第18話 魔族秘伝『超覚醒(オーバーブラッド)』
雪山の洞窟。 焚き火の爆ぜる音が響く中、僕はすべてを打ち明けた。
未来のこと。 『最悪の魔人』ナンジャモンのこと。 そして、僕たちが為す術もなく喰らい尽くされたこと。
「……なるほどな」
話を聞き終えたリディア様は、ガトーショコラの最後のひとかけらを口に放り込み、静かに頷いた。
「貴様の魂から漂う『時戻し』の残り香……。今の話、嘘ではあるまい」 「ヒイロくん……。そんな、辛いことが……」
アンナが泣きそうな顔で僕の手を握りしめる。 彼女は自分の死よりも、僕がその痛みを抱えてループしてきたことに心を痛めているようだ。
リディア様は焚き火を見つめ、冷徹に告げた。
「だが、今のままでは勝てんぞ。そのナンジャモンとやらが『国を食う』ほどの怪物なら、貴様らの成長速度では間に合わん」 「……わかっています。だから、世界の文献を探して弱点を……」 「手ぬるい」
リディア様は一蹴した。 そして、獰猛な笑みを浮かべて立ち上がった。
「弱点を探すより、貴様自身が『怪物』になればいい。……ヒイロ、そしてアンナ。貴様らに、魔族王家に伝わる秘術を施してやる」
「秘術……?」
「魔族秘伝『超覚醒』だ」
その言葉が出た瞬間、後ろに控えていたミゼリアが顔色を変えて飛び出した。
「リディア様!? 正気ですか!?」
いつになく取り乱した様子で、ミゼリアが僕たちの前に立ち塞がる。
「『オーバーブラッド』は、対象の魔力回路を強制的に拡張し、潜在能力のすべてを無理やり引き出す禁術です! 強靭な魔族の戦士でさえ、耐えきれずに体が破裂して死ぬこともあるんですよ!?」
「……死ぬ?」
「そうです! 人間の、しかも子供の体で行えば、生存確率は万に一つもありません! 絶対におやめください!」
ミゼリアの必死の訴え。 彼女は敵対していたはずだけど、根は真面目で、無益な殺生を好まない性格なのだ。 しかし、リディア様は鼻で笑った。
「ミゼリア。貴様、目が曇っているぞ」 「え……?」 「よく見ろ。この二匹の『化け物』を」
リディア様はアンナを指差した。
「この聖女を見ろ。何の訓練も受けていない状態で、正規の訓練を積んだ貴様と互角に渡り合った。その身に宿す聖なる力は、すでに器から溢れ出している」
次に、僕を指差す。
「そしてヒイロ。貴様は『時戻し』という、神の領域の魔法をその魂に宿して耐え抜いた。ただの人間なら、その負荷だけで精神が崩壊しているはずだ」
リディア様は僕たちの目の前に歩み寄り、覗き込んだ。
「適性なら十分すぎるほどにある。……こやつらは、皮が人間というだけで、中身はとっくに規格外なのだ」
沈黙が降りた。 ミゼリアは言葉を失い、僕とアンナを交互に見る。 死ぬかもしれない儀式。 でも、僕は迷わなかった。
「……やります」 「ヒイロくん?」 「ナンジャモンに勝てるなら、怪物にでも何にでもなる。……リディア様、お願いします」
僕の目を見て、アンナも頷いた。
「ヒイロくんがやるなら、私も。……それに、ヒイロくんを守るためには、もっと力が欲しいから」
二人の覚悟を聞いたリディア様は、満足げに頷いた。
「良い返事だ。……では、始めるぞ」
リディア様が指先を噛み切り、血を滲ませる。 その血で、空中に複雑な魔法陣を描いていく。 どす黒い光が洞窟内を埋め尽くす。
「歯を食いしばれ。……魂ごと、作り変えてやる」
「「ッ!!」」
リディア様の魔力が、僕とアンナの心臓に直接注ぎ込まれた。
「ぐ、ぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」 「きゃぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
熱い。痛い。 血管の中を溶岩が流れるような激痛。 全身の骨が軋み、筋肉が悲鳴を上げる。 魔力回路がズタズタに引き裂かれ、そして太く、強靭に再構築されていく。
(死ぬ……! いや、死なない! 死んでたまるか!)
薄れゆく意識の中で、あの日の絶望を思い出す。 喰われた痛み。喪失感。 それに比べれば、この程度――!
「吼えろ、ヒイロ! 貴様の『器』はまだ広がるはずだ!」
リディア様の檄が飛ぶ。 僕は限界を超えて魔力を飲み干した。
◇
数時間後。 儀式は終わった。
「……はぁ、はぁ……」
僕は地面に手をついて立ち上がった。 体が軽い。 いや、違う。世界が『止まって』見えるほど、感覚が鋭敏になっている。
「……すごい」
隣で立ち上がったアンナから、凄まじいプレッシャーが放たれている。 聖女の光と、魔族の底知れぬオーラが融合した、神々しくも恐ろしい気配。
ミゼリアが、信じられないものを見る目で後ずさった。
「成功……した……? 人間が、オーバーブラッドに耐え切った……?」 「言っただろう。こやつらは化け物だと」
リディア様は少し疲れた様子だったが、楽しそうに笑っていた。
「見事だ。これで貴様らは、人の枠を超えた。……さあ、最強の旅を続けようか」
12歳にして、禁断の力を手に入れた僕とアンナ。 その代償が何なのかはまだわからない。 でも、僕の手には今、確かに「未来を変える力」が握られていた。




