第8話 灰色の空、終わりの始まり
楽しいお茶会だった。 リキューさんの淹れた紅茶の香りと、僕が焼いたケーキの甘い匂い。 リディア様とアンナが笑い合い、四天王たちが忙しなくも楽しそうに働いている。 窓の外には、いつもの魔界の紫色の空が広がっている――はずだった。
カラン。
リキューさんの手から、ティーカップが滑り落ちた。 陶器が砕ける乾いた音が、異常なほど大きく響く。
「……リキュー?」
僕が声をかけようとした時、気づいた。 震えている。 あの「不動の心」を持つはずの茶聖が、ガタガタと震えている。
「……来た。来てしまった……」 「え?」 「終わる。……すべてが、無に帰す」
次の瞬間、世界から「色」が消えた。 窓の外の空が、紫色から、濁った灰色へと塗り潰されていく。 太陽が隠れたのではない。空そのものが、死んだのだ。
ドォォォォォン……!
遠雷のような音が響く。いや、それは足音だった。 城門の方角から、何かが近づいてくる。 生き物の気配ではない。 まるで、巨大なブラックホールが地面を削り取りながら移動しているような、圧倒的な「虚無」の圧。
「全員、構えろォォォッ!!」
ヴォルグの絶叫が広間に響いた。 いつもの冗談めかした声じゃない。喉が裂けんばかりの、本能的な恐怖の叫び。 四天王たちが即座に僕とリディア様たちの前に壁を作る。
「な、なになに? 何が起きてるの!?」
僕がパニックになっていると、シルイドが青ざめた顔で呟いた。
「嘘だろ……なんで『アレ』がここに来るんだよ……」 「アレ?」 「……『最悪の魔人』ナンジャモン。……歩く厄災だ」
バァァァァン!!
城の大扉が、紙屑のように吹き飛んだ。 爆風と共に流れ込んできたのは、腐臭。 何千、何万という死体が腐ったような、甘ったるくて吐き気を催す死の臭い。
砂埃の向こうから、ゆっくりと「それ」は現れた。 身長は2メートルほど。 痩せこけた体に、ボロボロの布を纏っている。 顔には目も鼻もなく、ただ巨大な「口」だけが、三日月のように裂けていた。
その手には、泥のような塊が握られている。 いや、違う。 それは、ひしゃげた『王冠』と、引きちぎられた『国旗』だった。
「……うま」
裂けた口が動く。 ガラスを爪で引っ掻いたような、不快な声。
「人間の国……ふたつ。……食ってきた。……マズかった」
王冠が、国旗が、ボロボロと崩れ落ちる。 僕の故郷の隣にあった大国と、軍事帝国。 それが今、「食われた」と告げられた。 滅ぼされたのではない。文字通り、国ごと、命ごと、食い尽くされたのだ。
「……次は、ここ。……甘い匂い、する」
口だけの顔が、僕の方を向く。 その瞬間、僕は理解してしまった。 今までのお菓子作りだとか、勘違いだとか、そんな生温かいものは通用しない。
これは、捕食者だ。 僕たちはただの、皿の上の肉だ。




