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第0話 伊鶴

 伊鶴は一人だった。

 友達はいた。教師の受けもよかった。家族の仲も良い。ごく普通の、どこにでもいる当たり前の少女だった。だが奇妙なものを見た。不思議な声を聞いた。幼い頃からそれを当たり前のものだと思っていて、けれど他人には理解できないものだということも分かっていた。

 伊鶴は一人に耐えられなかった。

 人の願いを叶えることにした。誰かの役に立ちたかった。誰かに必要とされることで、自分が価値のある人間であると思いたかった。伊鶴が願いを叶えるようになってから、伊鶴の周りにはその恩恵にあやかりたいものばかりがついてくるようになった。それでもかまわなかった。一人でいることの何百倍もマシだった。

 そこに深鷹が現れた。

 深鷹は伊鶴に何も望まなかった。周りの人が願いを叶えてもらったのだと話すのに対して「へえ、すごいね」と言って、ただそれだけだった。深鷹は一人で立っていた。

 伊鶴は他人を支えにしないと立っていられないのに、深鷹はどれだけの友人を持っていても、それを自分の柱にはしなかった。目に見える美しさ以外に、心の中に芯を持つ人間だった。伊鶴はそれが羨ましかった。羨むだけだった。

 深鷹のそばにいたかった。真に美しい人のそばで、その人を支えることができたなら、それ以上の幸福は無いと思っていた。その人の助けとなることで、もしその人に「ありがとう」と言われたらと、何度も心の中で願った。願うだけだった。

 深鷹が死んだ。事故だった。

 誰もが悲しみに沈む中、伊鶴は町の通りで深鷹に会った。雨に打たれて、たった一人で立っていた。初めて見る深鷹の孤独な姿だった。

 人に見られることがないからか、深鷹はいつにも増して横柄で、あからさまで、不遜だった。その姿すら美しかった。

 深鷹は伊鶴に近づいた。


「伊鶴、君に話がある」


 割れて半分になった頭から零れ落ちる血の滴りですら彼女を汚すことはなかった。むしろ何だかこの姿こそが深鷹の真の姿であるように感じた。そしてそれは誰にも見ることができず、誰にも聞かれることはない。伊鶴以外、誰も彼女に干渉しない。

 だから伊鶴は笑って見せた。


「ちょうどそこに喫茶店がある。入ろうじゃないか」


 彼女の願いを叶えたかった。

 彼女の願いを叶えたくなかった。


 伊鶴の願いは叶ったのだろうか。

 もう誰にも分からない。



 終

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