6 きみに眠るきみ
隣のクラスに、アマちゃん、と呼ばれている女子がいる。
名前は、天王 りあん(漢字で書くとスモモとアンズで李杏になるが、日本人の名前にみえないから嫌なんだそうだ)。
カワイイ名前に似合わずデブキャラで、苗字をとってアマちゃんというより、甘いものばっか食ってる甘ちゃん。
とにかく食べるのが好きで、みんなからイジめられている、というほどでもないが、まるっこい体をよくネタにされている。
地味でおとなしいアマちゃんは、からかわれても弱々しく笑うだけで、怒ったり言い返したりはしない。
すると、周りの女子が助けてくれるのだが、なんとなーく、その彼女たちの表情にも、うっすらと、仕方ないじゃんデブなんだから、という気配が見え隠れする。
そんなおデブキャラが、アマちゃん。
中学に入るくらいの頃は、まだちょいポチャぐらいだったらしいが、高校入学時にはすっかりただのデブだった。
成長期とは恐ろしい。
あまりの変化に自分でも困って、ちょっぴり悩んでいたらしいアマちゃんを、ある時なぐさめてくれた優しいヤツがいた。
それはこの俺、八敷阿輝矢、ではなく、俺の心の友、鴨井だった。
いわく
「だいじょーぶだって、俺なんか、ちょっとぽっちゃりしてるくらいの方が好きだしさ!」
考えナシにもほどがある不用意発言。
そしてその1ヵ月後、ばっちりオチてしまったアマちゃんは、鴨井に告白をする。
「ぃゃ・・・でも、もー、ちょっと?ちょっとだけ、ヤセてるほうが、いいかな、なんて。アは、あはは、あの、ごめんな?そんじゃっ!」
最後は、こんなサイテーな言葉で逃げてしまったが、鴨井は鴨井なりに、アマちゃんを元気付けたかったのだろう。
これは、まだ俺たちが高一だった頃のこと。
◆
もーちょっとだけ、って、どのくらいなんだろ。
・・・考えてもしょうがないか、フラれちゃったんだし。
どうせ、あたしみたいなデブなんか、誰も好きになってくれないよね。
ダイエットなんてしても、こんなに太ってたら少しくらいやせたってきっとムダ。
落ち込んだら、おなかすいてきちゃったな。
りあんの足は、自然といつも行くコンビニに向いていた。
学校から一番近いそのコンビ二には、ちょっと目立つ店員がいる。
男のクセに長い髪をした外人で、ネームプレートには、スズキと書かれていた。
彼が目当てでこの店に来る女の子も、最近では何人かみかける。
あからさまに話しかけたり、チラチラ彼のことを観察してみたりと、追っかけレベルはさまざま。
そんな女の子たちにスズキがどう接しているかといえば、誰に対しても親しげに、仕事そっちのけで相手をする。
そういう女の子以外にも、人懐っこい彼は話しかけてくる。
たとえば、あたしみたいなおデブにも。
「いちごチョコスティック、くるくるレアチーズクレープ、あんダンゴにぃ、ふんわりメープルクリームサンド、チョコバナナロール・・・甘いのスキなんだね。」
さらさらと長い髪を揺らして、彼は微笑んだ。
かっこよくて優しいって、みんな言うけど、あたしは、鴨井くんの方が背も高いしかっこいいと思う。
きっと、見た目がいいからって女の子にモテるのを楽しんでるだけだもの、こんな人。
だから、本当に優しいっていうのは、鴨井くんみたいな人を言うんだと思う。
さすがに、彼女にはしてくれなかったけど。
そんなことを考えて、何も答えなかったあたしに、スズキさんはさらに話しかけようとした。
「でも、こんな食べたら太っちゃうんじゃない?」
「!」
カンケーないじゃん、あんたに!
クラスのコとかにからかわれるのはガマンするけど、コンビニの店員にそんなこと言われるスジアイない。
さすがにアタマにきて、あたしはスズキをちょっとにらんだ。
「あぁ、ゴメンね?そうだよね、いっぺんになんて食べないよね。えっと、全部で1184円。」
ちょっと申し訳なさそうに、会計をする彼。
あたしは、余計イラついた。
だって、いっぺんに食べるんだもん。
突きつけるように千円札を2枚差し出すと、受け取りもせず、彼はあたしの顔をのぞきこんだ。
「ぁれ・・・、もしかして、やっぱこれみんないっぺんに食べる、つもりなんじゃない?それに、本当は太るの、気にしてるでしょ。」
お客さんに対して失礼すぎるけど、鋭い。
でもやっぱり失礼すぎ。
むかつくー!
「あの、お金!」
早く清算してほしくて、あたしはキツめに言った。
すると彼は、あたしが買った商品の入ったビニール袋をひょい、と持ち上げると、自分のうしろへ置いてしまった。
「だめー。清算してあーげない。」
「ぇえ?!」
びっくりして、まともな言葉がでてこなかった。
どうやって文句を言おうかとあたしが考えている間に、彼は店の奥のほうへ声をかけた。
「てーんちょー、僕用事できちゃいましたー。今日これであがりたいんですけどーお。」
その言葉も非常識だった。
ありえない。
あきらかに思いつきで早退しようとしてる。
「んーもーう、またかぁい?仕方ないなあ。いいよ。」
「えへへー、すみませぇん。」
「そのかわり、明日一緒に食事にいかないかい?」
「えー?またおごってくれるんですか?やったあ!いいですよ!じゃ、お疲れ様でーす!」
目の前で、スズキにだけモノスゴク都合のいい会話が流れていった。
でも、あたしには関係ないハズ。
支払いかけていた千円札を財布に戻し、ここでの買い物をあきらめて立ち去ろうとすると、スズキに止められた。
「待ってー。ちょっと着替えるから。」
「は?」
これから一緒に出かけるみたいに言われ、あたしは固まった。
「君はこれから僕とおデートです。ぁはは。」
少しふざけた口調で言って、やわらかな声で彼が笑う。
ちょうど店内にいた、彼のファンらしい女の子二人組の視線が突き刺さり、イライラしていたあたしは心のすみで軽い優越感を覚えた。
みんなの憧れの人を独り占め、っていうのもいいかもしれない。
楽しい時間になりそうな気はしないけど、少なくともあの女の子たちはあたしがうらやましいに違いない。
フラれたことと、さっきのスズキの言葉で感じたストレスが、すこし解消できた気がした。
(続)




