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秋のあの日。

作者: ありま氷炎

 私は覚えている。

 あの光景を。

 秋のあの日。

 赤に黄色に色づいた木々、

 柔らかな日差し。

 はらはらと落ちてくる暖かい色の葉。

 私はお腹をさすりながら、XXに話しかける。


「すごい、綺麗なんだよ。出てきたら一緒に見に来ようね」


 私はあの時、確かに幸せだった。


 ☆


 xxを産んで数時間が、姑が夫と共に病院にやってきた。

 xxを勝手に抱いてあやしている。

 私が手を出そうとすると


「あなたは何もしなくていいのよ。そこでゆっくり休んでいなさい」


 姑は微笑み、まるで私がxxに触れるのを嫌がるようにぴしゃりと言った。

 その後も病院に来る度に、姑がxxを独占した。

 嫌な予感がした。

 

 退院後、その嫌な予感は当たる。

 私はxxの世話ができなかった。

 乳の出もよくなくて、姑に乳首を摘ままれたり、美味しくないスープを飲まされたけど、改善せず、粉ミルクで代用することになった。

 そうなると、姑がつきっきりでxxの面倒を見た。

 私も世話をしたいのにというと、夫に詰られた。

 姑の目を逃れて、xxを連れて逃れようとしたけど、捕まった。

 その日、夫に怒られ土下座させられた。


 地獄のような日々、姑が根を上げた。

 xxを連れて田舎に戻りたいと言ったのだ。

 私はとても疲れていて、姑が目の前から消えてしまうならと頷いた。

 xxは姑と一緒に田舎に帰った。


 三年後、xxが戻ってきた。

 夫が若い娘と浮気して、その子を孕ませた。

 姑はあれほど可愛がっていたはずのxxを私の元へ帰し、夫と離婚させた。

 xxは泣きながら姑を求めるが、姑は一度も振り返ることはなかった。


 この話を聞いて、母に実家で暮らすように勧められた。

 在宅の仕事も可能で、無理をすれば実家から通える距離に会社もあったので、その提案に乗った。

 xxと二人で、どうして暮らしていいかわからなかったからだ。

 xxは私に全くなつかなかった。

 母にも最初懐かなかったけど、姑ーーあの女が戻ってこないと理解してからは母に慕うようになった。

 xxは結局、私以外の人が好きなのだ。

 半年が過ぎた。


「ママ」


 xxは私をママと呼ぶようになった。

 どういった顔をしていいかわからず、曖昧に笑ったと思う。

 確かに私はxxを産んだ。

 だけど、あの女にxxを奪われ、私は母としての自分を失った。

 xxは可愛い。

 だけど、それは他人の子どもを見る感じだ。

 それを母が気が付いていて、私とxxを二人っきりにさせようとしたけど、難しかった。

 二人で一緒にいると息苦しいのだ。

 そっとxxを見ると、xxがちょうど顔を上げたころだった。

 怯えたような表情が見えてしまって、気持ちが暗くなる。


 そう、xxは私を怖がっているんだ。

 私はxxの母親なのに。


 xxの顔も見たくなくなって、会社から帰る時間を遅くした。

 カフェに寄ったりして、xxが眠る時間に帰るようにした。

 母に詰られたけど、どうしていいかわからないのだ。


「春子。xxがいなくなったの!どうしたらいい?」


 会社帰り、本屋で時間をつぶしていたら母から電話がかかってきた。


「家にいないの?ちゃんと探した?」

「探したわ。でもいなかったの!」

「直ぐ帰る。待ってて!」


 電車に飛び乗って、最寄りの駅に向かう。

 家は駅から歩いて十分くらいの距離にある。

 走りずらい踵が少し高いパンプスを鳴らしながら、私はできるだけ早足で家に向かう。


 その途中、視界に白い帽子が混ざる。

 見覚えのある、つばの大きな白い帽子だ。


 目を凝らすと、白い帽子を小さな子供が被っていて、とても不格好。

 子供は紅葉の美しい木々の間をいったりきたりしている。

 白い帽子は私のものだ。

 四年前、私はこの白い帽子をかぶって、そこに立っていた。

 美しい紅葉を眺め、幸せの中にいた。


 白い帽子をかぶった子供は私に気が付くと反対方向へ走り出した。

 森の中へ。


「待って!」


 私は追いかける。

 子供の足に追いつくのは簡単で、すぐに捕まえることができた。


「ごめんなさい、ごめんなさい」


 涙をぽろぽろ流して子供は謝る。


 この子は紅葉もみじ

 私の子。

 私が大切にお腹の中で育てた子。

 

 美しい紅葉を見ながら、いつか一緒に見ようねと話しかけた子。


「も、紅葉もみじ


 何年ぶりに彼女の名を呼んだのだろう。

 どうして私は彼女の名を呼ばなかったのだろう。

 

「紅葉、紅葉、紅葉!」

 

 ぎゅっと小さな彼女を抱きしめ、名を呼ぶ。


「ごめんね。ごめん。ずっとごめん」


 涙が沢山出て、紅葉の顔が濡れてしまった。

 紅葉は最初驚いた顔をして、私の腕の中で固まっていたけど、泣き出した私を見て緊張が解けたみたいだった。


「ま、ママ?」

「そう、私はあなたのママ。ずっと冷たくしてごめん。ママ、どうしていいかわからなかったの。紅葉。ママを許して」

「ゆ、許す?」

「これから、紅葉のこと大切にする。だから許して」


 紅葉もみじはまだ小さくて意味は分かっていないみたいだったけど、見たこともない可愛らしい笑顔を見せてくれた。

 私が見たことないだけかもしれないけど、その笑顔は私の心を温めてくれた。


(終)

 

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― 新着の感想 ―
子育ては親育てとも言いますが、親になっていく過程を奪われた主人公が痛々しいです。 頭で理解はしていても、自分でもどうしようもない葛藤や感情の剥離があって、踏み込むことも寄り添うことも出来ないままでいた…
とてもとても心に突き刺さるお話でした。 母親としての自分、子どもを取り上げられてしまい、夫の支えもない中で、一人で耐えていた主人公。 姑に追いつめられた極限の精神状態が、重くのしかかるような描写が読ん…
 手記を読むような不思議な感覚でした。  おおまかな内容ですが、想像が働きましたね。  子供の名前を終盤まで出さなかったのは、どこか他人に思えたのですね。  ではまた。
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