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『「勘弁してください(結婚してください)」 ~殺されるかと思ったら、一生お菓子を焼くことになりました~』  作者: 沼口ちるの


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第2話 知識ゼロの転生者

魔王リディアに「求婚」を受け入れられ、あてがわれた豪華な客室。 ふかふかのベッドの上で、僕は頭を抱えていた。


「どうしてこうなった……」


天井のシャンデリアが、無駄にキラキラと輝いている。 僕はヒイロ。職業、勇者。 ……そして、元・日本人だ。


そう、僕は所謂『異世界転生者』ってやつだ。 でも、よくある物語の主人公みたいに、強いスキルで無双したり、魔法を開発したりなんてことは一切できなかった。


理由は単純。 前世の僕が、アニメもゲームも全く知らない、ただの真面目なサラリーマンだったからだ。


「……だって知らなかったんだもん。『ステータスオープン』とか」


転生した直後、僕がやったことといえば、ラジオ体操と整理整頓くらい。 「レベル上げ」の概念もなければ、「スキル継承」の裏技も知らない。 周りの冒険者が「俺、鑑定スキル持ってるからw」とか話していても、僕は「へぇ、鑑定士の資格持ってるんだ、すごいな」と本気で感心していただけだった。


結果、気づいた時には手遅れだった。 村のくじ引きで「勇者」の紋章が出たとき、僕のレベルは一般村民と同じ「1」。 使える魔法は、生活魔法の「着火(コンロ用)」と「洗浄(皿洗い用)」のみ。


剣を振れば筋肉痛、盾を持てば重くて転ぶ。 そんな僕が唯一、前世の記憶を頼りに極めたのが――


「お菓子作り、だけなんだよなぁ……」


前世、ブラック企業で疲れた心を癒やしてくれたのは、週末に焼くクッキーやケーキだった。 こっちの世界に来てからも、僕はレベル上げもせずに、ひたすら小麦粉を捏ねていたのだ。


それがまさか、最強の魔王を陥落させる(勘違いさせる)武器になるなんて。


コンコン。 控えめなノックの音がして、扉が開く。 入ってきたのは、リディア……ではなく、屈強な鎧を着た、トカゲ顔の魔族だった。


「勇者ヒイロ様。リディア様がお呼びです」 「ひっ……は、はい!」


トカゲ男の鋭い眼光に、僕は反射的に直立不動になる。 でも、彼は意外なことを言った。


「……先程のクッキー、余りはありませんか?」 「え?」 「いや、その……厨房で噂になっておりまして。……ひとつ、味見をさせていただければと」


トカゲ男が、もじもじしている。 どうやら、僕の「武器(お菓子)」は、すでに城内の敵にも侵食を始めているらしい。


僕は引きつった笑みを浮かべた。 剣も魔法も知らない、落ちこぼれの転生者。 でも、この『お菓子作り』スキルだけで、なんとか明日まで生き延びられるかもしれない。


「……わかりました。今から焼きます」


僕はエプロンの紐を締め直した。 これは戦いだ。 小麦粉と砂糖で、魔王軍を胃袋から制圧する――僕だけの、孤独な戦いなんだ。

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