1 天使の名前
うちの近くのコンビニには、ちょっと前までカッコいい店員がいた。
高校の帰り、みんなでよく行くいつものコンビニ。
そこではいつからか外人がレジに入るようになっていた。
長い金髪のにーちゃん・・・とオッサンの中間あたり、二十代後半くらいのカンジのヤツで、日本語ペラペラ、名札には「スズキ」。
ちょっとアヤしい外人で、やることもアヤしい。
何もないところをじっと見つめたり(猫がよくやるよな)、誰も
いないところにむかって話したり。
動物とも会話しているが、成立しているかどうかは誰もわからない。
ただ、見た目が悪くないのと、けっこう親切で人懐っこいので客受けはいい。特に女。
まあ、俺たちも割と仲良くなっていて、行ったときには少し話したりもする。
立ち読みなんかしてると寄ってきて話しかけてくる。
「でね、でね、最後コイツがね・・・」
「だぁーっ!先言うなあ!買うよ!買って家で読む!!!」
ヤツを払いのけてレジへ。
「えー・・・」
もっとしゃべりたかった、って顔で、店員のくせにあとからついてくるスズキ。人懐こいのを通り越し、正直ときどきウザい・・・。
「あっ!ねえねえアキヤ!これ買ってかない?」
アキヤ、というのが俺の名前で、フルネームは八敷 阿輝矢という。
スズキが差し出したのは、”マンゴーアロエコーヒー”。
マンゴージュースとコーヒーを1:1でブレンドし、そこへアロエ片を加えたもので・・・・普通に飲みたくねえよ。
「・・・・イヤガラセか?」
俺はウンザリしてきいた。
「おいしいんだって!独特の風味とアロエの食感がね!」
いやいやいや。お前。そんなグルメリポーターみたいなうまい表現にダマされねーよ?俺ぁ。
コイツが勧めてくるのにはとんでもないハズレが多すぎる。
俺が渋い顔をしていると、一緒に来た友達が、
「俺買うわ!」
といって横からそれを奪った。
ヤツは新しいもの好きで、よく勧めにのっては失敗している。
こりる様子も気にする様子もなく、後日それを他の友達にも勧めたりしている・・・。
まあ、いいものを見つけても同じように勧めるので、プラマイゼロってことで、なんとか友達を失わずにすんでいる。
「おまえってヤツは・・・」
俺はあきれて友人を見つめた。
そのうち死ぬぞ・・・。
そういえばこの店には罠のようにこういうハズレ的商品が多くおいてある。スズキの趣味で入荷してる感じプンプンだ。
ここの店長はよくそんな危険なことを許すなあ、と思いつつ、同じ系列の人間だったら怖いとも思う。
店のすぐ外にはベンチがあって、ここでよくダラダラとしゃべっていく。今日も俺たちはそこに座って、買ったばかりのジュースやスナック菓子なんかを開けた。
スズキが来るようになってからできたもので、お客さんへのサービスだとかなんだとか言って店長にオネガイしているスズキを友人がみたらしい。
そういえば、店長のスズキに対する態度がおかしいらしくて、オレらの間ではホモ疑惑がもちあがっている。だとすれば、スズキの趣味っぽい品揃えも・・・・いや、考えるだけでキモチ悪い。よそう。
「ぉうぇええええええええ!」
隣で友人が例のジュースを吐いている。
いわんこっちゃない。
店からスズキが出てきた。
「どしたの!大丈夫ぅ?」
目を丸くしているが。
「オメーのせいだよ」
そんなふうに、このコンビニも、アヤしい店員も俺たちの生活の一部だった。
ある冬の朝。
ちょっと温かいものでも買おうと、俺はまたコンビニに寄ることにした。
店の近くまでいくと、あのベンチでサボっているスズキが見えた。
近くまでいくと、白い湯気のでるにくまんを、一人ほぐほぐと食べているところだった。さらに歩いていくと、また何もいない隣に向かって話しかけているのがわかった。
アレさえなけりゃもっと積極的に仲良くなってもいーんだけどなあ・・・。
スズキがこちらに気づいたようだった。
チラリと俺を見ると、また隣になにか話しかけ、半分ほど食ったにくまんをその場において立ち上がった。
会話の最後だけが俺の耳にも入った。
「・・・じゃあ、これ食べたらちゃんと行くんだよ。それじゃ、ね」
”そこ”へ向けたスズキの笑顔は優しく、ヤツのまわりだけが明るく見えるような気すらした。
それはまるで、高名な画家の描いたありがたい絵のようだった。
絵のなかの男が、こちらを向く。
今度はそれまでとは少し雰囲気の違う、人懐こい笑顔。
「なに見とれてるの、アキヤ?」
笑いながら、からかうように言う。
「てめーこそ何独り言いってんだよ」
俺は、たしかにある意味見とれていたので否定はしなかった。
でもまぁ、ホモじゃないのでムラムラすることはない。
しゃべりながら、俺たちは店に入った。
食いかけのにくまんは、まだベンチでほかほか言っていた。
朝でゆっくりもしていられない俺は、ピザまんとコーヒーを買い、食いながら学校へ行くことにした。
「・・・あ?」
二度見した。ベンチの上にあったにくまんが、ない。
正確には、食いかけのはずが完食してあるのだ。
そんなハズはない・・・犬やネコが食ったにしたって、俺が出てくるまでそんなに時間はかからなかった。まだ居たっていいハズだ。
それに、下についてる紙だけがキレイに残ってるのもちょっと不自然なんじゃないか?
俺は思わずスズキを振り返っていた。
紙がヒラヒラしているそのあたりの空間に向かって、さっきまで話しかけていたスズキを。
ヤツは、店の中から、何もない遠い空へ小さく手を振っていた。
あいつをキ○ガイと言ってしまえば、犬かネコが来てにくまんを食ったのだと思えば俺の中の常識は崩れない。
俺は夢見がちなほうじゃない。
だけど、あいつが手を振る先には、なにかがいるような気がした。
寒い日の、澄んだ青空。
目覚めたての太陽と、白く、清らかな雲。
あのむこうには、本当に天国がありそうに思えてしまうくらい、きれいだ。
そこへ吸い込まれていく、何か。
たぶん、死者。
あいつにはそれが見えるのだろう。
そして、生きている俺たちに接するように、自然にそれを受け入れられるとしたら。
別に頭がちょっとアレだってワケじゃ、なかったんだ。
俺は信じることにした。
そして。
いつもの寄り道で店に行ったとき、俺は思い切って聞いた。
「スズキさぁ、オバケとか見える人?」
少しだけ緊張しながら、俺はアイツが口をひらくのを待ったが、答えはなかった。
あいつはただ、いつもと少し違う微笑を返した。
それは、普段俺たちに見せる人懐こい笑顔とは違う、不思議な感じの笑い方で、少し困っているようにも見えた。
訊いてはいけないことだったのかもしれない、と俺は思った。
あいつの人気で混むようになったそのコンビニから、俺たちの足が遠のいて、少しして、あいつはいなくなった。
俺が不用意なことをきいたせいかも知れないと思った。
だけど、確かめるすべはなかった。
(続)