第22話 犬猿の仲(氷と炎の戦争)
「あ゛あ゛あ゛……暑い……。最悪です……信じられません……」
北の帝国から一転、僕たちは灼熱の活火山『ガルシオン』へとやってきていた。 辺り一面、煮えたぎるマグマの海。 気温は優に50度を超えているだろう。
先ほどまで涼しい顔をしていた氷結のミゼリアが、今は滝のような汗をかきながら、呪詛のように呟いている。
「なぜリディア様は、あんな『筋肉ダルマ』をスカウトしようなんて……。あいつは脳みそまで筋肉でできているんですよ? 会話なんて成立するわけが……」 「まぁまぁ、ミゼリアさん。ヴォルグの火力は、ナンジャモン戦には必須だから」
僕がなだめると、ミゼリアはハンカチで汗を拭いながら、忌々しげに言った。
「ヒイロ様はご存知ないのです。あいつの『暑苦しさ』は、気温だけの問題ではありません。存在そのものが、私の美学に反するのです」
よっぽど嫌いらしい。 前世では「背中を預けられる戦友」みたいな空気を出していたけど、出会った頃はこんなにバチバチだったんだな。
「――オラァァァァァッ!!」
その時、鼓膜を破るような怒号が響いた。 ドゴォォン! 目の前の岩山が粉砕され、マグマの中から巨大な影が飛び出してきた。
燃え盛る赤髪。岩のような筋肉。 全身から湯気を立ち上らせるその男は、僕たちの姿を見つけるなり、ニカッと白い歯を見せた。
「おう! リディア様じゃねぇか! 珍しいな、こんなサウナまで足運ぶなんてよ!」
『業火のヴォルグ』。 若き日の彼は、前世よりもさらに輪をかけて荒々しく、エネルギーの塊みたいだった。
「ヴォルグ。貴様に用があって来たのだが……」
リディア様が口を開こうとした瞬間、ヴォルグの視線がミゼリアに止まった。
「あ? なんだ、そのシケたツラした氷女も一緒かよ」 「……誰がシケたツラですって?」
ミゼリアのこめかみに青筋が浮かぶ。 ヴォルグは鼻で笑い、わざとらしく腕を組んだ。
「暑さで化粧が溶けてんぞ? ただでさえ陰気な顔が、ホラー映画みてぇになってるぜ、ギャハハ!」 「……黙りなさい、この単細胞生物。貴方のその無駄な発熱量のせいで、世界の平均気温が上がっているのがわからないのですか?」
「あぁん? んだとコラ、やんのか冷え性!」 「ええ、上等です。そのふざけた口、永久凍土にして差し上げますわ!」
バチバチバチッ! 二人の間で、目に見えるほどの火花が散った。
「ちょ、ちょっと二人とも!?」
僕が止めようとするより早く、二人は同時に動いた。
「消し飛びなッ! 『爆炎拳』!」 「凍りつきなさい! 『氷槍乱舞』!」
ドォォォォォン!!
炎の拳と氷の槍が正面衝突する。 凄まじい水蒸気爆発が起き、視界が真っ白に染まった。 熱波と冷気が入り混じったカオスな突風が、僕たちを襲う。
「けほっ、けほっ……! いきなり何やってるのさ!」 「あららー。相変わらず仲悪いわねぇ」
アンナが聖なるバリアで僕を守りながら、呆れたように言う。 煙が晴れると、そこには互いに襟首を掴み合う二人の姿があった。
「放せ、ゴリラ! 私の服に汗がつくでしょう!」 「テメェこそ放しやがれ、雪女! 俺の筋肉が冷えるだろうが!」
至近距離での睨み合い。 ヴォルグの腕はミゼリアの氷で凍りつき、ミゼリアの服はヴォルグの熱で焦げている。 完全な互角。そして完全な相性最悪。
「……ふぅ」
リディア様が、底冷えするようなため息をついた。 その瞬間、場の空気がピリッと張り詰める。
「……貴様ら。私の前で痴話喧嘩とは、いい度胸だな?」
「「ヒッ!?」」
リディア様の背後に、どす黒いオーラ(魔王の覇気)が立ち昇る。 ヴォルグとミゼリアは弾かれたようにパッと離れ、直立不動になった。
「も、申し訳ありませんリディア様! つい、こいつの顔を見たら虫唾が走って……!」 「俺もです! こいつが生意気な目つきしやがるから、つい拳が……!」
二人は言い訳をしながらも、まだ互いに足を踏み合っている。 前途多難だ。 この二人を連携させるなんて、ナンジャモンを倒すより難しいかもしれない。
(……これは、荒療治が必要だな)
僕はリュックの中身を確認した。 こういう「熱くなりすぎた頭」と「意固地な心」を溶かすには、ガツンとくる刺激的なアレしかない。
僕はこっそりと準備を始めた。 ヴォルグの好物である『激辛』と、ミゼリアも認めざるを得ない『繊細な旨味』。 その二つを融合させた、最強の仲直りメニューを。
「(待ってろよ、喧嘩カップル。……二人の胃袋、同時に掴んでやるから)」
マグマが煮えたぎる火口で、僕の「お菓子作り(今回は調理パンかな?)」のゴングが鳴った。




