5 みんなで片思い
地元のアイドルも、ついにその座を追われるときがやってきた。
アイドルとは、「中古ゲーム・マンガ・CDのブレイブ」の、お荷物店員こと、偽名バレバレ不審外人スズキだ。
ブレイブの店員は、もちろん彼だけではない。
スズキより先にこの店で働いていた、その少年が時間通りにやってきたとき、やはりレジのあたりはいつものように女の子がたまっていた。
「他のお客様の迷惑になりますので、お会計がすみましたらレジの前をお空けください。」
少年とはいえ、もうほとんど大人の男。
その彼のイラ立ちをふくんだ口調に、女の子たちがじわじわと場所をあける。
そして、人垣がなくなってみると、なんということだろう。
「スズキさん!あんた何やってんだっ!」
カウンターでぼんやりと頬杖をついているスズキの横で、店員でもなんでもない女の子がかわりに接客をしていた。
大きな声に、スズキが視線を動かす。
「あ・・・堀くん、おはよ。」
「おはよじゃないだろ!部外者に何させてんだよ!」
スズキをしかりつける堀に、レジにいた女の子がかわりに応じた。
「あ、あたしレジくわしいから全然ヘーキ。」
堀は、自分とたいして年がかわらないように見える彼女に、店員らしく敬語で答えた。
「そういう問題ではありません。レジから出ていただけますか?」
そして自分よりずっと年上に見えるスズキを、またも叱りつける。
「ほらっ、スズキさん代わって!」
「んー・・・」
どこかぼんやりとした様子のスズキは、だるそうにうなりながらのろのろと定位置についた。
そこにいた女の子のほうは、なごりおしそうに他の女の子たちの輪の中に戻っていった。
「ボーっとしちゃって、どっか悪いんですか?まさか、好きな女のことでも考えてた、とかじゃないでしょうね?」
堀は、冗談半分で言った、つもりだった。
少々キツい言い方になったが、あまり気にしないでもいい、と気をつかったのだが。
それなのに、スズキはその言葉であからさまに、文字通り顔色を変えた。
「え・・・」
つぶやくと同時に、白い頬が染まっていく。
恋する乙女のような色に。
一瞬あってから、周囲の女の子たちがざわつき出す。
うそでしょ?
ありえない
まじで?
ざわざわ、ざわざわ。
ざわめきの中には泣き声すら混じりはじめ、その中の数人は、サイテー、と堀をにらんだ。
そして、数人が駆け出すと、あとはナダレだった。
店の外へ女の子たちが走り出て行く。
「俺は悪くないだろ・・・。」
すでに居ない声の主たちに、あきれ声で堀がつぶやいた。
堀の後ろで、まだうっすらと頬を染めたままのスズキが、気まずさを解消しようと話しかけてくる。
「なんか、あの、すっきりしたね、店。えっと、さみしいけど。」
焦っているのか、ややカタコトになりながら。
「ああ、・・・ですね。」
◆
「えヒサシその場にいなかったの?」
アキヤが、”ヒサシ”と呼んだのは、ブレイブのバイト3人目の男、坂井久志。
定職につかず、ここでバイトをしながら親元で遊び暮らす、ダメダメな22歳。
まだ高校生のアキヤにも呼び捨てにされているが、明るく大らかな性格でどこか憎めない。
堀からはよく怒られているが。
「んー、うっせぇ女どもがヒくとこ見たかったけどなー。まぁ、次の日からもうぽつぽつ戻ってきて、今じゃ元通りっつか、誰だかわかんねえ相手と、スズキさんくっつけようって勝手に盛り上がってるよ。応援団、だってさ。」
スズキのファンクラブ(そう名乗っているコもいる)についての話をしていた二人のところへ、奥で商品整理をしていたらしい堀が戻ってきた。
「ヒサシ、あんま人のプライバシーとかふみこむなよ。」
堀も、ヒサシより年下である。
「だって本人が話してくれたんだし、別にアキヤならいーだろ?」
「いーんだよ、スズキうらやましすぎだし。」
ヒサシの言葉にアキヤが続け、二人は、『なー!』と、声と顔を合わせる。
「それは、ヒガミっていうんだ。」
冷ややかな目つきで、堀が言った。
その数日後、決定的な事件がおきる。
◆
今日もスズキは女の子に囲まれている。
「今度つれてきてくださぁい!」
「めっちゃ見たいしー!」
まるで、もう付き合っている相手の話をするように、女の子たちはスズキの片思いの相手に会いたがる。
「だからー、カノジョとかじゃないからぁ、紹介とかヘンだし。それにあっちにはもう好きな人がいるんだよーぅ!」
今日だけで、もう何度目になるかわからない説明。
「そんなんスズキさんが告っちゃえばむこうだってキモチかわるって!」
似たようなセリフが、今日は何度も飛び交っている。
「だからぁ、僕は彼女を応援したいんだよ。割り込むつもりはない。」
歓声。
女の子たちは、彼の言葉を聞いて口々に、優しい、だの、だから好き、だのと感想を言い合う。
「うるっせぇなあ」
小さくつぶやいたヒサシはいっせいににらまれ、顔をそむけた。
「ごめ、ヒサシくん」
スズキが謝り、ヒサシは、気にしてねえよ、といわんばかりに軽く笑う。
そんなうるささの中、誰も気づかないうちに一人の中年男が来店していた。
女の子たち間をかきわけ、その人はまっすぐにスズキのもとにむかってきた。
「スズキくん!」
呼びかけられ、その人の姿を確認すると、スズキは青い目をみひらいた。
「ぐぇっ・・・て、ん ちょおっ?!」
がしっ、と音がしそうなほどしっかりと、店長と呼ばれた中年男はスズキの手をつかむとなかば叫ぶように言った。
「俺が他の男に目をむけたと勘違いして、身を引いたんだってね?俺が愛してるのはキミだけなんだ!もう離さないよ!!」
ホモだった。
当然、その場にいた誰もが、スズキ自身でさえこの愛の告白に目をむいた。
「ぃ・・・いぃいやあぁぁぁぁああああ!!」
悲鳴の大合唱が響いた。
ホモだってー!
サイアク。
好きな人、ってこのおじさん?
『彼女』って言ってたのウソ?
だから紹介できなかったとか?
あまりのことにどうしていいかわからず絶句するスズキの耳に、女の子たちがヒソヒソと話す内容が届く。
なんとなく、なんとなーく、ヒサシは一歩だけスズキから距離をとってみる。
「ヒサシくん、僕、僕そんなんじゃ・・・」
言い訳をしようとしたスズキから、なんとも言えない残念そうな表情のヒサシがもう一歩遠のいた。
「ヒサ、シ・・・くん」
「さあ、スズキくん、俺たちの店へ帰ろう!」
鼻息の荒いホモがなおも迫る後ろで、女の子たちがまたヒソヒソ。
店、ってもしかして。
ゲイバーだよきっと。
イヤー、信じらんない。
ゲイバーだ、ゲイバーなんだ。
だが、ぐいぐい腕を引っ張られているスズキは、それに反論するどころではない。
「離してよ店長!もー僕はここの店員なんですっ!つかどこでそんなデタラメ聞いたんですか!!」
嫌悪感いっぱいの顔で男の手をふりほどこうとするスズキだが、うまくいかないようで手と手はなかなか離れない。
「キミの友達が教えてくれたんだよ、ここのことも、キミの本当の気持ちもね。さあ、恥ずかしがらなくていいから行こう!」
友達、という言葉になにか引っかかるものを感じたらしく、スズキの表情が少し変わった。
「友達、って、もしかして黒ずくめのでっかいヤツですか?超ロン毛でキモいカンジの。」
「そうそう、でもキモいなんて言うなよ、いいヤツじゃないか。」
「あーーーいーーーつーーー!!!」
見る見る憤怒の表情へと変化しながら、スズキがつかまれていた片手を振ると、それをつかんでいた男はカンタンに吹っ飛んだ。
空の段ボール箱かなにかのように、軽々と。
カウンターに背中を打ちつけて咳こむ男を、やっちゃった、という表情でスズキが振り返った。
「あっ、ごめんねっ店長!だいじょぶ、だよね?ヒサシくん、あとよろしく!」
そういい残すと、なかなかの速度で外へと駆け出していった。
女の子たちは、スズキがいなくなると散り散りに帰っていき、ホモ中年も背中をさすりながらどこかへ消えた。
その日から、スズキの周りに女の子の群れができることはなくなった。
◆
「すげえ性格悪い知り合いがいて、ソイツのイヤガラセだったんだってさ。でもなんか、ホラ、スズキさんて話し方とか、アレじゃん?ちっと信じたわオレ。」
笑いながら、ヒサシがまたも他人のプライベートをたれ流していた。
ここは、ブレイブ。
ヒサシの前には、カウンターに寄りかかって話をきいているアキヤ。
2時間ほどして戻ったスズキの弁によれば、そのホモは前のバイト先の店長で、言い寄られて困ったから逃げるためにバイトを変えたのだという。
デマを流した知り合いは、とっつかまってさんざんののしられたらしい。
「全く反省してくれてないけど、とりあえず言いたいことは言ってきた。」
少し疲れた顔でそう言ったスズキに、ヒサシはついでにその、”好きな相手”が、本当はどこの誰なのかをきいてみた。
「駅前のケーキ屋さんで、ウエイトレスしてる子」
「あー、あの制服のカワイイ?」
「うん、そう」
そのとーり、と笑顔でうなずいたスズキ。
ホモ疑惑は晴れたものの、今度は次の日からしばらくの間”制服フェチ”のレッテルを貼られることになる。
ただ、ヒサシ達の誤解はとけたし、女の子で店が混み合うこともなくなり、よって堀の機嫌もよかった。
とはいえ、居やすくなったブレイブには、ヒサシやスズキと仲のいいアキヤが、お買い上げもなく無意味に入りびたるようになり、堀はそんな彼に、今日もこんな言葉をかける。
「八敷、たまにはなんか買っていけ。追い出すぞ。」
アキヤも負けていない。
「堀ぃ、そんな冷たいコトばっかいってっと俺もお前にホモけしかけっぞ?」
堀のポーカーフェイスがくずれ、アキヤとヒサシも笑った。
その瞬間、今日は休みのスズキがどこかでクシャミをしていた・・・かもしれない。
ウワサの当事者がいないブレイブで、今日も楽しげな時間がすぎていく・・・。