タイトル未定2026/01/04 19:27
夜の繁華街は、まだまだ人波が溢れていた。
その中を若菜は、マスターと肩を並べて歩いていた。
憧れていたマスターと夜の街を二人きりで歩く。
ずっと夢を見ていたことが、現実になった。
忘れようとしたしていたマスターが、また若菜を支配しようとしている。
気がつくと若菜の歩調がゆっくりになり、マスターの背中を見ながら歩いていた。
マスターは立ち止まり、振り返った。
「どうかしましたか?」
振り返るマスターを、若菜はじっと見つめた。
今だけ……今だけ、マスターだけを見つめよう。
笑顔になった若菜は、マスターに駆け寄りマスターの隣に立った。
再びマスターと並んで、若菜は歩いた。
「今日は、買い物ですか」
「はい。課題が済んだので、気晴らしに」
「何か買ったようには、見えませんが」
「特に買っていません。見てまわっただけです。マスターは、休みの日は何をしているの?」
「そうですね……たまにですが、料理をします」
「料理をするの?」
「たまにですよ」
「どんな料理を、作るの?」
「空揚げとか、コロッケとか。ふろふき大根とか」
「マスター凄い!」
「冗談です」
「えっ、冗談?料理を作ることが?作る料理の内容が?」
「ん〜」
「ねぇ、何が冗談なの?」
「本当です」
「えっ、やっぱ冗談じゃなくて、本当なの?」
「冗談です」
「もぉ、からかってるのぉ!」
マスターが、声を上げて笑った。
笑い声が、夜空に響く。
目の前で声を上げて笑うマスターに、若菜は涙が出そうになった。
マスターと歩きながら、いろんなことを話して笑い合う。
そんな、なんでもないことをすることを、若菜は一番したかった。
それが今、現実となってしているのだ。
歩いている道は、街頭の少ない道に差し掛かった。
「寒くないですか?」
「大丈夫」
マスターのさり気ない優しさに、若菜はまたマスターに、惚れ直しそうになっていた。
そんな時だった、マスターが突然若菜の手を握ってきたのは。
驚く若菜にマスターは、前方を見ながらいつもと変わらないやさしい口調で言った。
「少し、早く歩きます。ついてきてください。振り向かないでください」
マスターは若菜の返事を待たず、歩調を早めた。
若菜は必死になって、マスターの歩調に合わせた。
次第に歩調はスピードをあげ、マスターと若菜は、街頭の少ない道を走っていた。
「あっ!」
短い声を上げた若菜は、転んでしまった。
急いで起き上がろうとした若菜が見たものは、マスターの背中と、マスターの目の前に立っていたナイフを持った男だった。
男はニヤリと笑った。
その口元を見た若菜は、背筋が凍るようだった。
この男だ!ずっと私を、つけていたのは。
男は持っていたナイフでマスターを突き刺すように、マスターに向かって走り出した。
マスターは身体を横にずらし、男の持っていたナイフを両手で掴むと男を自分の方へ引き寄せ、男のみぞおちを片膝で何度も思いきり突き上げた。
男の両手両足が地面につき、よつんばいの格好になると、マスターは間髪を入れずに男を蹴り上げた。
男が持っていたナイフは、既に何処かに転がっていた。
マスターにとどめを刺された男はうずくまり、反撃をする余力は既になかった。
転んでいた若菜は、立ち上がっていた。
「マスター大丈夫?」
心配した若菜が声をかけたが、マスターは力なく歩き出したので、若菜は慌ててマスターを追いかけた。
街頭の少ない道を抜けそうになった時だった。
糸が切れたように、マスターがしゃがみ込んだ。
「……怖かったぁ」
若菜がマスターの正面にしゃがみ込むと、マスターは両膝を立てて地面に座り込んだ。
座り込んだマスターは、息をついた。
「水田さん、大丈夫ですか?」
「うん。つけられていたって、マスター感じていたんだ」
「何か視線を感じて、ビルの窓に男が映ったのが見えたので」
若菜は男を思い出し、マスターに抱きついて泣き出した。
少し困り顔をしたマスターは、夜空を見上げた。
しばらく泣いていた若菜だったが、少しずつ泣きやんだ。
「落ち着きましたか?」
「うん……怖かった。マスターも怖かったよね?」
「怖かったです。でも、水田さんに怪我も何もなくて、良かったです。水田さん、そろそろ行きますか」
「待って!……もう少しだけ」
若菜はマスターに抱きついたまま、離れなかった。
マスターは静かにため息をつき、若菜をそっと抱きしめた。
「怖い思いをしましたね。もう、大丈夫です」
マスターは、若菜の耳元でささやくように言った。
顔を上げた若菜は、マスターにキスをした。




