第5話 四天王、襲来(そして陥落)
魔王城には、魔王リディア様を支える最強の側近たちがいる。 その名も『魔王軍四天王』。
彼らは実力至上主義の魔族たちを束ねる、恐怖の象徴――のはずだった。
「リディア様! ご説明をお願い致します!!」
ドガン! と扉が開くと同時に、怒号が響き渡った。 サロンになだれ込んできたのは、二人の魔族。
一人は、全身から炎を噴き上げている巨漢。 『業火のヴォルグ』。四天王随一の武闘派だ。 もう一人は、氷のような冷たい美貌を持つ女性。 『氷結のミゼリア』。冷徹な参謀役だ。
彼らの視線は、優雅にお茶を啜っているリディア様と……その隣で「おかわり」を要求している聖女アンナに釘付けになっていた。
「なぜ! なぜ人族の、あまつさえ『聖女』がここにいるのですか!?」 「危険すぎます! 今すぐ処刑を!」
ヴォルグとミゼリアが殺気を放つ。 僕はガクガク震えて、お盆を盾にして隠れた。 終わった。ついに常識人が現れてしまった。これで僕とアンナは追い出されて、僕はついでに消し炭に……。
しかし、リディア様はフォークを置かずに言い放った。
「騒々しいぞ。今、ヒイロの新作『カスタード・シュークリーム』を味わっているところだ」 「シュークリームなどどうでもいいのです! 聖女といえば我ら魔族の天敵! このような暴挙、幹部として見過ごせません!」
ヴォルグが炎の剣を抜き、アンナに向かって踏み込んだ。
「問答無用! リディア様が惑わされているなら、俺がこの場で聖女を排除する!」 「待てヴォルグ、私も加勢する!」
二人の四天王が、本気の魔力を練り上げる。 室内温度が急上昇し、同時に急降下するカオスな状況。 僕は悲鳴を上げる寸前だった。
けれど。
「……あーあ」
底冷えするような声が、その熱気を切り裂いた。 アンナだ。 彼女は、手元の皿に視線を落としたまま、ゆらりと立ち上がった。
「せっかくのサクサク生地が……湿気っちゃうじゃないですか」
「は?」 「ヒイロくんが焼いてくれた、賞味期限1時間の『極上クッキーシュー』。その一番美味しい瞬間を……あなたたちの熱気と冷気が台無しにしたんです」
アンナが顔を上げた。 その青い瞳からは、光が消えていた。 聖女のオーラ? いや、これはもっとおぞましい、怨念のようなナニカだ。
「万死に値します(おやつ泥棒は死刑です)」
ドォォォォォン!!
一瞬だった。 聖なる閃光がサロンを埋め尽くし、僕の視界は真っ白になった。
◇
視界が戻った時。 そこには、黒焦げになって壁に埋まったヴォルグと、氷漬けになって床に転がったミゼリアの姿があった。
『瞬殺』。 魔王軍最高戦力の二人が、たった一撃で沈黙している。
「ふぅ……。さ、ヒイロくん。湿気っちゃったから新しいの焼いて?」
アンナはケロッとした顔で席に戻り、空の皿を差し出した。 怖い。この子、本当に人類の守護者なの? ただの『お菓子狂いのバーサーカー』じゃない?
ピクリ、と黒焦げのヴォルグが動いた。
「ば……化け物、め……」 「リディア様、あやつは……危険すぎ、ます……」
息も絶え絶えの二人。 リディア様はため息をつき、僕に目配せをした。 (ヒイロ、あれを)
僕は震える手で、予備の『シュークリーム』を二つ、皿に乗せて彼らの元へ歩み寄った。
「あ、あの……これ、よかったら……」
「な、なんだ貴様は……最弱の人族ごときが……」 「毒か? 我らに止めを刺す気か……?」
疑心暗鬼の二人。 でも、甘いカスタードの香りが鼻をくすぐると、彼らの瞳が揺らいだ。 恐る恐る、ヴォルグがシュークリームを口にする。
かぷっ。 とろり。
濃厚な卵と牛乳のコク、バニラビーンズの香り。そしてカリッとしたアーモンド生地の食感。
「――っ!?」
ヴォルグの目から、炎が消えた。 ミゼリアの氷の表情が、一瞬で溶けた。
「な、なんだこれは……口の中で、とろける……!?」 「甘い……なのにくどくない……。疲弊した魔力回路に、糖分が染み渡る……!」
二人は夢中でシュークリームを平らげ、そして呆然と僕を見上げた。 そこにはもう、殺意はなかった。あるのは『崇拝』にも似た感情。
「……貴様が、これを作ったのか?」 「は、はい……」 「……認めよう」
ヴォルグが立ち上がり、僕の前に跪いた。続いてミゼリアも。
「聖女をねじ伏せ、魔王様を骨抜きにし、我ら四天王さえも味の虜にする……。ヒイロよ、貴様こそ真の『影の支配者』に相応しい」
「へ?」
「以後、我ら四天王、ヒイロ様の厨房警備はお任せください!」 「食材の調達も我々が行います。極上の卵を、北の果てから取ってまいりましょう」
違う。 なんかまた盛大な勘違いが増えた。 僕はただのお菓子作りが好きな元サラリーマンなのに、いつの間にか魔王軍の『裏ボス』扱いされ始めてる……!
「よし。これで城の防衛は盤石だな」
リディア様が満足げに頷いた。 こうして、魔王城に新たな序列が完成した。
1位:リディア&アンナ(最強タッグ) 2位:ヒイロ(お菓子供給源・実質的支配者) 3位:四天王
僕の平穏は、今日も遠のいていくのだった。




