7 めざめ
「亘、お友達スイカ食べる?」
ドアの向こうから声をかけてきたのは、鴨井の母だ。
「あー、よろしくう。」
室内から鴨井が答える。
ここは彼の部屋だ。
“お友達”のメンツは、アキヤに、りあん、そしてもう一人、今日は庭月ではない女の子がまざっていた。
浦野 蒼子だ。
「さー、じゃ電気消して、はじめよっ!」
夏の一大イベント、とかなんとか言って、わざわざみんなを集めたのはこの蒼子で、何をするかといえば、百物語だ。
とは言ってみても、みんなそんなに怪談のネタがあるはずもなく、結局ただの友達同士の集まりでしかない。
コワイの大好き!な蒼子が、強引に進めたこの集まりは、テキトーにみんなで怖い話を披露しあったあと、彼女の持ってきたホラーDVDを見る、という計画になっていて、みんな蒼子の言うところの“百物語”よりも、見ると眠れなくなるというそのホラー映画の方が目的だった。
その後も、女の子を家まで送りつつ、ちょっとした近所の心霊スポット(あくまでローカルかつマイナー)をみんなで通ってみよう、ということになっていた。
「じゃ、アタシからいくね。」
蒼子が神妙な顔つきで語り始める。
「この前、ガッコー行くときにね、朝アタシの目の前を、“黒猫カマボコ宅急便”の車が通り過ぎたのね。黒猫かぁ、エンギ悪いなあ、って思ったんだぁ」
「ぃゃ宅急便だろ・・・」
アキヤがツッコんだが、見事になかったことにされ、話は続いた。
「でね、あぁ、やだな、運悪いなーって思ってたらぁ・・・その日のテスト、17点しかとれなかったのぉおおおお!たたりだよねぇえええ?!」
「たたりじゃねええええええ!!!」
今度こそビシっとアキヤのツッコミがきまり、鴨井とりあんが笑ってそれを見ていた。
「じゃーアキヤが次ね!アタシより怖い話しなよね!」
そもそも怖い話として成立していないようなものを語っておきながら、立場もわきまえず蒼子は挑戦的にアキヤを指名した。
「おー。俺のは実体験だかんな?ちゃんとユーレイ見たハナシ。」
まだ、小学校にあがる前の遠い、ところどころ無くなってしまっている記憶を、彼はゆっくりとたどりながら話し始めた。
「公園でさ、遊んでたんだよ。時間は・・・全然明るかったな。友達が、まだきてなくて、俺一人だったんだ。で、待ちながらテキトーに遊んでたんだけど、そしたら、すみっこのベンチにさ、誰かいるんだよ。ボーっと座ってて、何か、ヘンなカッコした人でさ。今思えば、あれすげえ昔の人だった気がする。まとにかく、そのヘンなカッコが気になってそばまでいったら、その人、透けてんだよ!ベンチとか、その人の後ろの風景とかがさ、うっすら見えてんの!俺ビビって、本人にむかって、アンタすけてる?とか言っちゃってさ。」
「えぇぇええー?!バッカじゃない?」
アキヤの話を、蒼子の叫びがぶった切る。
「浦野、もちっと静かにな?」
鴨井がやんわりと注意するが、当の蒼子は気にしていない。
「ヤバくない?とりつかれたんじゃないのアキヤ?」
「そーなんだよ、俺その後そのユーレイに抱きつかれて、そのままソイツ、消えちゃったんだ。」
「ギャー!近寄んなアキヤ!たたりがうつる!!」
さらにデカい声を出す蒼子。
「だからウルサいよ浦野。」
呆れ顔の鴨井の横で、りあんが彼を気づかいつつも、少し楽しそうに笑った。
結局、2周もしないうちに蒼子のちっとも怪談でない話をのぞき、みんなネタがつきてしまった。
「みんなもうオシマイ?アタシまだ全然イケるんだけどー?もしやアタシゆーしょー?ぃぇーい。」
蒼子が一人はしゃぐ。
「バカ」
「バカ」
アキヤと鴨井のあきれ声が素敵なハーモニーを織り成した。
「何?くやしーんでしょー?」
なおも得意げな蒼子を放置して、アキヤと鴨井はDVDの鑑賞会にうつることにした。
後ろではりあんが、蒼子ちゃんスゴイねー、などとキゲンを取ってくれている。
蒼子は悪いヤツではないが、少々めんどくさかった。
スネられても扱いに困ってしまうので、りあんが気を使ってくれることは、アキヤたちにとってはありがたい。
「よし、じゃ見ちゃおうか、そーこオススメのホラー映画。」
アキヤが言って立ち上がり、鴨井がDVDをセットする。
「じゃ消すぞー?」
というアキヤの声で、部屋の照明はTV画面の光だけになる。
ホラー好きの浦野がすすめるだけあって、かなり怖い映画だったが、終わって気づくと全員が鴨井にしがみついているという状況もまた、かなりのものだった。
「八敷・・・お前がつかまってんのはちっとオカシイだろ。つか、嫌。」
「いや、スマン。・・・マジ怖くて、タハハ。」
照れ笑いをしつつ、アキヤは手を離し、部屋の照明をつける。
「よし、じゃ女の子送ってく?」
鴨井が言うと、アキヤも同意し、一同は部屋から出る準備を始める。
夜道を、アキヤと鴨井、蒼子は自転車を押して、りあんは徒歩で進んだ。
地元の最恐!もとい、やや恐スポットまでは、幽霊を見逃さないように歩いていこう、というのだ。
問題のスポットは、定番、と言ってしまってもよさそうな場所だった。
事故現場。
「あー、ここ、か。マジ出んのかなぁ?」
アキヤも知っている、超有名な場所だ。
「そう、この場所では、数年前ひき逃げがあって、男が一人死んでいる。夜中の事故だったためになかなか発見されなかった彼は、息絶えるまでの数時間を苦しみぬき、その怨念は今でもこの場所に・・・」
鴨井が雰囲気を出そうと、いつもと違うおどろおどろしい声で説明をする。
「きゃー!やめてー!」
自分で怖い場所に案内しろと言っておいて、現地でそのイワクについて説明をされると、蒼子がイチバン怖がっていた。
「あ、あーくんコワイよぅ・・・」
蒼子と手をとりあいながら、りあんもおびえている。
「フは。そーこビビりすぎ。」
幼い頃に一度幽霊を見たきり、あとは怖い思いをしたこともないアキヤは、怖がる蒼子を気楽に笑う。
自分には、レーカン(霊感)なんてないから幽霊なんか見ないですむだろう、と。
笑いながら、街燈の明かりが少し暗くなった気がして、見上げると闇に浮かぶ月が見えた。
ように思えたそれは、月ではなかった。
なぜならそこに、赤く弧を描いているのは、笑っている唇に違いないから。
「・・・!」
これは、ウワサの幽霊か?
(続)