとはとても思えない。
「用事、あるんでしょ?僕も、もう行くけど、あの女の人にはもう近づいちゃだめだよ。見えないフリすればいいから。」
俺は、納得が行かないままスズキの後姿を見送った。
「あれ?そんなとこ居たのか!悪ぃ悪ぃー…」
こんなにも俺を待たせた友人の声を後ろに聞き、俺は思考を切り替え、振り返った。
「おせえよ!なんかおごれ!」
そして、関わるなと言われたその女の人を、俺は忘れられなかった。
ミルクたっぷりの、甘い香りを放つおいしそうなカフェオレ。
そんな色をした長い髪。
知性を感じさせる涼しげな目元をしたその人は、俺にむかって優しく笑った。
優しい微笑みは、だけどなぜかほんのりと俺を切なくさせた。
少し話しただけの、全然知らない女の人を、俺は好きになったんだろうか。
あの人が死んでるなんて、思いたくなかった。
予定の無い日曜日、俺はまた駅に向かっていた。
買い物に、食事に、映画に。
休日の昼間、駅のまわりは人があふれていて、
けれどその足取りはせわしいものではなく、人波はゆっくりと流れる。
その流れを無視したデジャヴ。
それは、にぎやかな街から切り取られたように浮いていて、そこだけ
時間が流れていないようにも見えた。
歩道の隅、たむけられた小さな花束の前に立つのは、この前見た男。
また、来ているのか。
心が動いても、俺には、何もしてやれない。
目的というほどの目的でもなく、あの人がいた場所へなんとなく向かうだけの俺は、ゆっくりとその横を通り過ぎた。
右見て、左見て、車道を横断。
あの人は、今日もいて、俺は迷うことなく声をかけた。
「こんちわ!」
びくっ、と驚いてはじかれたようにこちらを向くと、
俺を確認して、その人は笑った。
「あ、またあなたなの?こんにちは。」
俺も笑顔を返す。
「はは。…あの、今日も、待ち合わせッスか?」
「うん、そう。」
「彼氏サン、とか?」
そうじゃなかったらいいな、って正直思った。
立候補してもいいな、とかも思ってた。
やっぱり俺はナンパ野郎、なのか?
「うん」
嬉しそうに笑う彼女の顔に俺はがっくりきたけど、でも待ち合わせなんかしてるならそれは幽霊じゃないだろ、と思って安心もしたり。
「そっかー…今日、どこ遊びに行くんスか?」
それだけ、なんとなくきいて退散しよう。
自然なフェイドアウトを装って、なんとなくいなくなろう。
「映画。『きみといた日々』観にいくの。」
おかしかった。
そのタイトルは、俺の記憶が正しければ、一年くらいまえのやつだ。
生きてる人間じゃないよ
耳元で言われたように、この前のスズキのセリフがリアルに蘇った。
なぜか、ついさっき見た光景を思い出す。
歩道の隅。
小さな花束。
立っている男の目線は、
花ではなく、道路を挟んだこの広場のほうじゃなかったか?
「どうかした?」
彼女が、急に黙り込んだ俺を見てそう問いかけた。
「いや、…そうだ、今日は待ち合わせここじゃなかったんだった!
それじゃ、俺…」
わざとらしい言い訳だった。
バレたらやっぱ命ない?
彼女の瞳の色をうかがう。
疑ってなどいなかった。
くすくすと、女の人らしい可愛らしい小さな笑い声を立てて笑っていた。
「ふふ、うっかりしすぎ。急いで転んだりしないようにね?ばいばい」
やっぱり、映画のタイトルのことは俺の思い違いかもしれない。
小さく手を振られ、とりつかれるんじゃないかと心配していた俺は自分の小ささと、彼女を疑ったことへの罪悪感で少しだけ自己嫌悪を味わった。
そんなキモチと、振り払いきれない少しの怖れがあわさって、俺は挨拶もせず慌てたふりで彼女に背を向けた。
幽霊ときまったわけじゃないのに、だけど俺は確かにさっき、可愛らしく笑ったあの人を、怖いと思ってしまった。
右見て、左見て、車道を横断。
小さな花束。
どこかうつろな表情の男。
何かを振り切るように、諦めるように目を閉じ、その場を去ろうとしていた。
そうだとは限らない、でも何か知ってるかもしれない。
コトバを交わしたせいなのか、好きになっていたのか、俺は、彼女のことが
怖くなっていたのに、知りたかった。
全く知らないその人に、気付くと声をかけていた。
「待ってください。」
「‥はい?」
生気がない、表情と同じくうつろな返事。
「あの、…ちょっといいスか?」
「なんですか?僕になにか?」
「あの、…ぇえと…」
うわ、声かけたはいいけど、何きいたらいいんだ?
死んだのってあの人ですか?ってか?
彼女ですか?とか?
怒るよな?イキナリそんなんきいたら。
「亡くなられたのは、あなたの彼女ですか?」
そう訊いたのは、俺ではなかった。
「スズキ…!」
また、タイミングよく現れたもんだ。
そして、的確に俺が訊きたかった事を。
確信がない俺には、そこまで立ち入った事をハッキリ訊く勇気はなかった。
でも、年齢的には彼女とつりあう感じで、ほぼそうだろうと思っていた。
「…ええ。何か、ご存知なんですか?」
「いえ…いや、知っていると言ってもいいのかも知れない。」
スズキは、この雰囲気とは不釣合いに、いつもどおりの朗らかな笑顔を
うかべていた。
男の表情が少し、動いた。
(続)




