第11話 そして、誰もいなくなった
「させるかぁぁぁっ!!」
横合いから飛び出した影があった。 リキューさんだ。 あの冷静沈着な茶聖が、モノクルを投げ捨て、仕込み杖を抜いて特攻をかけた。
「我が主に! 触れるなぁぁぁっ!!」
鋭い突き。 音速を超える、命を削った一撃。 それがナンジャモンの喉元に迫る――
パキン。
乾いた音がした。 ナンジャモンの皮膚に触れた瞬間、リキューさんの杖が粉々に砕け散ったのだ。
「……邪魔」
裏拳。 ハエを払うような動作。 それだけで、リキューさんの老体が、ボールのように弾き飛ばされた。 壁に激突し、動かなくなる。
「リキューさん!!」
誰もいなくなった。 ヴォルグも、ミゼリアも、シルイドも、ネクロラも。 そしてリディア様も、アンナも、リキューさんも。 僕を守ってくれていた「最強」たちが、全員、血の海に沈んでいる。
「……さて」
ナンジャモンが、リディア様をゴミのように放り捨てた。 そして、ゆっくりとこちらを向く。 その裂けた口が、三日月形に吊り上がった。
「……メインディッシュ」
ズズズ……と地面を引きずる音が近づいてくる。 僕は後ずさる。背中が壁に当たる。 逃げ場はない。
「お前から、一番いい匂いがする」
ナンジャモンの顔が、目の前まで迫る。 腐臭と、甘ったるい死の臭い。 巨大な口が開かれる。 奥に見えるのは暗黒の虚無。
(あ、死ぬんだ)
走馬灯が見えた。 前世での、満員電車。深夜の残業。コンビニの弁当。 そして、この世界に来てからの日々。 リディア様のわがまま。アンナの笑顔。四天王たちとの騒がしいキッチン。リキューさんの紅茶。
楽しかったな。 ただのお菓子作り好きの僕が、こんなに必要とされて。 でも、それももう終わりだ。 僕が食べられれば、世界は終わる。
ナンジャモンの唾液が、僕の頬に落ちた。 ジュッと音がして、肌が焼ける。
「……いただきます」
絶望。 涙も出ない。声も出ない。 僕はただ、大きく開かれた「死」の口を見つめることしかできなかった。




