第9話 四天王、全滅
「ヒイロ様を連れて逃げろッ!!」
ヴォルグが吠えた。 全身から、今まで見たこともないほどの業火を噴き上げる。城の壁が溶解するほどの熱量。 本気だ。四天王筆頭の全力。
「オラァァァッ! 炭になりやがれェェッ!!」
巨大な炎の龍となり、ナンジャモンへと突撃する。 直撃。 大広間が閃光に包まれる。
しかし。
「……ぬるい」
炎の中から、無傷の手が伸びた。 その手が、ヴォルグの顔面を鷲掴みにする。
「ぐ、が……ッ!?」 「火。……味しない」
ボゴォッ。 嫌な音がした。 ヴォルグの巨体が、片手で軽々と持ち上げられ、そのまま床に叩きつけられた。 頭蓋が砕ける音。あの屈強なヴォルグが、ピクリとも動かなくなる。
「ヴォルグッ!?」
ミゼリアが叫ぶ。 彼女は瞬時に絶対零度の冷気を放った。 「凍りつきなさい! 氷結地獄!」 空間ごと凍結させる必殺の魔法。ナンジャモンの体が氷漬けになる――はずだった。
バリィン。 氷が、内側から食い破られた。
「……冷たい。……嫌い」
ナンジャモンの姿がブレたと思った瞬間、ミゼリアの腹部に風穴が開いていた。 ただの裏拳。それだけで、魔王軍の参謀が吹き飛ばされ、壁のシミになる。
「ひ、あ……」
僕の喉から、情けない音が漏れた。 強いとか、弱いとか、そういう次元じゃない。 台風に向かって扇風機を回しているような、圧倒的な無力感。
「逃げるんだ、ヒイロ!」
シルイドが僕の腕を掴む。神速の移動術。 「ネクロラ、足止めを!」 「わかっている! ……亡者たちよ、壁となれ!」
ネクロラが数千の死霊を召喚し、肉の壁を作る。 シルイドがその隙に僕を抱えて空へ――。
「……逃げる餌、一番おいしい」
ゾワリと背筋が凍った。 目の前に、ナンジャモンがいた。 瞬間移動? 違う。最初からそこにいたかのような違和感。
「あ」
シルイドの翼が、毟り取られた。 ブチブチという音と共に、鮮血が舞う。 「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!?」 シルイドが墜落する。
そして、ネクロラの展開した死霊の壁は、ナンジャモンが大きく息を吸い込んだだけで、すべてその口の中へと吸い込まれていった。 「……スカスカする。腹にたまらん」
数秒。 たった数秒だ。 僕が頼りにしていた、世界最強クラスの四天王が、全員ゴミのように捨てられた。
床に転がるヴォルグ。血溜まりに沈むミゼリア。翼を失ってのたうち回るシルイド。絶望で腰を抜かしたネクロラ。
ナンジャモンが、ゆっくりと僕に近づいてくる。 その巨大な口から、ダラダラと涎が垂れる。
「お前。……甘い匂い。……お前が、デザートか?」
死ぬ。 今度こそ、本当に死ぬ。 クッキーを差し出す? 無理だ。 「待って」と言う? 聞こえない。 恐怖で心臓が止まりそうになった、その時。
カァァァァァンッ!!
硬質な音が響き、ナンジャモンの体が数メートル吹き飛ばされた。
「……私の城で、好き勝手をしてくれるな」 「ヒイロくんに、汚い息をかけないでください」
リディア様とアンナ。 二人が、僕の前に立っていた。 リディア様の体にはどす黒いほどの魔力が、アンナの体には目が潰れるほどの聖なる光が満ちている。
けれど、二人の表情に余裕はない。 冷や汗が流れている。 彼女たちは本能で悟っていたのだ。 自分たちが束になっても……勝てるかわからない相手だと。
「ヒイロ、下がっていろ」 「リキューさん、ヒイロくんをお願いします」
二人は同時に地面を蹴った。 人類と魔族、それぞれの頂点に立つ二人が、初めて本気で共闘する。 それは希望の光景のはずなのに……僕の目には、処刑台に向かう足取りに見えて仕方がなかった。




