続き
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よく考えたら、一時の優越感のためだけに、よく知らない男の人と二人っきりって、結構キケンなんじゃないだろうか。
と、りあんは思うが、後悔しても、もう遅い。
少し歩いた、商店街のファーストフードにつれてこられた。
マスタードを練りこんだ特製ソーセージを、これまたマスタードを練りこんだ生地でつつんで揚げたマスタードーナツが看板メニュー、その名もまんま“マスタードーナツ”という店。
アフロのカツラとちょびヒゲ(マスターのイメージらしい)が制服の一部として義務付けられているが、女子のバイトにも例外がないというフザけた店だ。
それでも味は確かで値段もお手頃、若い世代の人気が高い。
りあんの前には、普段どおりのにこやかな顔のスズキがいる。
「なににする?」
「ええと・・・」
好きに選んでいたら、3つめでストップがかかった。
「ちょーっと待ったぁ!2つにしとこ?僕が出すから。ね?」
「え、でも、出してもらわなくても別に・・・」
控えめに言いながらも、りあんは心では、自分で払うから口出しはしないでほしい、と思った。
「2コくらいまでのほうが可愛らしいなって、思ったから。だから、お金のことなら遠慮しないで?」
「かわいくなんかないです!」
すかさず言い返したのは、かわいかったら、フラれてなんかいない、と思ったから。
適当に耳に心地いい言葉を垂れ流さないでほしい、と思った少し腹立たしい気持ちをぶつけるように、強めに反論した。
「ははっ、そういう態度も、僕から見たら可愛いんだけどね、とにかく2コに決めちゃいなよ。」
相手にする様子もなく、楽しそうに笑いながらスズキは彼女に
うながした。
余計腹が立つところだが、その楽しげな様子になんとなく、あきれてしまったのか怒る気が失せてしまった。
ついでに、店員の女の子がスズキと話す彼女に気のせいか、うらやましそうな視線をむけていたせいもある。
やっぱり、カッコいいのかな?この人。
スズキと居ることに、またも軽い優越感を覚え、りあんはすこしいい気分になると、続けてドーナツを選び始めた。
いちばん食べたいのは、・・・どれにしようかな。
好きなだけ食べる気でいたから、二つにしぼるとなると迷ってしまう。
りあんがしばらく悩んでいるあいだ、変わらず楽しそうな表情でスズキは彼女を見守っていた。
その彼は、席についてから見てみるとコーヒーだけのようだ。
「あ、なんかコーヒーだけってカッコよくない?あはは。」
その発言がカッコよくなかった。
カッコよくない男と一緒でも、ドーナツはおいしい。
口に広がる甘さに、思わず頬がゆるんだらしい。
「ふふっ、おいしそうに食べるね。」
カッコよくない男が、また笑った。
「どうせ、太ってるから。」
みんなだってそう言う。
太ってるから食いしん坊だとか、食べてるときが一番しあわせそうだとか。
「あれぇ?そんなスネちゃって、気にしてるならダイエットとかすればいいでしょ?」
普通、もうちょっと遠まわしに言うとか、触れないようにするとか気を使うものだ。
ということは、からかわれているんだろう、とりあんは思う。
「やせたって、誰も気づいてくれないもん。ムダだよ。」
あきらめはついている、ということをスズキに伝えようとした。
「僕は気づく。君が努力するなら、僕はちゃんとそれを見てるよ。」
微笑は絶やさずに、けれど真剣さのうかがえる瞳でスズキが言った。
「あなたが気づいてくれても、別に嬉しくないから。」
食べるのも忘れて反論する。
「じゃ、誰に気づいて欲しい?いるんじゃないの、そんな相手が。」
「ぁ・・・」
「僕なんかが相手じゃ不満かもしれないけど、相談とか、してみない?きみより長く生きてるぶん、アドバイスとかしてあげられるかも知れないでしょ?ね。」
すっごくウザくてアヤしくて、ムカつくことばっかり言うのに、言葉も、声も、笑顔も、とても優しい。
目の前の金髪男は、どうしてもりあんに嫌悪感を持続させてくれなかった。
「でも、グチっちゃっていいの?こんな、おごってもらって、しかもあたし、ただのコンビニの客だよ?」
さっきまでは、ただウザいだけだった。
でも、親切心のみで悩みを聞いてくれると、この人は言う。
そんな優しい人につまらないグチみたいなことを聞かせてしまって、迷惑じゃないだろうか。
さすがに、少し迷った。
「だって、すっごく暗いカオでイライラしてて、心配になっちゃったから。それに、こうやって一緒にでかけたんだから、もう友達でしょ?」
どこからか光が射したかと思えるほど、明るく周囲を照らすようなスズキの笑顔。
「ぅん、・・・じゃぁ。」
あまりにも太っているせいでフラれてしまったこと、体型のせいでみんなにからかわれ、悩んでいることを全てスズキに話す。
暖かいまなざしでりあんを見つめながら、スズキはおおむね黙って話を聞いていた。
そんな彼といると、まるで兄ができたような気がした。
少し年の離れた、面倒見のいいお兄ちゃん。
「そっかあ、でもさ、それなら大丈夫だよ!だってヤセちゃえばいんだもん。」
優しいけど、なんにもわかってない。
ダイエットなんて、言うほどカンタンにできるもんじゃない。
そう思っているのが伝わったかと思えるような言葉を、彼は続けた。
「すぐに効果はでなくてもさ、始めてみなきゃなにも変わらないでしょ?やってみようよ、ダイエット。僕、応援するから。」
りあんも、今までなにもしなかったワケではない。
いくつかの方法を試したものの、効果が出なかったり、辛かったりで、くじけてしまい、今ではすっかりあきらめてしまったのだ。
きっと自分は太る体質だから、ダイエットはムダなのだと。
そんな思いから、すぐに返事ができず、黙ってしまう。
「暗いカオしないで、えっと、名前、そういえば聞いてなかったね?」
「天王・・・天王りあん。」
「りあんちゃんか、スゴく可愛い名前なんだね。ねえ、りあんちゃん、僕がきみを助ける。だから、もう悩まないでもいいんだよ。・・・じゅうぶん、きみは悩み倒したんだもん。」
ぱふん、と、スズキの大きな手がりあんの頭に軽くのせられた。
なんだか、その感触に安心してしまう。
不安や、否定的な気持ちが、その大きな手で払いのけられた気がした。
もう一度、もう一度だけ試してみようかな、と思った。
「ヤセたら、絶対気づいてくれる?」
「うん。絶対。」
嬉しそうな笑顔を見せられると、なんだかりあんもつられて嬉しくなった。
(続)