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『「勘弁してください(結婚してください)」 ~殺されるかと思ったら、一生お菓子を焼くことになりました~』  作者: 沼口ちるの


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第17話 銀の皇女と、反魔の時戻し

北の帝国を目指す旅の途中。 雪深い山岳地帯で、僕とアンナは、ある二人組と遭遇した。


「……止まれ。ここから先は通さん」


冷徹な声と共に、吹雪の中から現れたのは、氷の刃を構えた女性。 透き通るような青い髪、冷ややかな美貌。 未来の魔王軍四天王、『氷結のミゼリア』だ。 ただし、今の彼女はまだ軍服ではなく、どこかの貴族の従者のような服を着ている。


「魔族……! ヒイロくん、下がってて!」


アンナが即座に反応し、聖なるメイスを構える。 ミゼリアもまた、氷の槍を生成して踏み込んでくる。


ガキィィィン!!


聖女の剛腕と、氷の絶技が激突する。 互角だ。 今のアンナは、騎士団長クラスの実力がある。それと渡り合うミゼリアもまた、この時点で完成された強さを持っているということだ。


「加勢するよ、アンナちゃん!」


僕は十字槍を旋回させ、横薙ぎに払う。 ミゼリアはバックステップで躱すが、その隙をアンナが見逃さず追撃する。 僕たちの連携は完璧だ。 二対一なら、このまま押し切れる――そう思った瞬間だった。


「――興醒めだな」


頭上から、退屈そうな声が降ってきた。 次の瞬間。


ドォォォォン……!


空間そのものが歪むような、圧倒的な重圧プレッシャー。 僕とアンナ、そしてミゼリアまでもが、見えない巨大な手で地面に押し付けられた。


「ぐ、ぁ……ッ!?」 「な、なに……これ……」


雪の上に這いつくばる僕たちの前に、一人の少女が降り立つ。 銀色の長い髪。真紅の瞳。 まだ幼さが残るけれど、その身に纏う覇気は、すでに王者のそれだった。


リディア様だ。 まだ『魔王』と呼ばれる前の、魔界の名門貴族の令嬢としての姿。


「ミゼリア。人間の子ども相手に手こずるとは、修行が足りんぞ」 「も、申し訳ありません……リディア様……」


リディア様はミゼリアを一瞥した後、僕の方へと歩み寄ってきた。 僕は必死に抵抗しようと魔力を練る。 十字槍を握りしめる。 でも、指一本動かせない。 レベルが違う。次元が違う。 これが「才能」の格差なのか。


「……ほう?」


リディア様が、僕の顔を覗き込んだ。 その美しい顔が、鼻先数センチまで近づく。 彼女はスン、と鼻を鳴らした。


「妙な匂いがするな。……貴様、ただの子どもではないな?」


「……っ!」


「このねっとりとした魔力の残滓……。これは『反魔の時戻し(クロノス・リバース)』か?」


バレた。 一瞬で。 未来の文献でしか知らないような超高等魔法の痕跡を、彼女は匂いだけで嗅ぎ分けたのだ。


「時を遡ってきたか。……なるほど、だからその歳で身に余る魔力を持っているわけだ」


リディア様は興味深そうに目を細めると、冷酷に笑った。 その指先に、どす黒い魔力の球体が生まれる。


「面白い。解剖して、その記憶ごと魔力を搾り取ってやろうか?」


「ヒ、ヒイロくんに手を出すな……!」


アンナが血を吐きながら叫ぶが、重圧で動けない。 絶体絶命。 会話も交渉も通用しない、圧倒的な強者の理屈。 僕ができることなんて、一つしかない。


「……その前に、一つだけ!」


僕は重圧に耐えながら、震える手でリュックのポケットを探った。 解剖されるのが先か、これを取り出すのが先か。


「これを……食べてください!」


僕が突き出したのは、旅の保存食として作っておいた『特製ガトーショコラ(ブランデー風味)』だ。 真っ黒な塊。 リディア様は眉をひそめた。


「なんだそれは。泥か? 命乞いに泥を食わせる気か?」 「違います! ……毒だと思って、一口だけでいいから!」


リディア様は不審げにガトーショコラをつまみ上げた。 そして、恐る恐る口に運ぶ。


パクッ。


濃厚なカカオの苦味と、その奥から広がる深い甘み。 熟成されたブランデーの香りが、鼻腔をくすぐる。 雪山で冷え切った体に、糖分が染み渡る。


「…………ッ」


リディア様の動きが止まった。 瞳孔が開く。 魔力の重圧が、ふわりと霧散した。


「……なんだ、これは」


「ガトーショコラです。……貴女の口に合うように、甘さを抑えてコクを出しました」


「……美味い」


リディア様は残りのガトーショコラを一瞬で平らげると、指についたチョコまで舐め取った。 そして、じっと僕を見た。 さっきまでの殺意はない。あるのは、獲物を見る目――いや、「優秀な料理人」を見る目だ。


「……貴様、名は?」 「ヒイロです」 「そうか、ヒイロ。……貴様を解剖するのはやめてやる」


リディア様はニヤリと笑い、僕の頭を鷲掴みにした。


「その代わり、私のものになれ。その『時戻し』の話と……この黒い菓子を、もっと詳しく聞かせてもらうぞ」


「えっ、あ、はい……」


「ミゼリア! 荷物をまとめろ。この人間たちと同行するぞ」 「は、はい! リディア様!」


ミゼリアが慌てて立ち上がる。 アンナは「はぁ!? なんでこの泥棒猫が!」とキレているけれど、リディア様の強さを目の当たりにして、渋々矛を収めたようだ。


こうして。 最強の12歳勇者パーティに、規格外の未来魔王と、その側近が加わった。 完敗からの、まさかの逆転(餌付け)。 僕の「お菓子」は、時を超えてもリディア様に通用したみたいだ。


でも、この時の僕はまだ知らなかった。 この出会いが、ナンジャモン打倒への最大の鍵になることを。

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