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『「勘弁してください(結婚してください)」 ~殺されるかと思ったら、一生お菓子を焼くことになりました~』  作者: 沼口ちるの


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第19話 敗因は「最強ゆえの慢心」

体の奥底から、無限に魔力が湧き上がってくる。 『超覚醒オーバーブラッド』。 成功した今だからわかる。これは、生物としての「格」を無理やり一段階引き上げる、とんでもない荒療治だ。


僕は自分の手のひらを見つめながら、ふと疑問を口にした。


「……リディア様。どうして『前の世界』では、この秘術を使わなかったんでしょうか?」


僕の話では、前世のリディア様も僕を大切にしてくれていた(主に菓子要員として)。 もしこの術があれば、あんなにあっけなく全滅することはなかったかもしれないのに。


リディア様は、焚き火に薪をくべながら、自嘲気味に笑った。


「決まっているだろう。……『必要ない』と思ったからだ」 「必要ない?」 「あぁ。私は最強の魔王だ。そしてアンナは最強の聖女。さらに四天王も揃っていた。……そんな盤石な布陣で、わざわざ死亡率の高い禁術になど手を出すか?」


リディア様は、炎を見つめる目を細めた。


「未来の私は、間違いなくこう思ったはずだ。『たかが魔人が一匹現れた程度、私の力でねじ伏せられる』とな」


慢心。 あるいは、王者の余裕。 それが仇となった。 相手が「戦って勝てる相手」だと思い込んでいたからこそ、切りオーバーブラッドを切るタイミングを失い……そして、為す術もなく喰われたのだ。


「ですが、リディア様……」


今まで黙っていたミゼリアが、震える声で口を開いた。 彼女の顔は蒼白だった。


「その『ナンジャモン』という魔人の名……私には聞き覚えがあります」 「ほう? 古代の文献か?」 「はい。魔王家の書庫の最奥、封印指定された古文書に、たった一行だけ記述がありました」


ミゼリアは、恐ろしい怪談を語るように、ポツリポツリと言葉を紡ぐ。


「『いにしえより伝わる、最悪の魔人。……それは戦士にあらず、捕食者なり』」 「捕食者?」 「はい。奴は魔族や人間といったカテゴリーの生物ではありません。……国を、歴史を、そして魔力そのものを糧とする、生きた『厄災』です」


ミゼリアの話に、僕はゾッとした。 前世の記憶が蘇る。 『国を食った』『スカスカする』『腹の足しにならん』。 あいつの言葉は、比喩じゃなかったんだ。


「奴にとって、魔法攻撃など『味付け』に過ぎません。生半可な最強・・・・・など、奴の前では『少し歯ごたえのある餌』でしかないのです」


「……なるほどな」


リディア様が低い声で唸る。


「未来の私は、相手を『敵』だと認識して戦いを挑み……そして『餌』として処理されたわけか。……ククッ、滑稽だな」


リディア様は笑っていたが、その瞳の奥には静かな怒りが燃えていた。 自分の慢心が、大切な「お菓子係ヒイロ」や部下たちを死なせたことへの、自分自身への怒りだ。


「だが、今回は違う」


リディア様は立ち上がり、漲る魔力を放出した。 オーバーブラッドの影響か、彼女の銀髪は以前よりも輝きを増し、真紅の瞳はより鮮烈な赤に染まっている。


「奴が『捕食者』なら、我々はそれを狩る『狩人』になればいい。……ただの最強ではない。理不尽すらもねじ伏せる、絶対的な怪物にな」


リディア様が僕とアンナを見る。 その視線に、僕たちは強く頷いた。


「はい。……もう、食べられるのは御免です」 「ヒイロくんを傷つける奴は、私が先におやつにしてやるわ」


慢心は捨てた。 情報は得た。 そして、禁断の力も手に入れた。


「行くぞ。まずは北の帝国図書館だ。……そこに残りの『四天王』候補がいるかもしれん」 「はい!」


僕たちは洞窟を出た。 吹雪は止んでいた。 夜空に輝く星々が、まるで僕たちの前途を祝福しているように見えた。


二周目の旅。 最強の布陣に「慎重さ」と「覚悟」が加わった今、僕たちの進撃はもう誰にも止められない。



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