続き 4
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今日もブレイブの店内に、見飽きた彼女の姿を認めると、アキヤは胸の中でタメイキをついた。
「そーこぉ!お前またいんのかよ?毎日きてないか?」
あきれ声に、蒼子は楽しげな笑顔で振り向く。
「おー、アキヤじゃん。そっちこそー!」
さらにケラケラと笑う彼女に、スズキの大怪我の記憶はない。
空の青を抱く瞳から発せられた光に、忌まわしい記憶を封じられたのだ。
あの日、蒼子を送りながら、スズキは言った。
きみの言うとおりだ、と。
彼女は確かに、想いに応えない自分を少しは憎みもしただろう。
でも、あんなことがしたかったわけじゃないハズだ。
“悪いモノ”がとりついて、彼女の考えを暗い方向へ、暴力的で破滅的なものになるようにみちびいたのだ、と。
そして、同じ想いに苦しむ女のコ達を巻き込んでいったのだろう。
だから。
「あれは、そーこちゃんがやったことじゃない。心のほんの片隅で考えたとしても、本気でそうなればいいなんて、思ってなかったハズだよ。だから、あんな記憶は そーこちゃんにあっちゃいけない。でしょ?」
と、スズキは笑った。
世間話でもしている顔で。
その後、家に着く前に目を覚ました蒼子には、道端で倒れているのを見つけて、二人で送ろうとしていた、と少し不自然とも思える説明をした。
どこかからばっさりと抜け落ちているはずの記憶を、蒼子がどう解釈したのかはアキヤたちにはわからなかったが、彼女はなんだかそれで納得したようだった。
「ありがとうごさいますぅ。」
いつもより小さく、カワイイ声で礼をいうと、蒼子はちゃっかりスズキの肩に頬をすり寄せ、 軽く彼の服をつかんで、より密着した。
いままでは機会がなかっただけで、本来アグレッシブな女だった。
「あ、えーと、うん・・・。」
必要以上にくっつかれただけで、すっかり照れてしまったスズキは、蒼子に自分で歩くこともさせず、彼女の家までお姫様だっこをし通した。
その日のうちにソッコーでアキヤから、スズキの情報を聞き出した蒼子は、翌日から欠かさずブレイブに通うようになった。
なんであんな事件になったかわかってねーのか!
蒼子がまとわりつくのを笑って許すスズキを、アキヤは軽くにらむ。
目が合うと、スズキは全くわかっちゃいない顔で笑った。
仕方がない、俺が助けてやるか、アキヤはニヤりと笑った。
「そーこ、残念なお知らせだ。」
「は?」
なぜかスズキと一緒に商品のクリーニングをしている蒼子が、首をかしげる。
「そいつは、スズキはな・・・ホモなんだ!」
これには、蒼子より先にスズキが反応した。
せっかくキレイにした商品の山をくずして立ち上がり、カウンターに片手をついてひょいと飛び越えると、アキヤにつかみかかる。
近くだと空と森の色に見える瞳が、怒りに燃えていた。
低く静かな声で、早口に圧力をかける。
「ねえそれ僕トラウマなんだよね。アレでトモダチどれだけいなくなったと思う?ヒサシくんまで警戒しちゃってしばらくヨソヨソしかったんだよね。ソレ思い出さすんだ?そゆことできるんだ?」
ちょっと、本気で怖い。
「ごめ・・・」
思わず謝って、イイワケをする。
「だってよ、お前、そーこ、ゴカイすんだろ?後でヤな思いすんなら、今あきらめたほうが・・・。」
「あぁ、そゆこと?」
スズキの目から険しさが消え、蒼子の声が聞こえてくる。
「ァハハ・・・!アキヤ、バッカじゃん?!スズキさんて好きなヒトいんだよ?ホモなわけないしー!」
だったら超ウケるけどー、とかいいながら、唖然とするアキヤを尻目にまだ笑い続けていた。
「なんだよ・・・。知っててまとわりついてんの?」
アキヤが確認すると、笑みを残したまま蒼子はうなずいた。
「そだよ、スズキさん、アコガレだけなら自由っていったもん。ちゃんと他に彼氏も作るんだよ、って。ねー?」
「うん。」
「何だそれ。マジで彼氏できたらどーすんだよ?どっちも好き、とか失礼じゃね?」
アキヤの質問に、二人が同時に答える。
「彼氏サンにかなうわけないよー。」
「スズキさんにかなうわけないじゃん。」
意見が正面衝突していた。
「オイオーイ」
アキヤはつっこみ、スズキは蒼子を説得しようとする。
「そーこちゃん!僕に本気じゃダメなんだって!」
うろたえるスズキに、蒼子は事もなげに言った。
「だーかーらぁ、だーいじょうぶだって!スズキさんはアイドルなんだもん。ダイスキだけど、付き合うとか、そういう次元じゃないんだよねえ。」
「こんなすくそばにアイドルなんかいたら、俺なら付き合いてぇけど。」
うたがうわけではないが、結果的に反論になってしまうアキヤの言葉。
「だからー、もー。そんなの相手がいいって言わなきゃ付き合えないじゃん!あたしだって相手のメーワクくらい考えるっつの!今は、公認ファンクラブ会員第一号でいいのっ!ちゃんと彼氏だって作るし。も、その気んなったらソッコーだかんね!ソッコー!」
少しふくれて見せた蒼子を、スズキが軽くよしよしする。
「安心。・・・でも、ファンじゃなくて、トモダチ、だからね?」
優しくほころんだスズキの表情がたまらなかったらしく、蒼子は恥ずかしそうに微笑みながら、黙ってうなずいた。
「やるな、王子。」
アキヤのつぶやきを、スズキが鋭くききつける。
「王子?・・・って、こないだもきいたような。」
「あぁ、そーこがお前のこと」
言いかけたアキヤに、赤面しながら蒼子が飛びかかった。
「だめっ言うなっアーキヤーぁあ!!」
もう遅いような気もするが、さすがに本人がいる前で、王子様よばわりは恥ずかしいらしい。
乙女心が炸裂した結果、アキヤと商品陳列棚は壊滅的ダメージをこうむった。
「ぎゃあっ!」
どっ・・・がらぐしゃガチャバリ ガガガガガガガッ・・・
「あぁあ・・・。」
スズキの情けない声。
さらに、通路の奥からかぶせる勢いで素早い反応。
「スーズーキーさぁんっ!!」
ブレイブ先輩アルバイト・堀の声だ。
「ご、ごめん、ごめんって!」
スズキが慌てて謝っても、早足で歩み寄ってくる堀の表情に変化はなく、冷たい判決が言い渡される。
「貴様ら、買い取れ。」
「え」
三人がそろって声をあげた。
「買い取れ。商品なんだ、ソレは。」
やや震えている口調が、怒りの深さを嫌でも感じさせる。
「いいか、貴様ら、ここは店なんだ。ボケっとしてないで片付けろ!手を動かしながら聞け!」
棚に全ての商品を戻し終えた後も、堀の説教はえんえん続いた。
途中、蒼子は用があるフリをして逃げようとしたが、何の用か問いただされたあげく、供述の矛盾点を突かれ、あえなく失敗した。
俺は悪くないだろ、と思っていたアキヤは、その考えを見透かされ、トモダチという関係の持つ連帯性についてたっぷり説明された。
ソレが正しいかどうかは、ちょっとあやしい。
そして。
(続)