夫の不倫癖を咎める方法
「すまない!許してくれ!今回のはほんの出来心だったんだ!――私が本当に愛しているのは、オリアナ、君だけだ!」
床に膝を突き、許しを請うクザート伯爵。芝居がかった大げさな演技。顔は苦悶の表情を浮かべているが、目の奥底に反省の色は無い。
基本的に我が国は一夫一妻制だが、妾をつくったからと言って、特に厳罰に処されることはない。だが、クザート伯爵は我がヴァーナード侯爵家に多大な恩があるのだ。ヴァーナード侯爵家から嫁いできた私を軽んじたとなれば、侯爵家の怒りを買う恐れがある。だから、この男は謝っているのだ。自らの保身のために。
「そうですか。ではもう他の女性とそのような関係にはならないと?」
「もちろんだ!君さえいれば他の女性なんて目に入らないさ!」
白々しい。口が羽のように軽い男だ。家同士の取り決めとは言え、こんな男に嫁ぎたくなど無かった。だけれど、なってしまった物はしかたがない。
「では、一つ忠告させてください」
「おお!どんな忠告でも、私はしっかりと受け止め反省するさ!君が許してくれるのであれば!」
「――もし次このような事になれば、クザート様は命を失うと、その覚悟でいらしてください」
「……何を言うかと思ったら。もちろんだ!私は二度とそのような事はせん!そのときは命でも何でも差し出してやろう!」
クザート伯爵はそう宣言し、ホッと胸をなで下ろした。
おそらく彼は気が付いていなかっただろう。私が口角を少し上げたことに。
******
「そこの美しいお嬢さん、今、お時間大丈夫かい?」
私は舞踏会で、一人の女性に声をかける。明らかに貴族ではない。誰かの侍従だろう。
不倫をするなら平民に限る。お金さえ用意すれば大概は丸く収まるのだから。
「ク、クザート様!?お声がけいただけるなんて恐れ多いです!」
うぶな反応だ。あまりこういったことに慣れていないのだろう。
私がしっかりと教えてやらねばな。
「そうかしこまらなくていい。ここは楽しい舞踏会だ。無理に気負う必要などない――君、名前は?」
「は、はい!名はアンナと申します!」
「アンナか。美しい名前だ。――まぁ君の美しさには負けるがな」
こういう台詞を言うときは、恥ずかしがってはならない。冷静になって考えれば気持ち悪い発言も、勢いと流れさえあれば、それっぽい効果を与えることが出来るのだ。
現に、アンナとか言う女は、私の発言に目を白黒させていた。
「そ、そんな恐れ多いです。クザート様こそ……いえ、何でもありません!」
「なんだ?言ってくれないのか?私は何度でも言うぞ?――君は美しい」
「ク、クザート様こそ、その……格好よいと思います」
アンナはそう言うと、顔を真っ赤にして俯く。
女なんて皆チョロい。大概の女は私が笑みを浮かべれば、それだけでコロッと落ちてしまうのだ。
「どうだ?今夜これから一緒にいると言うのは?」
「で、ですがクザート様にはオリアナ様が」
「オリアナは政略的に仕方なく結婚した、愛情も何も無い女だ。彼女と結婚しても、私の心と体は乾いたままなんだ。――でも、君となら潤った日々が過ごせると感じたんだよ。私の直感は間違っているかい?」
いつも言っている常套句。だが案外これが使える。直感なんていうまやかしのような魔法の言葉が、女は好きなのだから。
「……優しくしてくださいね」
「もちろんだとも」
それから彼女が仕えているガリューダ子爵に、彼女を少し借りると伝えると、三十分ほど馬車に乗って、山の中にポツンとある私の秘密の家へ到着した。
もちろん、出るときは細心の注意を払った。前回不倫がばれたときは、秘密の家に向かおうとしたときだった。今回は前回の反省を生かしたのだ。もうばれることは無いだろう。
「わぁ!とても立派なベッドですわね!」
アンナが、天蓋付きのベッドに腰掛け、上の毛布をなでながらそう言った。ベッドがギシリと音を立てる。
アンナに手を伸ばそうとして、ふとオリアナの冷たい顔を思い出す。そういえば、オリアナは『次不倫したら命を失う覚悟でいろ』と言っていたな。――全くもって馬鹿馬鹿しい。多少不倫したぐらいで何だと言うのだ。そもそも妾は禁じられていないし、オリアナがいくら不機嫌になった所で、女が出来ることなんてたかが知れている。気にするなんて馬鹿馬鹿しい。
「はしゃぐ姿も天使のように可愛いな」
私はそう言って彼女の後頭部に右手を添えると、ゆっくりとベッドに押し倒し、唇を重ねた。
二人の体重が乗ったベッドは、ギシッと大きな音を立てた。
******
クザート伯爵は死んだ。
今日は彼の埋葬日だ。彼の棺が運び込まれ、砂で上から覆い隠していく。
事故死だった。不倫相手と楽しい時間を過ごしているとき、ベッドが壊れたらしい。どうもベッドの経年劣化で、たまたま男女二人が上で激しく動くと壊れるぐらいの強度になっていたようだ。そしてさらに、たまたまベッドの下には尖った木の棒が複数収納されていたらしい。それに彼らは運悪く貫かれたのだという。――不倫相手も一緒に亡くなったそうだ。
不倫の最中に亡くなったのだ。これを恥じた伯爵家は、事実を公にすることはせず、内密に、事故で亡くなったと処理するそうだ。特に現場の検証なども行わないらしい。
葬儀も内部でのみ行われ、今日も見送りに来たのはほんの数人だけ。皆、静かに見守っている。
気が付くと、もう埋葬は完了していた。クザート伯爵の名前が刻まれた石が、先ほど砂で埋め立てた上に置かれる。
「だから私は忠告しましたのに」
誰にも聞こえないような小さな声で、私はポツリとつぶやいた。
最後まで読んでいただきありがとうございます!少しでも面白いと思ってくださったら、ブックマークと下の☆で評価をしてくださると嬉しいです!
応援宜しくお願いいたします!




