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少年と天使  作者: narrow
28/31

続き 2

 それは、死体と、それに覆いかぶさるように寄り添う女だった。

 横たわり、腹を裂かれた死体は、身体の大きさからしてたぶん男だった。

 たぶん、というのも、その死体はかなりひどい有様だったからだ。

 とにかくめちゃくちゃに胸から腹から切り裂かれ、“中身”を盛大にはみ出させ、赤く、妙にキラキラと輝く血で、己と路面を派手に染めていた。

 犬でもネコでもない死体を目にし、アキヤは激しい吐き気を覚えた。

 ぐっちゃぐちゃじゃねーかよ!

 キモい怖いキモい怖い怖い怖い怖い!

 一瞬にして、アキヤの頭の中もぐちゃぐちゃに混乱した。

 自分の覚悟以上に、物凄いモノを発見してしまった。

 どうしよう、殺人事件だ、これは。

 警察に通報するべきか、と思いながらも、あまりにスゴすぎてその死体から目をそらせず、恐怖と驚きで指一本動かなかった。

 一緒にいるあの女の子は、死んだヤツの彼女とかか?

 よく見ると、どこか見覚えがある雰囲気。

 彼女の手は、彼の・・・。

 くちゃ・・・

 水気を含んだ音がして、彼女の手元がわずかに動く。

 と、驚いたことに、どう見ても死体にしか見えない、赤い肉をおびただしくはみ出させた身体が、びくんと動いた。

 生きている!

 彼女は生きた人間の腹の中に手を突っ込んで、それをかき回していた。

 それは、アキヤのよく知る人物だった。

 「蒼子!」

 アキヤは、彼女の名を呼ぶ。

 ゆっくりと顔をあげると、顔の筋肉がマヒしてしまったように、ゆるくだらしない表情で彼女は笑った。

 「あー、アキヤじゃん・・・」

 いいながらも、また手を動かす。

 ぐちゅ・・・みちゃっ・・・

 「・・・ごあ゛、ぁぐ・・・」

 腹に手を突っ込まれている男がうめく。

 この状態で生きているなんて、信じられないが、それでも“彼”はうめき、細かく身体をふるわせていた。

 「おいやめろ!生きてる!やめろよそーこ!」

 止めながらも、アキヤは目の前の光景に怯えていた。

 血まみれの人間と、その生きた内臓を、薄ら笑いを浮かべてまさぐる女。

 「ゃ、めろって、そーこ!」

 「何してるか、教えてあげよっか。」

 会話になっていない。

 彼女は、一方的に言葉を続けた。

 「王子様の、ハート。ハート探してるんだよ。アハハッあはははは!きゃはははは!!」

 心底楽しそうなその笑顔は、こんな状況なのに、なぜかとても可愛かった。

 「かわいーピンクの、キレイなハートがあるハズ、でしょ?でもさー・・・なかなか見つからなくて。・・・ぁあイライラする!」

 笑顔を急に曇らせると、蒼子は両手を突っ込んで、言葉のまま怒りに任せ、赤い肉をぐちゃぐちゃとデタラメにかき回した。

 「うぁ・・・ぁ・・・がはっ!」

 “彼”が弱々しく両足をばたつかせ、苦しげにうめく。

 これじゃ、本当に死んでしまう。

 「やめろ そーこ!死んじゃうだろ!!」

 「あたしだって!死んじゃうよぉ!あなたがいないと死んじゃうんだよお!!!」

 急に大声を張り上げた蒼子は、涙をうかべながら、“彼”の胸に顔をうずめる。

 切り開かれた、赤く濡れる柔らかいそこへ。

 「やめろーーーーー!!!」

 何もできない自分の目の前で、あのヒトは今度こそ本当に死んでしまうかもしれない。

 そして、友人の狂気。

 この瞬間やっと、恐怖よりも、この状況をなんとかしたい気持ちが勝った。

 固く閉じたアキヤのまぶたすらも貫いて、どこからか、光が、あふれた。

 「・・・は、ぁ、はぁっ、はぁ・・・」

 力の限り叫んだのと興奮とで、呼吸があらくなる。

 みちゃっ・・・

 粘ついた音を立てて、蒼子が顔を上げた。

 呆然とした表情を見ると、他の女たちと同じように、正気に戻ったらしかった。

 「何これ・・・」

 自分のしていたことが、わからないらしい。

 みんな、あの黒いオーラに操られていたんだろうか。

 目が、見開かれる。

 自分の前にあるものが何か、把握できた瞬間。

 「あ、あのな そーこ?」

 何か言葉をかけてやらなきゃ、とアキヤは思う。

 正気に戻ったのだとしたら、目の前にあるアレは、キツすぎる。

 「救急車、救急車呼ぶから、落ち着け、な?な?!」

 「これ・・・」

 「お前のせいじゃない!お前は悪くねーよ!大丈夫!大丈夫だからな!」

 お前のせいじゃない、というのはアキヤの願望でもあった。

 アイツがこんなことするわけない、そうであって欲しくない。

 だって、トモダチなんだ。

 いいやつなんだ。

 新発売のまずくて評判のジュースを、なぜか俺の分まで買ってくれて、一緒に飲んだときの変顔。

 チャリで曲がり損ねてコケた俺に、あわてて駆け寄ってきたときの泣きそうな顔。

 俺の悪口をいいふらしたヤツの話を聞いたときの、怒った顔。

 廊下で顔を合わせたとき、軽く手を振ってくる、へらっとした、笑顔。

 お前は、いいやつだから、絶対こんなことしないハズなんだ。

 「アはっ・・・あははは、やっちゃった、とうとうやったんだ!」

 「そー・・・こ?」

 笑う彼女。

 それでいて涙が、後から後から彼女の頬を伝う。

 「あははは!あはははは!あたしは、悪くないよ?あなたが好きになってくれないから、だからっだからぁああああああああ−−−−−!!」

 最後は、絶叫だった。

 「そーこ!蒼子!しっかりしろよ!」

 駆け寄るアキヤは気づかない。

 蒼子の前に横たわる男の身体の変化。

 じわじわとふさがっていく傷口に。

 トモダチの肩をつかんで、ゆさぶるアキヤ。

 「あーっあ゛ぁーーーっ!あぁあぁぁああああああ!」

 叫び続ける彼女。

 動かない“彼”。

 「あっ、ぁあ・・・あ・・・」

 少し落ち着いてきたように見える蒼子は、叫ぶのをやめ、しゃくりあげながら小さく声をもらした。

 「だい、じょぶだから、さ。泣くなよ そーこ。」

 根拠はある。

 どう考えても彼女は正気に見えなかったし、他の大勢のヤツらがいて、一人でやったことじゃない。

 まだ未成年なんだし、これで人生終わっちまうなんてことはないさ。

 そう思って、アキヤは片手でケイタイを取り出した。

 この人、助かるといいな、と思いながら。

 その、“彼”をチラリと見る。

 目が合った。

 光る、空の色。

 これは、・・・この色を俺は、知ってる。

 「アキヤ・・・」

 名を、呼ばれた。

(続)

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