11 王子様と少女
浦野蒼子は、悪いヤツじゃない。
ただ、めんどくさいんだ。
すごく、めんどくさい。
特に、恋なんかした日には。
すぐ近くの席に座る女子のグループの、電車が通過するホームぐらいにやかましいトークは、ほとんどが中心で元気いっぱいにわめく蒼子のせいだ。
自分たちの会話がよくききとれないくらいウルサイそれにウンザリしながらも、アキヤは何気なく耳に入る話の断片には興味がないでもなかった。
「外人なんだけどー、なんか超優しそうで、笑った顔がめっちゃカワイイわけー!・・・あ、遠くから見ただけなんだケド。ヤバいよー、一目ボレだよー!手がかりあの店だけだけど、また会えるかなー?え話しかけるとかムリムリ!ハードル高そうだしね・・・。」
よくしゃべる女・・・。
外人ねー、外人、ガイジンかあ。
なぜか、そこが気になった。
◆
駅前にある、“ランコントル”のケーキは、だいたい誰に聞いてもおいしいと言う。
制服がかわいいその店でのバイトに、あたしはちょっとあこがれていた。
ただ、募集がないので、今のところはお客さんにしかなれない。
学校から帰る途中、寄り道して駅前を通ると、甘いニオイがあたしを誘った。
太っちゃうけど、食べたいなあ、と思いつつ、ランコントルを見てみると、奥のほうに金髪の人が見えた。
少し周りから浮いて見える、明るいその髪色が目を引いた。
よく見てみると、長い髪をした外人のお兄さんで、しかもカッコいい。
背の低いウェイトレスにむかって、彼が笑いかけたその瞬間、あたしは恋におちた。
きっと他の誰にもマネできない、キラキラしたすごく優しい笑顔。
なにかのキャッチフレーズみたいな言葉が、頭をよぎる。
天使の微笑み。
でも天使、っていうか、男のヒトだから王子様かな。
カッコよくて、優しそう。
すごく好みなんだけど、ただ店の外から見かけただけの人に、いきなり話しかける勇気はない。
その日は後ろ髪ひかれながら、ただ帰るしかなかった。
それが、彼との出会い。
それから毎日、用がないときも、わざわざ駅前を通って帰った。
どうしてもその人を忘れられなくて、他に手がかりがないあたしは、もう一度彼がランコントルへ来てくれるのを、ただ期待するしかなかった。
一週間くらいすると、待っていた偶然がやってきた。
店から、あのヒトが出て来るのが見える。
あ、行っちゃう。
気が付くと、彼のあとを追っていた。
気づかれないように。
ちょっとアヤしいかな?
そう思っても、彼の後ろをついていく事は、やめることができなかった。
だって、ただ見てたいだけだし、別に悪くないよね。
歩調にあわせて軽くゆれる、お日様の光でできたカーテンみたいな金髪。
背の高い彼は、人混みの中でもすぐみつけることができる。
だから、見失わずについていくのはカンタン、なはずだったのに、気づくとその姿が消えていた。
あれ?うそ。
一瞬で消えたみたいに、今までいたと思った場所に、目立つはずの彼の姿はもうない。
あたりを見回す。
やはり、どこにもいない。
彼がどんなヒトなのか、ふだん何をしてるのか、少しだけ知りたかったんだけど。
なんだか急に、あたりが暗くなってきた気がする。
あたしは、方向転換して、家に帰ることにした。
ふだんの彼を見せてもらうのは、また今度にしようっと。
◆
「ソレ・・・って、ストーカー、じゃない?」
この一言を最後に、しん、と会話は静まり返ってしまった。
言われた浦野蒼子は、意外だとでも言いたそうな表情で、周りの友達を見わたしている。
休み時間の教室、自分たち以外の会話が耳に響くことで、よけいに気まずさが増す。
「え、やだ、やっだなー!そんな、だって、ちょっと遠くから見てるだけだよ?ぁは、あははは!」
そうなんだ?とか、だよねえ?とかいいながら、周りの女子たちが合わせて少し笑った。
ストーカー、という不穏な響きを耳にして、ごく近い席の八敷阿輝矢は少しその会話が気になった。
知らず知らず、つい蒼子の方を見てしまう。
「なに?アキヤ、なんか用?」
普段どおりに、笑いながら声をかけてくる蒼子。
「あ?オメーなんか用ねえよ、ははは。」
だから、アキヤも普段どおりに返す。
普段どおりでない心境を、気づかれてはいないだろうかと心配しながら。
数日前から蒼子の周りに見える、まとわりつくような黒いもや。
きっと、アキヤ以外に見えていないその不吉なカゲに、嫌な予感を感じていることを、悟られはしないか、と。
何か、よくないものを抱えている人を見たとき、アキヤには黒いもやのような、影のようなものが見えることがあった。
それが今、友人である蒼子のまわりに見える。
蒼子、お前、何カンガエてんだよ。
今まで一緒に笑ってきたハズの彼女が、何かしでかしてしまうかもしれない。
もう、同じものを見て、同じ話題で盛り上がったりできないような場所に、彼女が行ってしまうかもしれない。
できるものなら、何としても止めてやる、とアキヤはひそかに決心していた。
ふだんと変わらない、ように見える気楽そうな笑顔の下で。
◆
どんなに注意しても、なぜか必ず最後まで彼のあとをついていくことができなかった。
謎に包まれたヒト。
そう思うと、余計に心ひかれた。
彼を知りたい、ずっと彼を見つめていたい。
もしできることなら、・・・彼に、自分を見て欲しい。
なんて、たぶんムリ。
ずっとあのヒトを見ていれば、嫌でも気づいてしまう。
ランコントルのウェイトレスの中にも、女のお客さんの中にも、あのヒトをチラチラ見ている人が結構多いってこと。
自分に自信がないわけじゃない。
でも、彼を見つめる女の子たちの中には、あたしより可愛いかもしれないコや、綺麗なお姉さんもいて、決して大きくはないあたしの自信はグラグラしていた。
あのヒトは、みんなの王子様だから、見てるだけでガマンしなきゃいけないのかもしれない。
でも、もしあのヒトがあたしにふりむいてくれたら。
少しだけ、シアワセな時間を想像してみる。
たとえば自分の隣、すぐ近くにあのヒトがいて、笑っている。
特にどこかへ出かける必要もなく、ただ一緒にいられれば、それだけでいい。
何でもない会話も、きっとすごく楽しいハズ。
声もカッコよくて、話すこともあたしたちと違って、大人っぽくて落ち着いてるんだろうな。
時間がたつほど、っていうか、一秒ごとにどんどんあのヒトを好きになってく気がする。
もっと知りたいな。
あたしだけしか知らない秘密とか、ゲットできたらいいのにな。
もしあのヒトが、あたしだけのモノになってくれたら、そんなのカンタンに手に入るのに。
って、それじゃ順序が逆だし、もっとムリだし。
でも、このままじゃいつか、あのヒト他の女に取られちゃうかもなぁ。
そんなの、やだな。
許せないかも。
あー、ダイスキ、ダイスキ。
名前も知らないあのヒト。
あたしの王子様・・・。
(続)