続き 3
◆
無意識に、彼の記憶の封印をといてしまった。
それは、きっと思ったよりずっと強く、僕がそれをのぞんでいたせいなのだろう。
何度も何度も意識を取り戻しては、苦痛に気を失った。
何度目かの覚醒で、彼を見つけた。
目が合った瞬間に、安心してしまうくらい、僕の中のきみが大きかったってことなんだろうね。
思わず僕は、きみの名前を呼んでしまったんだ。
記憶が戻ったきみもまた、僕の名を呼ぶ。
「スズキ?」
しまった、と思ったのに、勝手に顔は微笑を形作る。
「おま、スズキじゃんかよ!なっぅわ、しっかりしろ!しっかり!」
「あは、アキヤ、おちついて、ぼ・・・く、大丈夫、だよ?」
実際、絶え間ない攻撃が止み、少しずつ身体は治ってきている。
それよりも、最後に残った少女のほうが心配だ。
きっと、みんなをまとめていた核が、このコ。
イチバン強い想いを持っていたハズで、だけどこんな、誰かの身体を切り刻んだりするような体験に耐えられる精神なんか、普通の女の子にあるわけない。
そうスズキが考えたとおり、狂気に取りつかれていたとはいえ、自分がしでかした行動に彼女は大きなショックと、恐怖、そして、自分自身を否定したくなるほどの後悔を感じていた。
「あたし・・・ぁ・・・王子、様・・・こんな、ああっあああ!!!」
逃げた女たちは、いくつかの落し物をしていた。
すぐそばにも、鋭い光を放つ刃物がおちている。
蒼子は、それをつかんだ。
「ごめんなさい、ごめんなさいあたし、あたしもっ!」
少女の細いノドに、銀色の光が吸い込まれていく。
「まった!」
◆
大きなスズキの手が、彼女の手を、刃物ごとつかんだ。
「あいたっ。」
とたんにあがる、緊張感のないスズキの声。
手に、軽くキズが増え、ふさがりきっていない腹部から、血しぶき。
アキヤの顔にも、数滴赤い模様がちりばめられた。
「ぅわっ!」
「だっ、大丈夫、ほら僕大丈夫だから、ね?」
蒼子に、微笑んでみせるスズキ。
キラキラと、アキヤたちの視界が光であふれる。
水滴のついたカメラを通したような世界。
気づくとそこに、血は残っていない。
消えていた。
スズキの体のキズも、アキヤの顔にとんだハズの血も。
気持ち悪さに、顔をぬぐったハズのアキヤの手には、なにもついていない。
「ぇっと・・・、ん、と。夢なんじゃないかな。きっと、寝て、目をさましたら忘れてるよ、ね?ほら、僕の目を見て。」
スズキに言われるまま、ショック状態の蒼子は彼の目を見る。
彼の目に、フシギにうっすらともる光は、空の青色。
蒼子が気を失い、スズキはそれをあたりまえのように抱きとめる。
「スズキ、・・・お前。」
「あは、心配・・・した?」
「つか・・・おま・・・なんっ、何やってんだよ!!!」
怒鳴りつけながらも、アキヤは涙目だった。
「えへへ・・・、だって、好きって、思わせちゃったから。責任?」
責任をとって死んでやるつもりだった、とでもいうのだろうか。
「ここにいたヤツら、全員?ぃゃ、だからって何も!ここまでされてやるこたねーだろ!つかマジ大丈夫なのかよ!」
とはいったものの、スズキのケガはもうほとんどふさがり、なぜか服まで汚れや破れ目が修復されていた。
「アキヤ、僕のこと、わかる?んだよね?」
おずおずと、スズキが問いかける。
「は?何ぃってんだよ!たりめーだろ?!」
スズキについての全てを、思い出していた。
彼がどこか不思議な人物であることも、なにもかも思い出していたから、傷がふさがるのも、服が元にもどっているのも、アキヤは受け入れられないことはない気がしていた。
「っとに、ふざけんなよ・・・。」
どうやら命に別状はないらしいスズキだが、さっきまでは瀕死に見えた。
文句を言うのも、アキヤなりの心配だった。
「でも、僕、ずっと何もしてあげなかったから。みんなの気持ち、こたえてあげられなかったから。」
寂しそうにそう言ったスズキの表情は、とてもはかなげで、美しさすらたたえていた。
とても、あんな状態から復活する生き物には見えない。
復活できるのだとしても、もうあんなふうにはなって欲しくない。
だから、アキヤは説教をたれておくことにした。
「だからって、あんなの違うだろ!死なないワケじゃないだろ?痛いのわかんねーの?なに?ドM?!」
言葉自体は軽く聞こえるものの、アキヤが真剣に心配しているのは、表情に充分あらわれていた。
もし自分がここへ来なかったら、本当にスズキは大丈夫だったか。
そんなのわかったもんじゃない、アキヤはそう思っていた。
その心配を知ってか知らずか、軽くスズキが返す。
「なわけないじゃない。痛いのはヤだよ僕だって。てか、心配だった?」
「バカかっ!」
怒鳴るアキヤ。
「ちょ、このコ起きちゃうって。」
スズキが、気絶したままの蒼子をしっかり抱きなおした。
「るせえ!心配した?じゃねーよ!バカ!!」
「何回バカっていうんだよ。」
不服そうにスズキが反抗した。
アキヤは聞き入れない。
「バカ聞けバカ!」
「ぅう」
「お前みたいなバカでもな、死んじゃったらヤなんだよ!いなくなったらヤなんだよ!しかも、勝手に片思いしてきたヤツらのためにとかさ、ありえねえよ!冗談じゃねーよ!そんなん、やりきれねーよ!」
◆
アキヤは、本気で怒っていた。
その剣幕に、スズキは思い知らされる。
大切だと、守りたいと思っていたのは自分のほうだけではなかったのだと。
そして、アキヤにはそれだけの力があったのだ。
距離をおいて彼を守るだなんて、一人よがりで、アキヤの言う通りバカバカしい考えでしかなかった。
なぜなら、アキヤはそれを望んでいない。
そして、自分も・・・本当は。
「ごめん、僕も・・・一緒にいたい。」
嬉しくて、でも照れくさくて、言ってから少し笑った。
「笑ってんじゃねーよ。・・・だいたいよ、レンアイなんて、全部うまくいくもんじゃねーだろ?いちいち責任とってたら、命がいくつあってもたんねーよ。」
どこにでもいそうな高校生の口から出た真理に、人間の寿命の何倍も生きた魔物は妙に納得させられた。
「ぅ。たしかに。」
とたんに元気なくうなだれたスズキを見て、アキヤはあわててつけたした。
「でもま、アレだ、そんな風に思ってくれてんだったらさ、せめてソイツ、そーこってんだけど、キライになんないでやってくんねーか?俺のトモダチなんだ。いーヤツなんだよ本当は。何か、ヘンな黒いモヤモヤがとりついて、オカシくなってただけなんだ。こんなことするヤツじゃないんだ、信じてくれよ、な?」
必死でトモダチのためにイイワケするアキヤに、スズキは優しい声で応える。
「わかってるよ、大丈夫。」
◆
簡単な一言。
なのに、全て伝わったと確信できた。
そこに、見慣れたいつもの笑顔があったから。
「ね、アキヤ、このコ、じゃない、そーこちゃんのおウチってここから遠い?」
「いや、チャリで10分もかかんねー。」
「そっか」
言うと、スズキは蒼子の肩とヒザの下に手をいれ、抱き上げた。
いわゆる、お姫様だっこ。
軽々と彼女を持ち上げたスズキは、確かにちょっと王子様が入っているように見えた。
「じゃ行こうか。」
家まで送り届ける気でいるらしい。
「まて。」
若干の問題を感じ、アキヤが止める。
「なに?」
何の心当たりもない顔で、スズキが見下ろしてくる。
「そのまま行く気か?そのお姫様だっこで!」
すごく異様だ。
そして、恥ずかしい。
「え、だっておんぶだと僕が恥ずかしい・・・」
あらぬ方へ視線を泳がせ、うっすら頬を赤らめるスズキ。
「何がだよ。キメぇよ。」
うんざりと、アキヤ。
でも、重いのはスズキだし、と割り切ると、歩き出す。
「まいいや、じゃ行くぞ。」
「うん、帰ろ。」
なんとなく、食い違った気がして、帰ろ、という言葉にアキヤは振り向いた、
妙にシアワセそうな笑顔が、こちらを見ている。
「何だよ。」
「なんでもない。さ、帰ろ帰ろ。」
まあ、“帰る”でも、間違っちゃいないか、とアキヤは思う。
帰ろう帰ろう、とスズキは思う。
帰ろう、きみといる日常へ。
(続)