第24話 存在しない「風」と、異界の調停者
「……おかしい」
ヴォルグを仲間に加えて数日。 僕たちは最後の四天王、『疾風のシルイド』を探していた。 ネクロラの情報網、ミゼリアの探知魔法、そしてヴォルグの野生の勘。 そのすべてを駆使しても、彼の痕跡が「塵ひとつ」見つからないのだ。
「ありえん。あの目立ちたがり屋のシルイドが、ここまで噂にもなっていないとは」
リディア様が訝しげに眉を寄せる。 ネクロラも古文書をパラパラと捲りながら首を振った。
「戸籍、出生記録、魔力登録……すべてにおいて『該当なし』だ。まるで最初から、この世界に産まれていないかのように」
その時だった。 空が、割れた。
「――招かれざる、しかし待ち望んだ者たちよ」
荘厳な声が響き渡る。 頭上から降り注いだのは、目が焼けるような純白の光。 僕たちが反応する暇もなく、世界が反転した。
◇
気づけば、僕たちは白い花畑に立っていた。 空にはオーロラが輝き、足元には雲が流れている。 魔界でも人間界でもない、隔絶された空間。
「ここは……?」 「『神界』だ。……我々が住まう世界の一端だよ」
目の前に、光り輝く玉座があった。 そこに座っていたのは、透き通るような姿をした「何か」。 老人にも、子供にも、女性にも見える、不定形の光の集合体。
「よ、よく来たな勇者ヒイロ……そして魔王リディア一行よ」
神様だ。 でも、すごく疲れているように見える。光が弱々しく明滅しているのだ。
「単刀直入に言おう。……貴様らが探している『シルイド』は、この世界には存在しない」
「なっ!? どういうことだ!」
ヴォルグが吠えるが、神様は静かに首を振った。
「シルイドは、生物ではない。……私がこの世界を監視するために創り出した『調停者』というシステムなのだ」
「システム……?」
「そうだ。前世において、彼は貴様らと共に戦った。……だが、奴に食われたのだ。『ナンジャモン』に」
神様の声に、恐怖が滲む。
「ナンジャモンは、国だけでなく、神さえも喰らう捕食者だ。前世の未来で、奴はシルイドを喰らい、そして私自身(この世界の創造神)をも喰らい尽くした」
衝撃の事実に、全員が言葉を失う。 シルイドがあっけなくやられた理由。それは彼が「神の力の一部」であり、その本体である神様自身が、世界創造で力を使い果たして弱っていたからだった。 そして、彼が食われたことで、この世界線では「再構築」すらされなかったのだ。
「じゃあ、シルイドはもう……」 「あぁ。永遠に失われた」
アンナが口元を押さえる。 僕も拳を握りしめた。あのお調子者の笑顔は、もう二度と見られない。
「だが、希望はある。……ヒイロ、お前だ」
神様が、僕を指差した。
「え? 僕?」
「そうだ。お前はただの転生者ではない。……お前は、私とは別の、もっと強大な『外なる神』によって遣わされた『異界の調停者』なのだ」
「――は?」
思考が停止した。 僕が? お菓子作りが好きなだけの僕が? 神の使い?
「ナンジャモンという『バグ』を修正するために、外なる神がお前という魂を送り込んだ。……『時戻し』が成功したのは、お前が神の代行者であり、その行為自体が『神の奇跡』だったからだ」
なるほど。 リディア様の「オーバーブラッド」があったとはいえ、人間の身で時を超えられた理由。 それは僕自身が、この世界のルールに縛られない「特異点」だったからなのか。
「ヒイロよ。私の力はもう残り少ない。……だが、お前には無限の可能性がある。お前がその手で作る『菓子』……あれには、魂を癒やし、強化する不思議な力が宿っている」
神様が、すがるような目で僕を見た。
「どうか、この世界を救ってくれ。……私のかわいい子供たち(人類と魔族)を、あの捕食者から守ってくれ」
重い。 勇者とか魔王とか、そんなレベルじゃない。 「神様代行」としての責任。
でも、僕は不思議とプレッシャーを感じなかった。 隣を見れば、リディア様がいる。アンナがいる。 ヴォルグ、ミゼリア、ネクロラがいる。
「……わかりました」
僕は神様に向かって、力強く頷いた。
「シルイドの分まで、僕たちがやります。……それに、僕のお菓子で神様も元気にしてみせますよ」
「……ふふ、頼もしいな」
神様の光が、少しだけ強く輝いた気がした。 失われた風の席は埋まらない。 けれど、僕たちには新しい絆と、神公認の「使命」がある。
「行くぞ、ヒイロ。……神ですら匙を投げた怪物、私たちが料理してやろうではないか」
リディア様が不敵に笑う。 僕たちは光に包まれ、再び地上へと戻っていく。 最終決戦への準備は整った。 相手は神をも喰らう捕食者。 迎え撃つは、異界の調停者と、最強の魔王軍団だ。




