第21話 極上の氷と、絶望の解析結果
「――少し、休憩にしましょう」
禁書庫での文献あさりが数時間続いた頃、僕は提案した。 ネクロラの目が少し泳ぎ始めている。糖分は足りているようだけど、脳のオーバーヒートが心配だ。 それに、ここには最高の「製氷機」がいる。
「ミゼリアさん、ちょっと手伝ってくれますか?」 「私ですか? 荷物持ちなら……」 「ううん。不純物ゼロの、純粋な氷を作ってほしくて」
ミゼリアは怪訝な顔をしたけれど、リディア様の「やれ」という視線を受けて、掌の上に透明度の高い氷塊を作り出した。 さすが四天王。硬度も透明度も完璧だ。
僕はリュックから、特製の『手動かき氷機』を取り出した。 そして、ミゼリアの氷をセットし、軽快にハンドルを回す。
シャリ、シャリ、シャリ……。
薄く、儚く削られた氷が、ガラスの器にふんわりと積もっていく。 まるで新雪のような柔らかさ。 そこに、自家製のいちごシロップ、練乳、小豆、白玉、フルーツのコンポート……ありったけのトッピングを山盛りにする。
名付けて『ふわふわかき氷・全部乗せ(スペシャル)』。
「はい、どうぞ」 「……これが、お菓子?」
ミゼリアは疑わしげにスプーンを差し入れた。 その感触の軽さに、まず目を見開く。 そして、口へ運ぶ。
フワッ。 冷たさを感じる間もなく、氷が口の中で一瞬にして消えた。 残るのは、濃厚な練乳の甘みと、フルーツの瑞々しい香りだけ。
「――――ッ!?」
ミゼリアが凍りついた(氷使いなのに)。 その頬が、みるみるうちに紅潮していく。
「な、なんですかこれは……!? 氷なのに、冷たくない……? まるで雲を食べているような……!」 「美味しいでしょ? ミゼリアさんの作った氷が良いから、口溶けが最高なんです」 「私の氷が……こんな、幸せな味に……?」
ミゼリアは夢中でスプーンを動かし始めた。 クールな表情が崩壊し、「はふぅ……♡」と吐息を漏らしている。 よし、前世と同じ反応だ。これで彼女も完全に僕の『胃袋の配下』だね。
「……ズズッ。……確かに、脳が冷却されていく」
隣では、ネクロラもかき氷を掻き込んでいた。 頭がキーンとしないのか、彼は猛烈な勢いで食べながら、広げた古文書を指差した。
「……ヒイロ。このかき氷のおかげで、思考がクリアになった。……結論が出たぞ」
ネクロラの声色が、スッと真剣なものに変わる。 リディア様とアンナも、スプーンを置いて彼を見た。
「『ナンジャモン』。……こいつの正体は、生物学的な意味での魔人ではない」 「どういうことだ?」 「概念だ。……『忘却』という概念が、実体を持って飢えている状態。それが奴の正体だ」
ネクロラは、古文書の不気味な挿絵を指差した。 そこには、世界を黒く塗りつぶす『口』だけが描かれている。
「奴は国を食べる時、その『歴史』と『存在』ごと食らう。だから、食われた国は最初から『なかったこと』になる。……人々が奴を『ナンジャモン(何者?)』と呼ぶのは、奴に食われたものの名前を思い出せなくなるからだ」
ゾクリ、と背筋が凍った。 前世で、奴が「国を食った」と言っていた時、僕たちはその国の名前を思い出せなかった。 隣にあったはずの大国。 それが思い出せないのは、ただの無知じゃなくて……記憶ごと消滅させられていたからなのか。
「……厄介だな。物理攻撃が通じにくいわけだ」 「ああ。奴を倒すには、ただの魔力じゃダメだ。奴の『忘却』を上書きするほどの、強烈な『存在の証明』……つまり、魂に刻み込むようなエネルギーが必要になる」
ネクロラはそこで言葉を切り、最後の一口――白玉と小豆の部分をパクリと食べた。
「……例えば、このかき氷のように。……一度食べたら、死んでも忘れないほどの『衝撃』とかね」
「……なるほど?」
僕の中で、何かが繋がった気がした。 存在の証明。魂に刻む衝撃。 それって、僕がずっと目指してきたことじゃないか?
「……ありがとう、ネクロラ。なんとなく、道が見えてきた気がする」
「礼には及ばん。……それより、おかわりだ。今度はメロンシロップ多めで頼む」 「私もだ! 練乳を足せ!」 「ヒイロくん、私には『あーん』して♡」
深刻な話の後は、再び甘い時間が戻ってくる。 最強の氷使いが作ったかき氷は、僕たちの熱くなった頭と、未来への不安を、優しく冷やしてくれたのだった。




