第23話 氷炎の和解と、マグマの如きフォンダンショコラ
「おい、人間! さっさと帰んな! ここは甘ったれたガキが来るところじゃねぇ!」
ヴォルグが威嚇するように吠える。 ミゼリアも、冷ややかな視線を送ってくる。 二人は相変わらず睨み合っているけれど、「僕を追い返す」という一点においてのみ、妙な連帯感を見せていた。
「悪いけど、帰るわけにはいかないんだ」
僕はリュックから調理器具を取り出しながら言った。
「ヴォルグ、君の力が必要なんだ。……だから、これを食べて判断してほしい」 「あぁ? 食い物だと?」
ヴォルグは鼻を鳴らした。 僕が取り出したのは、真っ黒なカップケーキのようなもの。 まだ湯気が立っている。
「なんだ、その黒い泥団子は。甘ったるい匂いがしやがる。俺は辛いもんしか認めねぇんだよ!」 「大丈夫。……これは、ただのケーキじゃないから」
僕は二つの皿に、そのケーキを乗せた。 一つはヴォルグへ。もう一つはミゼリアへ。
「ミゼリアさんも。……これなら、貴女の冷えた体も温まるはずです」 「……毒見ならしてあげますけど。期待はしていませんわ」
二人は疑心暗鬼のまま、フォーク(ヴォルグは手づかみ)でケーキを割った。
トロリ。
黒いスポンジの中から、真っ赤なソースが溶岩のように溢れ出した。 それはただのチョコレートソースではない。 ガルシオン火山に自生する激辛の実『マグマペッパー』を煮詰めて練り込んだ、特製の激辛ガナッシュだ。
「な……ッ!?」
ヴォルグが目を見開く。 漂う香りは、甘いカカオの香りの中に潜む、鼻を刺すような刺激臭。
「……いただきまーす」
二人は同時に口へと運んだ。
パクッ。
瞬間。 二人の表情が劇的に変化した。
「――――ッ!!?」
「あ、あつッ!? なんだこれ!? 口ん中で火が点いたぞオラァッ!!」
ヴォルグが叫ぶ。 カカオの苦味の後に襲ってくる、爆発的な辛味。 しかし、ただ辛いだけじゃない。チョコレートの油分とコクが辛さを包み込み、旨味へと昇華させている。 まさに、食べるマグマ。
「う、うまい……ッ! 甘いのに辛ぇ! 辛ぇのに深い! 俺の魂が燃えてきやがる!!」
一方、ミゼリアも震えていた。
「んっ……! なんですの、この熱量は……!」
彼女にとっては、未知の体験だ。 濃厚なベルギー産チョコレートの気品ある甘さ。 それが、喉を通る瞬間にカッと熱くなり、冷え切った内臓を芯から温める。 「冷え性」の彼女にとって、それは極上の薬湯にも似た癒やしだった。
「体が……ポカポカしますわ……。それに、このカカオの香り……悔しいけれど、洗練されています……!」
汗だくになって貪るヴォルグ。 頬を紅潮させて吐息を漏らすミゼリア。 二人は夢中でフォンダンショコラを食べ尽くし、最後に皿に残ったソースまで舐め取った。
「……ふぅ」 「……はぁ」
二人の視線が交差する。 さっきまでの険悪な空気は消えていた。 あるのは、「同じ釜の飯」を食った者同士の、奇妙な共有感。
「……おい、雪女。お前、顔赤いぞ」 「……貴方こそ、いつもの馬鹿みたいな熱気が収まって、少しはマシな顔になりましたわ」
ヴォルグがニカッと笑い、ミゼリアがフンと鼻を鳴らす。 でも、もう殺気はない。 チョコレートの甘さとスパイスの刺激が、正反対の二人を「中和」させたのだ。
「へへっ、気に入ったぜ人間! いや、ヒイロ!」
ヴォルグが僕の背中をバシバシ叩く(痛い)。
「お前の作るもん、骨があるじゃねぇか! 女子供の食い物だと思って舐めてたわ!」 「私も……認めましょう」
ミゼリアがハンカチで口元を拭いながら頷く。 「貴方の菓子には、異なる属性を調和させる力があるようです。……私と、この筋肉ダルマのように」
やった。 難攻不落の犬猿コンビ、攻略完了だ。
「よし、ヴォルグ。……一緒に来てくれるね?」 「おうよ! ナンジャモンだかモンジャ焼きだか知らねぇが、俺の炎でウェルダンに焼いてやるぜ!」
こうして、四天王最強の矛『業火のヴォルグ』が仲間に加わった。 リディア様、アンナ、ミゼリア、ネクロラ、そしてヴォルグ。 かつての「最強」たちが、再び集結しつつある。
残る四天王はあと一人。 神速の暗殺者、『疾風のシルイド』だ。 彼は今どこで何をしているんだろう?




