序章
「ゲーム屋の店員なんだけど、カンがよくてさ」
最初にそのハナシをしていたのはクラスの男子達だった。
防犯カメラのモニターを見ていなかったのに、死角にいる
万引きをみつけてしまったり、にわか雨なんかを時間まで
正確に予言してみたり、不思議なことをするらしい。
悩み事の相談なんかにものってくれて、ちょっとした占い師の
ようなことをする。
ただ、真剣な相談にはのってくれて、何かしらアドバイスをくれ
るが、ひやかしで行くと見透かされて、話をきいてもらえない
のだという。
私も、断られてしまうだろうか?
ゲームの棚がならんだ店の奥で、その人は仕事もせずに
ゲームに没頭していた。うわのそらの、「いらっしゃいませー」。
近づいていくと、気づいたのかゲームをやめてこちらを見た。
あれ・・・外人さんなんだ・・・?
金髪で、顔のつくりも目の色も日本人とは違う。
白色人種とゆーやつだろうが、あいにく何人なのかは私には
判別がつかない。
日本語わかるのかな。みんな話してるんだから大丈夫かな?
あのぅ・・・と話しかけようとしたら、むこうが口を開いた。
「僕でお役に立てるといいけど。」
春風のような優しい声。
日本人としか思えない自然な話し方でそう言うと、ふわっと
微笑んだ。近くでよく見ると、目の色は青とも緑ともつかない
本当に不思議な色をしている。正直ちょっとかっこいい。
でも名札は
「・・・スズキ、さん?」
「うん。」
にこにこと答える。フレンドリーな接客が信条のようだ。
きっとハーフとかクォーターなんだな。
不自然な名前はそうして無理やり納得することにして、私は
相談をすることにした。
「あの、ごめんなさい、
私ゲーム屋さんのお客さんじゃないんです」
スズキさんは笑ったまま
「うん、話して。」
と言った。噂通りのカンで見抜いていたように、当然といった態度
で私に話を促してくる。
「俺が聞いてやろうか?その話」
後ろから別の声がした。
低く、恐ろしい声。
スズキさんが露骨に嫌な顔になった。振り向くと、2mはありそ
うな細身の男の人・・・・黒ずくめでなんだか死神のようだった。
比べるとスズキさんは、まるで天使のように見えた。
「なぁ、この客俺にゆずらないか?スズキくん」
「私、客じゃ・・・」
体つきだけでも異様なその人は黒い長い髪をして、青白い顔
に、開いてるのか閉じてるのかわからないほど細い目と、赤黒
い薄い唇。顔つきも怖い。怖いけど、なぜだかついていきたく
なる気がした。気になる、と言ったらいいんだろうか。
その迷いは、スズキさんの一言が打ち消してくれた。
「帰れ。この子はボクに相談にきたんだ。」
優しかった声は、今は強く突き放すような調子に変わってい
た。
「なぁおまえ、ついて行きたいってちょっと思っただろ」
黒い人は今度は私に話しかけた。気づかれた?
答えられずにいた。
「答えなくていい。お前に会うより先にここへ来たんだ。だからこの子はオマエとは行かないよ。」
最初の言葉は私に、あとは後ろの黒い人に向かって、スズキ
さんは厳しく言い放った。
私は、スズキさんと黒い人を見比べていた。
なんの話なんだろう・・・。
渦中にいながらまったくワケがわからなかった。
後ろの人が、にやぁ…っといやらしく笑った。
「わかってるさ。・・・からかいにきただけだ。
ふふ・・・
もう少し早く見つけていれば俺の客にしたんだがなあ。
・・・じゃあな、”スズキ”」
「二度と来なくていいよ。」
自動ドアの向こうへ消えていく黒い影に、スズキさんはだるそ
うに声をかけた。
私のほうに向き直ったときには、もう笑顔が戻っていた。
「もう大丈夫、話してもらえる?」
なんだか危機におちいっていたような言い方だけど、たったあ
れだけのことなのに、私のほうもなんだか、”助かった”ような
気がしていた。そして、話を始めることにした。
私には、親友がいた。何でも話せる友達。
彼女はいつも私を支えてくれていた。他にもトモダチはいたけ
ど、何でも話せて、どんな話でも聞いてくれる彼女は特別な
存在だった。だから、好きな人ができたときも、まず彼女に話し
た。一番大切なトモダチに。
「ウチのガッコの人?かっこいい?」
楽しそうに彼女はきいてくれた。
何組の誰なのかを話した。
がんばってね、と彼女は笑っていた。
「うん、がんばっちゃうんだ」
私も笑った。
それからも私は、毎日のように彼のことを相談した。
でも、だんだんと、はぐらかされるようになっていった。
すぐに話題を変えられたり、ちゃんと聞いてくれなかったり。
理由は、しばらくしてわかった。
買い物を頼まれて、偶然通りがかった公園。もう暗い。
そこで見てしまった。付き合っているとしか思えない二人を。
私の親友と、私の・・・片想いの相手。
気づかれないよう、私はそこを離れた。
何で?何で?心の中で叫びながら。
いつのまにか泣いていた。
もう、彼女と普通につきあっていくことなどできなかった。
裏切られたようなショックと、悔しさ。
だけど、急に彼女を憎むこともできず、かといってどういえば
いいのかもわからない。
今思えば、はぐらかしたり、ちゃんと話をきいてくれなかった
のは、彼女なりの気遣いだったのだ。
私にうちあけることもできず、かといって応援するふりをして
騙すことなど到底できなかったから・・・。
だけど、それでも言ってくれればよかったのに!
どうしてもそう思ってしまう。
一人、悩んだ。彼女と会っても口をきくことができなかった。
それでも彼女は話しかけてくる。
「どうしたの?怒ってる?」
まるで私たちの友情を信じて疑わないかのように。
「何かしちゃったなら、ごめんね」
しつこいほどに。
「何か怒ってるなら言って?あたし、謝るから」
時にはメールで。
無視しつづけるのも限界だった。それでも、胸の内をぶつける
ことはできなかった。だって、彼女は本当は悪くない。
全部、私一人の問題。
けど、もう彼女の顔を見るのも辛くなった。
私は学校にも行けなくなった。
「何で怒ってるの?」
私が学校へ行かなくなってからも、朝家へ迎えに来たり、
メールをくれたりするのはやめなかった。
学校へ行かなくなると、親とも気まずくなった。
私は部屋から出なくなった。
それでも彼女からのメールは来た。
「どうしたの?みんなも心配してるよ。」
あんたを避けてることぐらい、そろそろわかってるでしょ?!
ここまでくるともう、全てがイヤガラセとしか思えなくなって
いた。
本当は、彼とつきあってたこともわざと黙ってたんじゃないの?
そう疑い始めた。メールを知らせる着信音が鳴った。
私はケイタイを叩き壊した。
それでも毎朝、家のチャイムは鳴った。
彼女が迎えに来るのだ。
だましていたくせに・・・彼と付き合ってるって教えてくれな
かったくせに。
信じていたのに。
信じていたから、許せなかった。
彼のことも、あきらめきれなかった。
とにかく、このままじゃ…一人でずっと考えていた。
辛い ラクになりたい 何も考えたくない
気が狂いそうだった。どうしたらいいか、わからない。
そんなときに、ふと、ここの話を思い出した。
ここの店員さんには、不思議な力がある。
(続)