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『「勘弁してください(結婚してください)」 ~殺されるかと思ったら、一生お菓子を焼くことになりました~』  作者: 沼口ちるの


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第29話 極限の激突、そして「本物の最強」

泥の塊が急激に凝縮され、パキパキと音を立てて硬質化していく。 数十メートルあった巨体は、一気に数メートルほどにまで圧縮された。 現れたのは、漆黒の甲殻に包まれた、洗練された「人型」の怪物。


ナンジャモン、第三形態。 前世で見たあの姿よりも、さらに密度が高く、鋭利。 その裂けた口からは、次元を削るような黒い蒸気が漏れている。


『……マダ。……タベタリナイ』


奴が、消えた。 いや、あまりの速さに視界が追いつかないだけだ。 前世の僕なら、何が起きたか分からず首を撥ねられていただろう。


けれど、今の僕は違う。


「――左だッ!!」


僕は反射的に十字槍を左後方へ一閃させた。


ガキィィィィィィンッ!!!


僕の槍と、奴の鋭利な爪が激突し、火花が散る。 衝撃波で足元の岩盤が粉砕されるが、僕は一歩も引かない。


「ヒイロ、合わせろッ!」 「分かってる!」


リディア様の黒い稲妻が、僕の槍の軌道をなぞるようにナンジャモンへ突き刺さる。 それと同時に、アンナの聖なる光が奴の足元を拘束し、移動速度を奪った。


「きゅいーッ!!(今だーっ!)」


シロが放つ神の波動が、ナンジャモンの「捕食」という概念を中和し、奴を無理やりこの世界のルールへと引きずり戻す。 これだ。これが欲しかった。


「ヴォルグ! ミゼリア!」 「おうよッ! 待ってたぜ!!」 「……最高の火加減で焼いてあげますわ」


二人の全魔力が、僕の十字槍に注ぎ込まれる。 燃え盛る業火と、凍てつく絶対零度。 相反する二つの力が、僕の槍を媒介にして「融合」していく。 普通の武器なら一瞬で崩壊するだろう。 けれど、今の僕の魔力制御が、その矛盾した力を一つの槍筋に束ねていた。


「――『氷炎爆星槍アイス・フレア・ジャベリン』!!」


ドォォォォォンッ!!!


十字槍から放たれた一撃が、ナンジャモンの胸部を貫いた。 奴の強固な甲殻が粉々に砕け、内側にある「虚無の核」が露出する。


『……ア、ガ……ッ!? ナゼ……オマエタチ。……マエヨリ、ツヨイ……?』


ナンジャモンが、初めて戸惑いの声を上げた。 奴の記憶――世界の記憶からすれば、僕たちはもっと脆弱で、簡単に食える「餌」のはずだった。


「当たり前だ。……僕たちは君に食われるために、もう一度生きてきたわけじゃない!」


僕は槍を引き抜き、さらに踏み込む。 『超覚醒』の影響で、僕の視界にはナンジャモンの魔力の流れが、血管のように浮き彫りになって見えていた。


「ネクロラ! 座標固定!」 「完璧だ。……奴の因果をここに縫い止めた。もう逃げられんぞ!」


ネクロラの影の糸がナンジャモンの影に絡みつき、その存在をこの場所に固定する。 これで奴は、概念として逃げることも、時空を超えて回避することもできない。


「リディア様! アンナちゃん! とどめだ!!」


僕は叫び、リュックから最後の切り札を取り出した。 それは、お菓子ではない。 僕たちの「絆」と、前世の「後悔」をすべて魔力に変換した、一粒の光る結晶。


「……行くぞ、ヒイロ」 「ええ。私たちの未来を、今ここで取り戻す!」


リディア様とアンナが僕の両隣に並び、僕の肩に手を置く。 三人分の、そして奇跡の世代全員の魔力が、僕の十字槍の穂先に一点集中していく。


ナンジャモンが、死の恐怖を感じたのか、狂ったように叫び声を上げた。 周囲の空間を無差別に食い荒らし、ブラックホールのような重圧を放ち始める。


けれど、僕たちの心は揺るがない。 毅然とした、静かな殺意。 それは絶望を乗り越えた者だけが持つ、本物の「強さ」だった。


「――これで、終わりにしよう」


僕たちは、光の奔流となった十字槍を、ナンジャモンの絶望の渦へと突き立てた。

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