タイトル未定2026/01/04 19:25
流花と別れたマスターは、bar「ジェシカ」の中にいた。
既に仕事着に、着替えていた。
厨房から、たきこが出てきた。
「マスター、今日のメニューです」
マスターはたきこからメニュー表を貰った。
流花が休んでいるせいか、メニューの品数が少ない。
「たきさん。これ、例のチョコです」
「あら、可愛い」
「チョコは、厨房に置いてください。たきさんもチョコを持って行って、試食してください」
「わかりました」
たきこは、チョコが入った袋を抱え、厨房に入って行った。
たきこが厨房に入って行き、マスターは表の灯をつける。
時間が経つにつれ、店に客が入って来る。
常連客たちは、流花が不在だということを知ると、いつになったら来るんだと、根掘り葉掘り聞いてきた。
やっと、客足が途絶えた。
マスターは厨房に行き、厨房で仕事をしているたきこに声をかけた。
「たきさん、厨房が片付いたらあがってください」
たきこの返事が聞こえ、マスターはテーブルを片付けた。
たきこが帰っていき、新規の客は数人しか来なかった。
料理は終わったことを告げ、飲み物のオーダーだけ請け負った。
やがて数名の新規の客が帰ったところで、マスターは表の灯を消した。
ホールの掃除をしていると、勢いよくドアがあき、マスターは驚いて顔を上げた。
店に入ってきたのは、若菜だった。
「水田さん……」
若菜のトレードマークのツインテールが乱れていて、走ってきたのか、肩で息をしていた。
マスターは若菜を近くのテーブル席の椅子に座らせた。
カウンターの中に入り、ミネラルウォーターを、コップに注いだ。
ミネラルウォーターが入ったコップを若菜目の前に置くと、若菜は一気にミネラルウォーターを飲み干した。
マスターは空になったグラスに、残りのミネラルウォーターを注いだ。
マスターは、若菜が座っていた同じテーブル席に座った。
「どうしたんですか?」
マスターの言葉に我に返った若菜は、恥ずかしそうに髪の毛を触りながら店内を見渡した。
「あれ、シロちゃんは?」
「大学の講義が始まってから、休んでいます」
「そっか。シロちゃんも忙しいんだ」
「短大の方は、どうですか?」
「保育士を目指しているから、頑張れる」
「水田さんらしいですね」
「講義はグループが多くて。それは良いんだけど、気がついたら友達がいないなぁって」
「そんなに友達って、必要ですか?」
「マスター?」
「グループで、活動ができている。それでじゅうぶんじゃないですか。無理に友達を作る必要は、ありません」
「友達がいた方が、楽しいでしょ」
「楽しいだけの友達は、友達ではありませんよ」
若菜は黙り込んで、ミネラルウォーターを飲んだ。
「赤井さんと、何かありました?赤井さん、出張でしばらくいなくなるんですよね」
「マスター、知っているんだ」
「友光さんから、聞きました。新しい環境、赤井さんの突然の出張で、不安なんですね」
「赤井さんは、私に愛想を尽かしています」
「何故?」
若菜は言おうとした言葉を飲み込んだ「マスターが離れられない」
本音を口にしたら、マスターを困らせるだけだ。
「赤井さんの気持ちに、はっきり答えない私がいけないんです」
突然マスターは立ち上がり、厨房に入って行った。
ほどなくすると、ビニール袋を手にしたマスターが戻ってきた。
厨房から出て来たマスターは若菜の隣に座った。
マスターが手にしていた袋の中身は「barにあうチョコレート」だった。
マスターは、袋からミルク味のチョコを出し、若菜の目の前に置いた。
「北神さんから、依頼されたチョコです。召し上がってください。袋に入っているチョコは、家でどうぞ」
マスターはチョコレートが入った袋を、若菜に渡した。
「ありがとうございます。食べて良いんですか?」
マスターは、黙ったまま優しく微笑んだ。
若菜はミルク味のチョコを、口に入れた。
やさしいチョコの甘さに若菜は涙ぐみ、残り二つ入ったチョコの箱を袋に入れた。
「マスター私、短大に入った頃からストーカーされているんです」
「ストーカー」
若菜の思いがけない言葉に、マスターは思わず声を上げた。
「ずっとかかってくる非通知、講義が終わって歩いていると、ずっと後をつけられていました」
「後をつけられていたって……今も、つけられていたんですか?」
「はい」
「怪我は、ないですか?」
「大丈夫です」
「良かった」
安堵したマスターの表情を、若菜はじっと見つめていた。
「帰りましょう。送ります」
唐突に言ったマスターに、若菜は驚いていた。




