続き
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アキヤは思った。
これは、いつも見ているあの“オーラ”だ、と。
だが、いつもならヒトの周りにまとわりつくソレが、ソレだけで空間をただよっているのを見るのは初めてだった。
初めてこの目で見たぜ、重苦しい空気ってヤツを。
なんてな。
とか思いながら、どんどんソレが濃くなっていく中を、彼は進んだ。
この先には、何があるんだろう。
これって絶対“悪いモン”だよな。
殺人犯とかいたりして。
そうならダッシュでにげてツーホーだ。
ケンカに自信があるわけでもない彼は、少し緊張しながら自転車のペダルをふみこむ。
何か悪い考えを持った誰か、が、この先にいるのは、ほとんど確信していた。
今までの経験もある。
それでも進むのは、キケンなことなのだろう。
でも、行って確かめたかった。
何もなければ安心できるし、ソレがこれから起こることなら、できれば止めたいのだ。
誰かが困るのも、悲しむのもアキヤはキライだったし、悪いことをしたその本人が傷つくことだってある。
なら、そんなことは初めからないほうが絶対にいい。
だから、ツーホーは、本当は彼にとって最悪パターンだった。
何かしようとしてんなら、声かけられて、ビビって逃げて、そのまま忘れてくれりゃいいな、と思っていた。
ヘンタイか、おっそろしいヤンキーでもいるんじゃないかと思ったのに、たどり着いた先に見たのは、あたりが薄暗くなるほどのおどろおどろしい雰囲気に包まれた、一般女性の集団だった。
10代〜20代の、年齢も見た目もまったく統一性のない女たちが、ごちゃっと集まって、何か囲んでいた。
中に何があるのかは、ここからではよく見えない。
ふと、何だか生臭い風が吹き過ぎて行き、嫌な感じが強まった。
犬、とか、ネコ?
・・・を、どうすんだよ。
ギャクタイ。
ドーブツギャクタイ友の会。ぅぇ。
胸が悪くなる考えを、フザケた自問自答でマイルドにしてみる。
止めよう、とにかく止めよう。
そんで医者・・・か、お墓。
もう声もしないんだから、きっとお墓のほうだな。
・・・ごめん、ワンコかニャンコ。
勝手に想像して勝手に心でわびると、アキヤは勇気を出して声をかけた。
女のヒト相手なら、そんなヒドイことにはならないだろう、と甘く見ていた。
「ぁのー・・・何、してんスか?」
甘かった。
振り返った女のコは、完全に目がイッっちゃっていた。
うつろに見開かれた、おイカレになられた方々特有の目つき。
「邪魔スんジゃ、ネーよ。」
寝言のように不明瞭な発音がまた、不気味だった。
彼女に反応して、数人がアキヤのほうを見た。
みんな、同じだった。
目が・・・
「やべぇ」
小さくつぶやくと、アキヤはチャリごと体の向きを変えようとした。
彼の腕を、きゃしゃな手が予想外に強い力でつかんだ。
ダッシュでツーホー。
ダッシュでツーホー。
ダッシュでツーホー。
俺はとにかく逃げなきゃいけないんだー!
十人以上は居るその集団が、全員マトモじゃないとわかり、彼はパニックにおちいっていた。
ぜってー 一人じゃムリ。
相手は女のコだけど、今は俺のがヤバい。
「放せよっ!」
この黒いオーラを、自分が何とかできればきっと逃げなくて済むのに。
女のコに、こんなことしなくてすむのに。
自分の腕をつかむ手を、確実に振りほどくため、彼女にケガをさせるかも知れないと思いながらも、少し強めに振り払った。
同時に、その場で光がはじけた。
すぐ後ろでフラッシュをたかれたように、あたりが一瞬だけ明るくなった。
すぐに逃げなければいけないと思っていたのに、驚いた彼は一時停止してしまっていた。
2、3秒。
目の前の女のコに、変化が起こった。
何かに気づいたように、ピクリと表情を動かすと、小さくあたりをうかがい、へ?、と言った。
「あれぇ?ぇ、あれー?」
一人で混乱する様子は、どこにでもいる“ちょっとやらかしちゃった直後の女の子”だった。
まるで、自分がなぜここにいるかわからない、とでもいいたげで、とても芝居には見えない。
それは、呪縛がとけた瞬間に見えた。
アキヤがそう考えたとき、自分が今までいた人だかりのほうを何気なく振り返った彼女が、息をのんだ。
「っひ!ぃやーぁあああああああ!」
突然悲鳴をあげて、アキヤの横を走り去っていく。
何だよ、逃げてーのは俺だよ。
我に帰り、とりあえず自分も逃げようとして、アキヤは思い直した。
まて俺。
ちょっとまて。
今の・・・できたんじゃね?
彼は思った。
自分はさっき、おイカレになっていた人を、正気に戻してやれたのではないか、と。
そういえば、前にも似たような、フシギなコトをやってのけた気がする。
そのはずなのだが、何だかよく思い出せない。
・・・最近思い出せないこと多くないか?俺。
いや、今はそんなことはいい。
何とかできるならやってみよう。
だよな。
と、まとまった考えの最後で、それに答えるようなセリフが浮かんだとき、なんだかそれは自分じゃない誰かの後押しに感じた。
が、そんなワケないか、とすぐに忘れた。
とりあえず、他に何をすればいいか思いつかないので、また声をかけることにした。
「なあ、あんたたち何してんの?」
少し大きめの声をだして、注意している感じを出してみる。
悲鳴を聞いても動じなかった女たちが、チラチラとアキヤのほうを向き始めた。
「何か、マズいコトしてんじゃないの?」
一歩、近づいてみる。
人だかりが、うごめいた。
「なあ、何してんのって・・・きいてんだぁっ!」
そんなつもりはなかったのに、怒鳴った自分の声に驚いた。
その瞬間また現れた、さっきより大きな光にも。
二度目の今度は、それが少し青みがかっていることに気づく余裕がある。
その色は、いつもひっかかるあの空の青とは違った。
ほんの少しの時間、静寂がおりる。
それから、小さくざわめき始める彼女たち。
また、悲鳴が上がった。
あの集まりの中心に、何があるというのだろう。
その悲鳴は、一瞬にして全員に感染した。
耳がちぎれとびそうなくらいの大音量をひとしきり発した後、彼女たちはいっせいに逃げ出した。
台風の中に、いきなり放り込まれたようだった。
悲鳴と、走る足音。
ぶつかり合いながら走る女の群れが自分を巻き込みながら、すごい勢いで通り過ぎていく。
身体を固くしてそれに耐えると、ようやくそこに何があったのか確認することができた。
(続)