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『「勘弁してください(結婚してください)」 ~殺されるかと思ったら、一生お菓子を焼くことになりました~』  作者: 沼口ちるの


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第6話 賢明なる残り二人(と、完全なる降伏)

ヴォルグとミゼリアが、シュークリームのあまりの美味しさに骨抜きにされていた、その時。


「……あーあ。脳筋コンビが完敗だね」 「計算外だ。聖女の火力が、あそこまで理不尽だとは」


天井のはりの上から、呆れたような声が降ってきた。 シュタッ、と音もなく降り立ったのは、残りの四天王の二人だ。


一人は、全身を漆黒のローブで包んだ、小柄な少年のような魔族。 『深淵のネクロラ』。死霊使いであり、軍一番の頭脳派だ。 もう一人は、背中に蝙蝠のような翼を持つ、細身の優男。 『疾風のシルイド』。神速の暗殺者だ。


僕はビクッとして身構えた。 ま、また戦闘か!? もう調理器具の在庫がないよ!?


しかし、二人は武器を抜く気配を一切見せなかった。 それどころか、両手を上げて降参のポーズをとっている。


「安心しろ、人間。……いや、ヒイロ様」 「僕たちは戦わないよ。あんなの見せられたら、勝てないってわかるもん」


シルイドが、壁に埋まったまま幸せそうな顔をしているヴォルグを指差して笑った。 ネクロラは眼鏡をクイッと押し上げ、冷静に分析する。


「魔王様と聖女が手を組んだ時点で、武力制圧は不可能率100%。さらに、あのヴォルグを一撃で無力化する『謎の菓子』……。これに逆らうのは、愚策中の愚策だ」


なんて賢いんだ。 いや、彼らもまた、目の色が少しおかしい気がする。


「そこで取引だ、ヒイロ」 「と、取引?」


ネクロラが一歩近づく。


「我輩の研究は、脳を酷使する。……常に糖分を欲しているのだ。そのシュークリームとやらの成分、非常に興味深い」 「僕は任務で飛び回るからさ、携帯できる甘いものが欲しいんだよね。クッキーとか、マカロンとか?」


二人は僕の両隣にスッと並び、肩を組んできた。 まるで長年の友人のように。


「我輩たちにも、その『補給物資』を提供してくれるなら……」 「僕たち、君の味方になるよ。食材集めでも、調理器具の開発でも、なんでも手伝うって」


四天王の残り二人は、武力ではなく、知略(と打算)で僕の軍門に降ったのだ。


その様子を見ていたリディア様が、面白そうに笑った。


「よい心がけだ。ネクロラ、シルイド。これより貴様らの最優先任務は『ヒイロの調理環境の整備』とする」 「「了解です(御意)」」


こうして。 魔王軍最強の『四天王』は、全員揃って僕の配下となった。


炎のヴォルグ → 火力担当(オーブンの火加減調節係)


氷のミゼリア → 冷却担当(冷蔵庫・冷凍庫代わり)


疾風のシルイド → 配達・調達担当(「隣国から新鮮なミルク買ってきて!」)


深淵のネクロラ → 開発担当(「泡立て器を自動化する魔法陣を組んでくれ」)


「ヒイロ様! オーブンの温度、180度で安定しました!」 「生地の冷却、完了です」 「最高級のバター、盗んできたよー!」 「自動撹拌魔法、起動。メレンゲが3秒で完成するぞ」


狭い厨房にひしめく、伝説級の魔族たち。 僕はその中心で、ただひたすら指示を出す。


「あ、ありがとうみんな……。じゃあ次は、スポンジケーキ焼くから……」


「「「「イエッサー!!!」」」」


軍隊のような返事。 もはやここには、勇者と魔王の戦いなんて微塵もない。 あるのは、世界最高峰の戦力を無駄遣いした、究極のお菓子作りだけだ。


僕、本当にこのままでいいのかな……。 ふと窓の外を見ると、平和な青空が広がっていた。 まあ、平和なら、それでいいか。

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