タイトル未定2026/01/04 19:07
カウンターの上に亮が置いていったお札を、マスターはじっと見つめていた。
「お釣り、渡せませんでした」
突然のマスターのつぶやきに、ホールのモップ掛けをしていた流花は思わず吹き出した。
「北神さんが次、来店された時に渡せば良いと思います」
「そうですね」
マスターは、お札を下げた。
「マスター、怒らないんですか?」
流花の言葉に、マスターは顔を上げた。
「亮さんは、マスターを彼と偽り紹介したんですよ」
「う〜ん。怒るというより、呆れたかな」
「あぁ、そうなんですね」
以前のマスターなら、亮の気持ちを汲んで偽りの彼になりきっていた。
マスターは、ちはるが言った言葉を思い出していた。
「何気ない優しい言葉が、女性達を傷つけている」
偽りの彼になりきることは、その場しのぎにならない。
かえって亮に甘い夢を見せ、最後は傷つけてしまう。
そこに気づき、付き合っている彼を装うのではなく、あえて別れたがっている彼をマスターは装ったのだった。
「ボクの対応は、あれで良かったのでしょうか」
マスターそれ、私に聞く?
流花は、笑いながら答えた。
「良いと思います。紹介されるままになっていたら、後々大変です」
「ですよね」
「マスター優しすぎます。もっと怒っても良いと思います」
「す……凄いですね。そんな風に言われるとは、思ってもいませんでした」
マスターに言われた流花は、恥ずかしそうに笑った。
恥ずかしそうに笑う流花に、マスターは聞いた。
「あの、聞いても良いですか?」
「はい」
「流花は、異性と付き合ったことがあるんですか?」
「えっ?」
「今夜のことで、少し気になりました」
「付き合ったことなんて、ありません。私、異性にあまり興味がないんです」
「興味がない?そうなんですか?」
「母は夜の仕事をしていて、夜中に取っ替え引っ替え、よく男を部屋に連れてきました。男達に私は、性的対象のような目で見られていました」
「そんなことが、あったんですか?」
「だから私は、男の人を引いた目で見てしまうんです。さすがに今母は、男を連れ込んだりしませんが」
自分とは全く違う過去を背負っていて、そのことを恥ずかしげもなく、吹き飛ばすように明るく話す流花をマスターは見つめていた。
本当に、不思議な子だ。
「マスター」
「はい」
「大学が、忙しくなります。しばらく、バイトを休んでも良いですか?」
「構いません。学業の方を、優先してください」
「ありがとうございます。落ち着いたら、また宜しくお願いします」




