天界騎士団の副隊長さまは囲われたい
「ザキアさまに顔を覚えてもらいなさい」
まだ生まれて50年経ったくらいの僕にそう言い残して、両親はその場を去っていく。
普段から体調を崩しやすい僕に友だちなどはおらず、繋がりといえば両親や兄弟しかいなかった。
そんな僕にどうにか繋がりを持たせようとした結果がこれだ。
家柄がいい天人との交流。
ザキアさまといえば、家柄も良く顔も良く才能に溢れた人だと両親からは聞いているが、そんなお方なんて本当にいるのだろうか。
ましてや仲良くなれるなんてありえない。
今回の集まりも運良く選ばれただけで、本来なら参加することすら許されない存在が僕なのだ。
大勢がザキアさまに顔を覚えてもらおうとしているのに、何も持たない僕にはそもそも無理な話ではあるのだが、挨拶だけでもしろと両親に言われては何もせずに帰る事は出来ない。
ザキアさまはまだ来ていない。
周りは少しずつ交流をしているのか、和気あいあいな声が聞こえてくる。
僕だって何か声をかけるべきなのかもしれないが、すでに調子が悪くなってきた。
風にあたって休もう。
皆が集まっている部屋から少しばかり離れ、誰もいない廊下へと足を運んだ。
「あ〜……キツい」
熱があるのかクラクラしてきた。
よたよたと歩いて邪魔にならなそうなところを探す。
しかし、もう限界だとしゃがみこんでしまった。
何か込み上げてくるような吐き気まで感じる。
「大丈夫か?」
頭上から声がかかる。
ゆっくりと顔をあげれば、目の前には綺麗な顔があった。
同じくらいの少女だろうか?
熱のせいかあまり思考出来ずに言葉を発してしまう。
「大丈夫です……」
「いや、顔色が悪いぞ。……熱があるようだ。もう帰ったほうがいい」
「駄目です……ザキアさまに挨拶しないと」
「……別にしなくていいんじゃないか?」
「顔……覚えてもらわないと……」
「……」
ふらふらの状態で立ち上がろうとしたが、足元がおぼつかない。
そんな僕をこの人が支えてくれたかと思えば、一気に抱き抱えられる。
横抱きを他人に初めてされて熱と混乱で頭がいっぱいになった。
「えっ!?」
「暴れないで。落ちる」
「挨拶……しないと!」
「それだけど私にいい考えがある」
「でも!!」
「大丈夫。安心して眠ればいい」
ゆっくりと意識が落ちていく中、優しい声が最後まで耳に残っていた。
目覚めたのは知らない部屋だった。
布団に寝かされていたが、頭は痛くない。
熱も下がっていた。
「どこだ、ここ」
薄っすらと覚えているのは、少女に声をかけられて……そして――
「!?」
思い出せば途端に恥ずかしくなり布団を頭から被る。
布団からかすかにした香りがいい匂いで思わず息を大きく吸い込んだ。
(何してるんだ……変態みたいじゃないか……)
正気に戻り、とりあえず体を起こす。
そのタイミングで部屋の扉が開かれた。
「起きてたのか。体調は大丈夫か?」
「あ……。だ、大丈夫……です」
「ん。熱は下がったようだな」
額に手を当てられて、心臓がバクバクと鳴り響く。
こんな綺麗な少女に触られるなんて耐性ないんだからしょうがないじゃないか。
「ケホッ……あ、あ、あの!!ここはいったい」
「覚えてないのか?私の部屋だ」
「へ?」
この部屋がこの少女の部屋だって?
まずい。先ほど布団の匂いを思いきり堪能してしまった……。
「なぜ真っ赤になるんだ」
「うわ〜!!」
「あ、そういえば。お前が気にしていたことは片付けておいたから心配しなくていいぞ」
「え、え?気にしていたこと?」
「挨拶とかなんとか」
「あ!!そうだった!!」
そうだ!!ザキアさまに挨拶をするために来たんだった。
それを人様に迷惑までかけてしまって……。
本当に情けないやつだ、僕は。
「とりあえずご飯は食べられるか?」
「い、いや!!そこまで世話になるわけには」
「私は別に構わない」
「うっ……。なら、お願いしてもいいですか?」
「よし。なら移動しよう。こっちだ」
案内された場所は、綺麗で落ち着いた部屋であった。
どうもこの家は豪邸のように全てが広くて綺麗。
ザキアさまの集まりの時にもいたくらいだから、かなりの家柄の人かもしれない。
そういえばこの人の名前を知らなかった。
お世話になった事だし、後でどうにかお礼をしなければ。
「ここに座るといい」
「あ、はい……。あの……あなたのお名前を伺ってもよろしいですか?」
「ん?ザキアだが?」
「ザキアさまですね……。……えっ!?ザキアさま!?」
「ふふっ。いい反応だな」
まさかのザキアさまとは思わず、無礼な態度を取ってしまったと顔を青くしたが、特段気にしていないようだった。
それどころか初めて笑った姿に見とれてしまう。
「これで安心出来たか?」
「え?」
「私に挨拶をしないと帰れなかったんだろう?」
「あ……」
本人に全てを話しているなんてそんな事があるのか。
ザキアさまは面白がってはいるが、失礼な事だったに違いないし申し訳ない。
「まあいいや。名前は何と言う?」
「えっと、メルヘスです」
「そうか。ならメルヘス。明日もまたここに来るがいい。歓迎しよう」
「えー!?」
こうしてザキアさまと僕の関わりが始まったのだ。
ザキアさまと過ごす日々は穏やかなもので、何事も自分よりこの僕を優先してくれていた。
家柄がいい人たちにいいイメージは持っていなかったが、この人は別だ。
天人として尊敬出来るお方だ。
この人に心酔するのに時間はかからなかった。
そしてある日突然告げられた。
「騎士団に入ることになった。一緒に来ないか?」
「行きます」
返事は即答。
騎士団に入る前に騎士学校へ行けと両親から言われたらしく、一緒に入学をさせてもらえることになった。
生徒にはザキアさまに憧れている者が多くいて、どう近づくか虎視眈々と狙っているようだった。
「お前はいいよな。ザキアさまから目をかけてもらえて」
「はは。そうだな……僕は運がいいから」
「はっ!!ちょっと顔が良いからって調子に乗りやがって!!お前なんかすぐに飽きて捨てられるだろうよ」
「……」
嫉妬からかやっかみを受ける事が多くなったが、全く苦ではなかった。
それよりも最近気づいた事がある。
ザキアさまは自分の懐に入れた人や物に執着し非常に甘くなるのだ。
大切にして手放さない。
だから僕は自分が捨てられるとは微塵も思っていないが、新たに懐へ入れる事には危機感を覚えてしまっていた。
どうやって他人を遠ざけるかを常々考える。
他へと情を持たせないようにと神経をとがらせて生活をしていれば、当然体調も崩した。
体は苦しいが、ザキアさまが僕の看病をしてくれる。
その事が嬉しくて、昔から体調を崩した時に感じていた死にたいという気持ちはいつしか消えていた。
ザキアさまは強くて成績もトップだった。
すぐに隊長になれるほどの実力だそうだ。
基本的に騎士学校を卒業したら、既存の隊に入ってそこのルールに従う。
しかしザキアさまは隊長になり、新たに隊を作ることにしたそうだ。
「メルヘス。私の隊に入れ」
命令。
当たり前についていくつもりだったが、その言葉に胸を撃ち抜かれたような気分だ。
その日の夜は思わず興奮してしまい眠れなかった。
副隊長になってから知った事だが、あの命令は僕が体調を崩してもいつでも気軽に休めるように自分の隊に引き入れたかったらしい。
どこまでも甘い人なのだ。
ザキアさまが隊長になってからは、僕が身の回りの世話をすることが増えた。
この人は自分の事に無関心だから。
肩までの美しい髪をハーフアップにしてまとめる。
隊服にヨレがないかを確認して、僕のこの手で隊長を完璧に仕上げていくのだ。
「あ!!あれが新しく隊長になったザキアさまだろ?」
「綺麗だよなぁ……どうにかしてお近づきになりたいぜ」
「隣におけたら俺の立場も上がるってもんだ」
「ギャハハ!!既成事実でも作ってやるか!!」
ザキアさまと2人で歩いていれば、下品な笑い声が耳に届いた。
聞くに堪えない話をしている男どもをキッと睨みつければ、視線に気づいたのかそそくさとその場から逃げていく。
ため息を吐きつつ隣に視線を向ければ、何の表情も感じさせない顔で前を向いていた。
あなたは今、何を考えているんだろう。
高い家柄、隊長という憧れの役職持ち、顔立ちは美形。
そして婚約者なしの未婚。
今は隊長と副隊長しかいないこの隊も、いずれは隊員が増えていく。
ザキアさまが狙われるのも時間の問題だった。
それはこの僕が耐えられない。
だから僕は噂を流した。
ザキアさまは傲慢で暴力を振ったり、仕事は全て部下に任せきりだったりと隊に入りたくなくなるような噂を流し続けた。
そうすれば、隊に入る事を希望する者はだんだんといなくなった。
だが時には他の隊からのけ者にされて最終的にここに流れ着く者もいる。
傷ついた隊員たちに僕は優しく接した。
そしてザキアさまに忠誠を誓わせるのだ。
ザキアさまが隊に入った彼らに情を向けるのはしょうがないと頭では分かっているが、それでも嫌なものは嫌だし、自分が1番じゃないと許せなかった。
それは隊に入った彼らも感じているのだろう。
ザキアさまに懐きつつも、副隊長である僕に声をかけることが多かった。
成長した僕は変わらず定期的に体調を崩していた。
その間に隊員たちと仲良くなっていた事に嫉妬したりしつつも、僕がザキアさまの中で1番だと変わりない事に安堵する。
看病にだって来てくれる。
それなのに最近は仕事があるからとすぐに帰っていく事が増えた。
この違和感が深く胸に突き刺さる。
「ケホッケホッ……まさか……他に大事な人が出来た?」
1度疑ってしまえばそこからはもう駄目で、嫉妬心により束縛を始めた。
彼女を1人きりにさせず、起床から就寝までの行動全てや食事の管理まで徹底して行う。
僕がいなければ生きていけないように。
僕が生活の一部どころか全てになるように。
ザキアさまはこの生活に何も言わなかった。
それどころか変わらずに接してくる事に疑いは強くなる。
だが、一緒に生活をして気づいてしまった。
ザキアさまは何も変わっていない。
ただ本当に仕事に行っていただけだったと。
彼女は隊として入ってきた仕事を、ほぼ全て隊長自らが引き受けていた。
普通ならそんな事絶対にありえない。
僕や隊員たちを懐に入れてしまったばかりに、少しでも危険な仕事をさせたくないのだろう。
本当に甘くて馬鹿な人だ。
隊員が増えたから隊に回ってくる仕事が増えただけだったのだ。
安全な仕事を隊員に回して、自分は仕事三昧。
やめろと言っても言うことを聞かない。
その事を隊員たちに伝えれば、悲痛な面持ちを浮かべ隊を抜けると言い出す。
「駄目だ」
「どうしてですか!?」
「俺たちも隊長のこと大切に思ってるんです……だから」
「いや、今抜けてもおそらく仕事量は変わらない」
ザキアさまは噂のこともあって上からの信頼がない。
ただ仕事は完璧にこなしているから何も言われないだけだ。
そんな上層部が部下がやめたからと言って、仕事量を減らすとも思えない。
彼らの中にはザキアさまを陥れて手にしたいと考えている者がいる事も知っているから。
「ならどうしたら……」
「お前たちが強くなればいい。そうすれば少なくとも僕に回されるような仕事は受けさせてもらえるはずだ」
「確かに!!」
「それともう1つ大事なことがある。お前たち、これ以上この隊に人を増やさないようにするにはどうすればいいか分かるな?」
こうしてザキアさまに関する噂は凄まじいことになってしまったが、そのおかげか長年に渡り新しく入る隊員はほんの少ししかいなかった。
仕事の件はどうにか量をもう少し振り分けて解決出来たから良かったが、他にも問題は色々なところに転がっている。
ザキアさまはモテる。
噂はあるが顔が好きはよく聞く話だ。
観賞用として置いておきたい。
ペットとして飼いたい。
そんな話が聞こえる度に、どうやってコイツらを消そうかと考えてしまう。
そしてとうとう敵にまでその魅力が伝わってしまったのか、戦いの最中に話しかけられていたのには驚いてしまった。
「よお!!次こそは負けないぜ」
「……いつになったらとどめを刺させてくれるんだ?」
「さぁな〜」
「……え?ザキア隊長どういう事何ですか……」
たまたま見回りに着いてきただけなのに、颯爽と現れた魔人に身構えればこれときた。
この魔人……嫌な感じがする。
「え〜!!お名前ザキアちゃんって言うんだ♡俺は知っての通りフーマな」
「……」
「ずっと知りたかったんだけど教えてくれなくてさぁ〜!!そこの兄ちゃんありがとな」
「隊長……何者なんですかこいつ」
「私が長年とどめを刺せてないライバルのようなやつだ」
「それって……」
(あのザキアさまがとどめを刺せないって……まさか情が湧いてるんじゃ!!)
「……僕が戦っていいですか?」
「駄目だ。アイツは強いんだ、危険すぎる」
「俺はそこの兄ちゃんでも構わないけどね〜」
許可は貰ってないが、すぐさま攻撃を撃ち込む。
当たった音はしたのだが、体は無傷のようだ。
「いてて。いきなりは危ないじゃんか〜」
「こいつ……」
「おかえし!!」
「なっ!!」
一瞬だった。
腹に蹴りを入れられて吹き飛ばされる。
ヨロヨロと立ち上がり、もう一度と構えをとった。
「メルヘス。私の後ろにいろ」
「お!ザキアちゃんが戦ってくれるの?ラッキー」
「隊長!!」
フーマと呼ばれる魔人は軽快な動きで何度も斬撃を飛ばす。
それを一つ一つしっかりと受け流す隊長は、反撃する機会を伺っているようだ。
「ケホッ」
「メルヘス大丈夫かっ!?」
「大丈夫です……ゴホッゴホッ」
「待ってろ。すぐに終わらせるからな」
「も〜!!嫉妬しちゃうなぁ!!帰さないぞ♡」
間髪入れずに攻撃を仕掛けてくるフーマだが、一撃打つ度に隙が生まれる。
その隙を隊長が見逃すはずがなく、重い一撃を叩き込んだ。
「ぐあっ!!?今回はマジでやべぇかも。ははは!!またね、ばいばーい!!」
隊長がさらに追撃を与えようとしていたが、すでに相手は逃げの体勢に入っており、一言残して消えていく。
ぱっと僕の方へ振り向いた隊長が駆け寄ってきた。
「無事か?」
「ゲホゲホッ……はい。すみません……」
「謝らなくていい」
「ケホッ……」
いつも足手まといな僕。
あなたにどう価値を示したらいいのだろう。
どれだけ年月が過ぎても僕たちは変わらない。
天人に老いという概念は無い。
ただ弱ければ死んでいくのだ。
僕たちの隊も寿命が尽きた者や運悪く戦死した者と新たに入った者で入れ替わっていく。
その度にザキアさまは深く傷つき、自分を酷使するのだ。
変わったことといえば、つい先日ザキアさまの髪が短くなった。
しかも理由が戦闘ではなく、物々交換の材料だ。
許せなかった。
ザキアさまが勝手に髪を切ったことではない。
ザキアさまの1部を他人に渡したことだ。
自分以外の者がザキアさまの物を手にするなんて我慢ならない。
2度とこんな事が起こらないようにと言い聞かせる。
せっかく僕のために冷却シートを交換してくれたのに、責め立てるばかりで悲しそうな顔をさせてしまった。
それと僕に縁談が来た。
最近新たに隊長になったらしい男が、突然話しかけてきたのだ。
「おい、そこの君」
「……僕ですか?」
「ああ、君だよ。メルヘス君だね?私は隊長のダニロニィだ」
「はい」
「メルヘス君。結婚はまだだったね?どうだね?私の娘は愛らしいぞ」
「いえ。結構です」
「そんな事言わずに!!会ってみるだけでもいい。君みたいな立場の者でも受け入れてくれる優しい娘だ」
「……」
「そういえば私に息子もいてね。……ザキア君も未婚だったかな?」
「!!……行けばいいんでしょう?」
「話が早くて助かるよ。それでは日付は――」
ただでさえ家柄的に断りにくいのに、ザキアさまの話をされれば受け入れざるを得ない。
こいつは僕の弱点を知っているんだ。
「私はメロディですわ。婚約者同士、仲良くしましょうね!!メルヘスさん♡」
顔合わせの日に僕は耳を疑った。
すでに婚約者扱いされていたのだ。
「申し訳ないのですが、婚約者になるつもりはありませんので」
「まあまあそう言わず!!メロディも君の事を気に入っている。家柄も上がるいい機会じゃないか」
「いえ。僕には誓った方がいるので」
「そんな!!……ううっ」
「……君は断れる立場かね?」
娘が泣き出したからか容赦ない言葉を突きつけられる。
家柄の違い、隊長と副隊長の立場の違い。
僕はこの者に逆らえる立場ではない。
ただザキアさまからの恩恵を享受させてもらっているだけだ。
断りたい。
断らなければならない。
僕が断れるのは、ザキアさまが僕の絶対的な味方であり続けてくれるおかげなのだ。
「……僕には婚約は必要ありません」
「そうか。あ、そうだ。君に紹介しておこう。私の息子だ」
「こんにちは!!」
「……」
タタタッと駆け寄ってきたのは、外見的にとても若そうな少年だった。
見たところ100歳前後か。
そんな少年は僕に向かって満面の笑みを見せる。
「この子は近々君のところの隊に入隊する予定だ。可愛がってやってくれよ」
「よろしくお願いします!!」
「……っ」
これが入隊してくる?
僕は動揺する。
この少年は純粋無垢だ。
人から可愛がられそうな外見で、素直な性格。
まさに庇護欲を掻き立てられる存在。
間違いなく隊長の対象になる。
青くなった僕に向かって、悪意ない言葉を投げかけてきた。
「隊長のザキアさまについてお話聞かせてもらえませんか!!憧れなんです!!」
「あっ……」
「どうしたの?」
「おや?メルヘス君。ずいぶんと顔色が悪いじゃないか。顔合わせの続きはまた次の機会にしようか」
「……結構です。……失礼します」
急いでその場を去り部屋へと戻れば静寂が訪れる。
大丈夫。ザキアさまの特別は僕だけだ。
1000年以上の仲なんだから。
だけどそれ以上の仲に進展しない理由は?
僕たちの関係はこれからも変わらないのか?
心臓の音がドクンドクンと大きく鳴り響く。
嫌な汗が顎を伝った。
想像してしまう。
先ほどの少年がザキアさまに抱きついて笑っている。
はやく振り払ってくれ!!
しかし願いも虚しく、ザキアさまは愛しい者を見つめるような瞳で少年を見て抱きしめ返した。
ハアハアと息が速くなる。
これは違うと自分に言い聞かせる。
「ハアハア……ゲホゲホッ」
やっと落ち着いた頃には、立ち上がる気力もなく横になるだけで精一杯だった。
一筋の涙がこぼれ落ちる。
僕はこんなにもあなただけなのに。
あれから何度か顔合わせの続きの誘いを受けていたが、理由をつけて引き延ばしている。
無理やり断れば、あの息子を今すぐにでも隊に入れてくる事が僕にとっては恐怖でしかなかった。
だが、とうとう隊長と2人で歩いているタイミングであの女に声をかけられてしまった。
しかも女はザキアさまの前で婚約者だと自称し、無礼にもザキアさまの悪口ともとれるような事を平気で口に出す。
その場から逃げるように手を繋いで走れば、ザキアさまは大人しくついてくる。
僕は誤解を解くために必死に口を開いた。
その話を何の疑問も持たずに肯定してくれるあなたについ聞きたかった本音までもらしてしまう。
「隊長……あなたは僕があの女性と結婚したらどう思われますか?」
「え?」
「嬉しいですか?悲しいですか?……どうでもいいですか?」
欲しい答え以外は聞きたくないのに。
この関係が壊れてしまうかもしれないのに。
後悔してももう遅い。
僕は口に出してしまった。
ザキアさまが僕を見つめる。
その瞳はとても美しい。
「悔しいと感じるだろうな。あんな3流に私の大事なメルヘスを奪われてはショックで寝込むか、乗り込むか。それか隊長を辞めて放浪の旅にでも出るかもしれん」
驚きに目を見張る。
ザキアさまがそこまで私に情を持っているとは。
「大事な……」
「そうだ。だからこそ私からは気持ちを伝えられないと思っていたが……なぁ、メルヘス。君さえよければだけど……私に君の人生を預けてはくれないか?」
夢だと思った。
都合のいい夢。
そんな言い方したら、まるで昔から僕のことを……
「い、いいんですか……こんな僕で……」
「私はメルヘスがいないと上手く生きていけないことを知っているだろう?」
優しい眼差しを一身に受けて、愛されていると感じられた。
多分ザキアさまは気づいていたんだ。
あなたが一人で生きていけないようにと願っていたことを。
思わず微笑んでしまう。
ああ、涙も出てきた。
愛しの彼女を胸にぎゅっと抱きしめる。
そんなこんなで、想いを受け止めてもらえたらもう悩みなんてない。
あの不安が嘘のようだ。
隊員たちに報告し、こっそりと僕たちの噂を流してもらうようお願いをする。
そうすればあの男もその娘も大人しくなるはずだった。
しかしこいつらは馬鹿だった。
娘と婚約しないと息子を今すぐに入隊させると脅しのように伝えられる。
今までだったら不安と恐怖に押しつぶされていただろう。
だがすでに僕には、想いを受け止めてくれるザキアがいる。
このままでは駄目だ……相談してみよう。
「なに?あの女とその父親から婚約をしろと脅されている?」
「はい……」
「それはどこの誰だ」
ザキアが怒っている。
あの端正な顔立ちが怒りに歪んでいるのだ。
自分の恋人に手を出した者は許せないらしい。
嬉しくて口角が綻ぶ。
僕の事を心配してくれると共に、入隊の可能性がある息子にもいい感情は持たないだろう。
それからはザキアの家柄の権力には勝てるはずもなく、あの親子は姿を消した。
「メルヘス。これで安心出来たか?」
「あなたが隣にいてくれるだけで不安はありません」
「ふふ。なら隣から離れないようにな」
ザキアは最近よく笑う。
僕だけじゃなくて、ザキアも幸せだと感じてくれていれば、悔いはないかもしれない。




