続き
◆
今日はラッキー。
またあのヒトに会えた。
いつここへ来るかは、決まっていないみたいで、週に一度か二度、不規則にぶらりとやってくる。
だから、会えた今日は運がいい。
今日もあたしは、あのヒトを離れた席から観察する。
ケーキは、いろんなものを頼んでるみたいだけど、飲むのはいつも紅茶。
なんて、あのヒトのファンの女の子はみんな知ってるケド。
あのヒトがいる日は、同じケーキがすぐ品切れになってしまうから、急いで注文しないといけない。
ってことは、あのヒトを見てるコがそれだけいっぱいいる、ってこと。
やっぱり競争率たっかいよねー。
ほら、今だって、あたしとそんなに変わらないくらいのコが見とれてる。
あたしの視線が気になったのか、そのコが振り向いた。
目が合う、と、お互いに 彼は渡さない と思っているのが伝わるような気がした。
もしも、彼があのコに振り向いてしまったら。
あたしが入り込む余地はなくなってしまう。
彼を見ている女の子は、みんなあたしにとっては敵ってこと。
これは、戦争だぁ、なんて思ったら、相手も同じことを考えてたらしく、軽くにらまれた。
ムカつく。
つか、あたしのほうが見た目だってキモチだって勝ってるし、お前なんかに渡すかよ。
対抗心を刺激されると、なにがなんでも彼を手に入れたくなった。
彼を本当に好きなのは、あたしだけ。
愛してるのは、あたしだけなんだから。
なのに、誰もが彼を見ている。
彼を狙っている。
あたしだけの、あのヒトを。
◆
渡したくないなら、誰も手が届かないようにしちゃえばいいんじゃない?
誰のものでもない、なら、あたしだけのもの。
いいこと思いついちゃった。
毎日使うわけじゃない、なくなってもわからない果物ナイフをバッグにしのばせて、彼と会える日を待っていた。
ランコントルから、彼が出てくるのが見えた。
付いていこうとすると、他の女の子に声をかけられた。
「ねえ、あなたもあのヒトが好きなの?」
目を見れば、なぜか手に取るように本気なのがわかった。
まるで心を読めるみたいに。
彼を見てるだけで感じるシアワセも、叶わない想いの切なさも。
考えが、少し変わった。
あぁ、全部一緒なんだ、それなら。
「ねえ、“わけっこ”しよっか?」
今度も目を見ていると、ちゃんと伝わったのがわかった。
全部わかってくれたから、相手もおだやかな目をしているのだと。
だが、蒼子にとっておだやかに見える相手の目は、他の人間にとっては虚ろな、自分の意思を持たない人形のような印象をうけるものだった。
そして、あたりまえのように、蒼子の言葉にうなずく。
「ソウダネ・・・」
「ねえ、私も入れて?」
新たに声をかけてきたのは、よく見かける若い女性客だ。
ぱらぱらと、蒼子の周りに女ばかりが集まってくる。
みんな、同じなんだと蒼子にはわかっていた。
「いいよ、一緒にいこ。あのヒトは、みんなの王子様なんだもんね。」
◆
どこにでもいるただの外人に見えて、実は人ではないから、スズキはすぐにその少女が普通でないことに気づいた。
うっすらとつきまとっている淡い影。
人に害をなそうとするキモチをエサにし、それによって得た力で、一時の気の迷いであったハズの考えを現実にさせてしまうモノ。
それがどんどん育ち、やがてカタチを持つようになった時、それは人が“悪魔”や、鬼などと呼ぶ魔物になる。
彼女につきまとう影のようなモノは、いわば、そのもと。
服についたホコリでも払うように、それをとってあげようと彼が思った矢先、彼女のほうから声をかけてきた。
「あの、道おしえてほしいんですけどー。」
彼は、人の心を読む能力も持っていた。
けれど、人間の、人間らしさを愛する彼は、ふだんそれを使うことをしないようにしていた。
自分も人間のようでありたい、と願っていたから。
今もそうしなかったのは、その影の淡さに、少し油断していたからかもしれなかった。
「うん、いいよ。ドコへいきたいのかな?」
無意識のうちに、意図せず相手を魅了してしまう、いつもの微笑をうかべながら彼がそう答えると、彼女は心細いからついてきてくれ、といった。
そのへんにいる大人の男と比べても体格のいいスズキに対して、影がまとわりついているとはいえ、ただの少女が何かできるとは思えず、何の不安もなく彼はその言葉に従った。
しばらく歩くと、彼は立ち止まった。
「キミの言ってたのって、このあたりじゃない?」
「あ、もっと先です。」
あたりを確認することもなく彼女は即答すると、彼の腕を妙に強く引っ張った。
「あっと、危ないから放して?」
答えず、チラと振り返った彼女が、うっすらと笑っているのが見えた。
影が、だんだんと濃くなっていく。
もしかしたら、どこかに本体があって、いま彼女についているのはその一部だけなのかもしれない、と彼は考えた。
ならばその本体ごと、どうにかしなければ彼女は助けてあげられないだろう。
ここは、おとなしくついていく方がいい。
すぐそばで守ることができなくなったアキヤのことで、少し彼は気落ちしていた。
失敗した、ような気がしていた。
だからこそ、いま目の前に現れた彼女を救いたい。
自分には、誰かを助ける力があるのだと信じたい、証明したいのだ。
でなければ、また、自分は何もできずに大切なトモダチを失うことになるかもしれない。
どうしても、助けたい。
きっと破滅にむかおうとしている、今日出会ったばかりのこの少女も、大切なトモダチも。
そんな思いは、彼のカンを少しにぶらせていた。
手を引かれて着いた先には、どこかで見かけたことがある顔や、言葉を交わしたことのある相手も含め、十数人もの若い女ばかりが待ち構えていた。
「あー、きたあ。」
「スズキさんだぁ。」
「ぅちらのー、ぉうじサマだっ♪」
スズキを見つけ、彼女たちが口々につぶやく。
楽しそうに笑みをうかべながらも、その目つきは ぼんやり と、うつろだ。
それぞれに、うっすらと黒い影をカラダ全体からたちのぼらせている。
彼女たち自身の生み出した感情、それこそがあの“影”であり、よくない“モノ”だった。
見回せば、それはあたりの風景すらもおぼろげになるほど濃く、スズキを中心にして集まり、渦巻き始めていた。
間違いなく、彼に向けられた悪意ある“感情”だ。
悪意そのものに触れるとき、スズキはその悪意の強さに応じてダメージをうけた。
火であぶられたり、刃物で傷つけられたりすることに、それは似ている。
悪意の力が大きく彼を上回れば、彼の全存在を消してしまうことも可能だった。
それは彼が、善なる感情や意識で形作られた生き物だからだ。
また、逆に悪意や、そこから生まれたものは、愛や、信頼などの感情、意思の力で滅びる。
そして、想像を超える大きさの悪意に出会った彼は、たった今も、肌が焼かれているようにヒリヒリするのを感じていた。
ごくわずかずつではあるが、悪意が彼を否定し、その存在を消そうとし始めているのだ。
最初は、ただ、かっこいいな、とか、やさしそう、という感想の小さな興味でしかなかったモノ。
それが、淡い憧れになり、やがて本当の恋に出会ったとき、忘れられ、どこかへ流れ消えてしまうハズの“軽いキモチ”。
なのに、なぜ。
こんなにも数多く、いっせいに変質し、歪んだ力を得てしまったのか。
「なんで・・・」
思わず、つぶやいた。
ただ、可愛らしいだけの“想い”たちだったのに、こんなふうに、どす黒い影のような姿に変わってしまった。
よどみ、逆巻き、自分を攻撃してこようとするモノに。
それは今この瞬間も、彼を害し続けている。
ぐらり、と視界がゆれた気がした。
まとわりつく影に、体の自由が徐々に奪われているらしかった。
毒がまわっていく感覚。
危機的状況、なのに彼が感じているのは、悲しみだった。
こんなにも無残に変わってしまった、みんなの心。
届かない想いは、積もるうちだんだんと彼女たち自身を圧迫しながら、形を変えた。
好き、なのに好きになってくれない。
自分にとっては相手がただ一人なのに、相手からは意識もされていない。
通じない想い、叶わない願い、思うようにならないその関係は、徐々にストレスになった。
普通ならそこで、キモチをうちあけて諦めるなり、他の相手をみつける方法を取って次のステップへ進むのだが、彼女達は違った。
全員が全員、相手の感情を無視して自分の欲求を満たすことに決めてしまったらしい。
それは身勝手でしかなく、始まってさえいない関係を、修復不可能なカタチで壊してしまう選択。
失うだけの、悲しい選択。
止めなければ、思いとどまらせなければ、とスズキは思うが、あとからあとからあふれ、迫ってくる悪意の海の中、すでに口を開くことすら辛い。
「こんなの・・・ダメ、だよ・・・やめよ?」
気力を振り絞るが、濃くなっていく影に、視界が完全に黒く覆われた。
最後に彼が耳にしたのは、うつろに響く女達の笑い声と、自分が倒れる音だった。