9 思い出せない青
「晴れた空を見てると、なんか切なくなる、なんて、俺らしくないかな?」
八敷阿輝矢は、よく晴れた青い空を見上げながら、隣を歩く庭月小楯に話しかけた。
「うん。でも気持ち、なんかわかる。私も最近そうだから。」
彼女もまた、澄んだ青い空を見上げていた。
「何か思い出しそうになるんだよ、空見てるとさ。」
「うん、空っていうか、青い色。何か大切なこと、忘れてる気がする。私、本当はそれが何だか知ってると思うのに、あなたに話そうとすると、忘れてしまってる。フシギなの。」
「そっか・・・思い出したら、ぜってー教えてくれな。すげぇ、大事なコトだったハズなんだ。この青が、何の色なのか。」
◆
寝不足か何かで目が疲れているのだ、と最初は思った。
学校帰り、少し空腹を感じて寄った自宅に近いスーパー。
そのパン売り場にいたアキヤは軽く、目をこすってみる。
それでも、やはりその人の周りだけがうす暗く見えた。
黒い影がまとわりついているように。
そこに居るのは、30代くらいの主婦だった。
あのへんだけ照明が切れてるのかな。
それともヘンなガスでも出てるとか?
色々と、考えられそうな理由を頭の中であげているうちに、目の前の主婦は、商品をハンドバッグの中にサッと隠しいれた。
「おい、オバさん!」
まちがいなく万引きしようとしている。
アキヤはためらわず声をかけた。
店員には黙っておくから、商品を元に戻すように言うと、オバさんは案外素直に従った。
「ホント、そんな気なかったのよ?どうしちゃったのかしら、あたし。」
自分でも困ったような顔をしてイイワケする主婦のまわりには、もう黒い影は見えなかった。
「どうかしてたんじゃん?はははっ、もー絶対やっちゃダメだかんね?オバさん。」
軽いノリで言うと、オバさんも気まずそうにではあったが、少し笑った。
メンチカツサンドとコーヒー牛乳をゲットすると、アキヤはスーパーを出て、自転車に乗る。
すぐ近くの公園で、ケイタイゲームをしながら間食。
ふと気になって道路を見ると、ちょっとオシャレとは縁のなさそうな服をきた若い男が目に留まった。
良く見ると、なんだかその彼のまわりだけ、少し明るい気がした。
なんか、さっきと逆だな、とアキヤは思う。
理由もないのに、その人のまわりだけ光が集まっているように見えるのだ。
チャリン!
音がして、そのオシャレじゃない男がしゃがみこんだ。
前を歩いていた人が、小銭を落としたらしかった。
拾って、手渡し、照れくさそうに笑っている。
おー、まさにさっきと逆じゃん。
ぱくぱくとパンをかじりながら、アキヤはのんびりそれをみていた。
しかし、なんで今日に限ってヘンなもんが見えるんだろう。
明るかったり暗かったり、これって、もしやオーラ?
でも、今までこんなん見えたことなかったしなー。
見えたイメージと、その人がとった行動は偶然一致しただけ、目の錯覚だろうと、アキヤは思おうとした。
それでも、次の日も、その次の日も、彼の前に光る人や、影を背負った人は現れ続けた。
その数は多くないが、たくさんの人の中にまぎれ、確実にいた。
俺ってスゲエ。
アキヤは単純にそう感じ、自慢しにいくことにした。
◆
ここは、ブレイブ。
「俺はずっと疑ってきたが、八敷、お前やっぱり頭悪いだろう?」
「んなっ・・・何を根拠にそのよーなことを!」
堀とアキヤの会話を、横でスズキが笑って聞いている。
「オーラが見えるって、お前、どー考えてもバカすぎるだろ、言ってることが!」
「見えるんだよ!マジで。も、これは気のせいとかじゃないね!」
アキヤが真剣になればなるほど、堀はあきれ、スズキは笑った。
「あははっアキヤってホント子供だね、そんなマンガみたいなこと言っちゃって、あはは」
よく笑う男だった。
だから、その光景は見慣れているハズだった。
なのに、感じてしまう、ほんの少しの違和感。
「スズキ・・・?」
「あっはは、おかし、あは、あははは!」
ヤケになっているように、めちゃくちゃにスズキは笑っていた。
「そこまで、おかしいか?」
堀までもがいぶかしがる。
「おい、笑いすぎだろ、スズキ!」
ムカつく、というよりは不安になった。
「はは、あははは・・・ナミダ、でちゃった。」
笑いすぎたとでもいいたいのだろうか?
もう、誰が見ても泣き顔にしか見えない表情で、スズキは目じりを小さくぬぐう。
のぞきこんだアキヤの目と、スズキのうるんだ目が合う。
澄んだ空と木漏れ日が溶け合ったような瞳。
そこに、静かな雨が降る。
「・・・ばいばい、アキヤ。」
震えた声。
アキヤの視界に、青い光があふれた。
「ばいばい?」
ばいばいって、どういうことだ?
突然すぎる言葉を、アタマの中でくりかえしながらアキヤは考えた。
ばいばい、ばいばい?
ばいばいって、今・・・誰と?
彼の目の前には、誰もいない。
ややナナメの位置にいる堀が、びっくりしたような顔でこちらを見ていた。
「ばいばい・・・?」
ぼんやりとつぶやく彼を、心配そうにうかがっている。
「おい八敷、大丈夫か?」
「なあ、堀、今・・・誰か出て行かなかった?」
俺は、ずっと堀と二人で話してたんだろうか。
堀ってそんなに話続くほど、アイソよかったっけ?
「いや?つか、仕事のジャマすんなら帰れよな。今日は俺・・・一人・・・みたい?だから・・・忙しいんだ。」
言い返しながら、堀自身も何か違和感を感じているようだった。
誰か、他のヤツがこの場にもう一人いた気がする。
二人とも同じコトを感じながら、けれどそれを言い出せなかった。
状況からして、そんなハズはない。
もしそうだとすれば、その人物は文字通りこの場から蒸発して消えてしまったことになる。
ありえないだろう。
それが誰だかわからない、というのもあまりに不自然だ。
根拠も何もないのだから、ただの気のせいと思うのが一番しっくりきた。
「ああ・・・わり・・・じゃな。」
なんだか胸につかえるものがあるような、逆になにか大きなものがかけたような、どちらとも付かない感覚を抱えて、アキヤはブレイブをでた。
◆
思い出したいのに、思い出せない青色。
いつからだろう、それすらもよくわからない。
いつもとかわらない日々。
みんなと笑いながら過ごすそこに、何かが足りない気がしている。
誰かに見られている気がして、アキヤはふと振り返った。
そこには、誰もいない。
少し遠くに、他より明るく見える場所があるだけだ。
雲の切れ目だろうか。
そこから、懐かしい誰かが優しく笑いながらこちらを見ている気がした。