続き 2
◆
スズキが、懐かしんでいるような、そして少しだけ悲しそうな眼で語り終えた。
「その天使、覚えてるな。」
黒い男が、悪びれた風もなくつぶやく。
ほとんど色のないその瞳が青い空をみつめている。
この高い青い空に、記憶の中の何かがあるとでもいうように。
「うん、きみが痛めつけてくれたんだったよね。」
スズキは、困ったような微笑をうかべた。
「で?その子供が、あのガキなんだろう?」
スズキが“守っている”という“ガキ”が、アキヤだった。
「そう、アキヤのココロで眠りについたのが、僕の友達だった“天使”さ。ぼくら“天使”は、君たちみたいに片っ端から共食いはしない。自我を持った、気の合う同種は友達になることだってあるんだよ。」
寂しそうだが、恨んでいる口調でないのは、この悲劇が、本人が死を選ぼうとした結果であることを、よく承知していたからだ。
黒い男が彼を叩きのめしたことがきっかけだったとはいえ、彼の友達は助かる道を自ら捨てたのだ。
スズキは、友達がぼろぼろになって自分達の町へ帰ってきたとき、人を守れなかったこと、”悪魔”との戦いに負けたことを聞いた。
ただならぬ様子に、彼の心の状態を知った。
「…ごめんな」
話の最後にそう言って、彼はいつもと違う顔で笑った。
その表情は、彼の心の傷がとても深いこと、友達である自分にも、容易に解決できるような状態でないことを物語っていた。
スズキは何も言えず、ただ心で祈りながら友達が立ち直るのを待った。
そして、友達は消えてしまった。
スズキは、友達が消えてしまった町にひとり残った。
せめて、彼の守りたかった町を自分が守ろう、そう思った。
10年後、その町で彼はアキヤと偶然出会い、その心に間違えようのない、いなくなった友達を感じた。
理性も何もかも吹き飛んで、彼は少年の心を勝手に探り、遠い昔の記憶を見つけだす。
全てを知り、彼は少年を守護しようと決めた。
友達の安らかなる眠りと、最期に友達が信じたこの少年を、命に代えても守り抜くと。
なぜなら、祈りは、通じない。
神様なんていないのだ。
当然本物の天使も、悪魔も。
正しいものが、悪から守られるとは限らない。
信じても、救われるとは限らない。
確かなのは、今ここにあるこの気持ち。
「これが、アキヤが“何”なのか、っていうきみの質問への答え。ほら、長くなっちゃったでしょ?」
本当は、まだ話したいことがある。
あのころから、いいや、もっとずっと前からきみにききたいことが。
口には出さず、スズキは一人心の中でつぶやく。
だけど、今は言うわけにはいかない。
それこそが、僕がこの町にきた理由、とどまる理由。
僕はきみを、見定めたいんだ。
消すべきただの悪魔なのか、信じる価値ある存在なのか。
「長いわりに、つまらない話だな」
スズキの葛藤を知らない黒い男は、相手を思いやることもなくストレートに感想を吐き出す。
「何とでも言えよ。聞きたがったのはきみだ。
あ、それから、今回は何もなかったから許すけど、次アキヤに何かしたら、ただじゃおかないからな!」
今となっては、アキヤも大切な友達だ。
彼と、彼の中に眠るかつての友。
もしそれを同時に失ってしまったら、奪われてしまったなら、そのときこそきっと自分は黙ってはいられないだろう。
本気でそう思う彼は、真顔で黒い男に言う。
おそらく自分より、ずっと大きな力を持つ魔物に。
「ただじゃおかないだと?俺とお前じゃ勝負にならんぞ。
ま、あのガキよりお前のほうが観察対象としちゃ面白い。
何せ、天敵のハズの“悪魔”とこうして平気でダベってられるんだからな。
・・・ふん、あんな面倒くさいニンゲン、お前にくれてやる。」
あまり人の多くない、小さな通りの隅。
背を向けた、黒い男の影が遠くなる。
それを見送りながら、一人になったスズキは、決意を新たにするようにつぶやいた。
「そう…守らなきゃ。神様なんていないから、僕は…僕が。」