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第6話 実証都市

20XX年7月5日 14:45(T₀ + 1時間34分)

市立四城高等学校 正門前




「本日は諸般の事情により、5限終了後、早期下校とさせていただきます——」

校内放送が流れてから30分。

いつもより早い下校時間、白い制服の群れが校門から溢れ出していく。

その中に、電研の5人の姿もあった。


緑が溢れるクリーンな街並みを5人は歩いていく。

天気は快晴。公式の天気予報では、最高気温は40度を超えるらしい。

直射日光自体はキツイが、そこまで不快な感じはしない。

それもそのはず、路面やビルの側面からの照り返しはほとんどなく、おまけに道路脇に一定間隔で生えている街灯からは冷たいミストが噴霧されている。


夏希の指先が、スマートフォンの画面を何度も焦りがちにタップする。

「あー繋がらない!!!全然繋がらないじゃん!」

いつもの明るい声に、わずかな焦燥が混じっている。


千春が長い黒髪を耳にかけながら、静かな声で言う。

「結局早期帰宅になっちゃいましたね」


「まさか六限キャンセルになるとはな」

「交通機関の混雑が予想されるから今のうちにって」

秋一が首を傾げる。


「五十嵐先生もおっしゃってましたね。この街にまでは影響でないと思うけど市外からの通学者のためにって」


「まあ実際Google検索使えないのは不便すぎるよな。俺らもそうだけど、先生達の方がしんどそうだったぜ?」

「菊子先生とかもめちゃくちゃ忙しそうだったし」

時折世間話を織り交ぜつつ、五人は歩道橋を渡り、エスカレーターを上り、駅屋内へと入っていく。


千春が思い出したように続ける。

「五十嵐先生って確か元 NTT の方でしたよね。それで先生方の中でも機械系担当みたいなとこありますけど、こんなの初めてだって言ってましたし、相当珍しい事象なのかと」


「菊子がテンパるレベルの障害、恐るべし」


「いや、っていうか、だったら俺らまっすぐに帰らなくいいのか?これダメじゃね……?」

肩の通学カバンを掛け直しながら、和季が不安げに言う。


「いいんだ空閑」

冬華の目が普段の2倍くらいの明るさで輝いている。

「あの篠田をギャフンと言わせるためだ。お前はあいつの自信満々な顔が敗北の不安に歪む姿を見たくないのか?」


それは少し見てみたいが堂々と口のするのは憚られるな。よってノーコメント。


優しい笑顔を浮かべながら、千春が仲裁するように言う。

「まあ、いざとなったらうちに泊まればいいですから。食料の備蓄もありますし」


秋一が補足するように続ける。

「それに、この街のインフラが止まることはないと思うぜ?何しろ、完全に独立した発電・送電システムがある訳だし」

「確かネットワークも、外部と切り離された独自のファイアウォールがあるとかで……」


秋一の言葉に続くように、彼らの目の前にモノレールがスムーズに停車する。

彼らはいつの間にか駅の構内に着いていた。

この街の駅に改札はない。

これから乗るモノレールにも運転手はいない。

そもそも、モノレールと言いつつ実際にはレールと車体は触れてはいない。


わずかに浮いて走る車体が、軌道の上を滑るように移動していく。



モノレールが駅を出る。

車内に一気に光が差し込み、彼らの視界に街の景色が広がる。


電柱も電線も一切見当たらず、電力・通信はすべて地下と空中で無線化され、町並みはどこまでもすっきりと洗練されている。


無人走行の電気自動車が静かに通り過ぎる。

小さな円柱型ロボットが舗道を巡回し、ゴミを回収しながら人々に挨拶する。

空では幾つものドローンが、柔らかな広告を漂わせるように投影し、歩くたびに浮かび上がる標識が静かに道を示す。


一見すればテーマパークのようにも見えるこの街は、1万人以上が実際に生活する小さな都市だ。



Woven City。

日本が世界に誇る次世代都市実証実験の中心地であり、トヨタ、NTT、SoftBankをはじめとした名だたる企業が技術を持ち寄る、いわば《《未来のショーケース》》。



現実と未来のあわいに存在する、最先端の日常だ。





#####





列車を降りて、歩くこと数分。

市の中心部から離れるにつれて、景色も緑が多くなってくる。


冬華がふと遠くを見ながら冷静な口調で言う。

「それでも、通信の異常は気になるな。和季はなんか分からないの?」


「現段階ではなんともかなあ。どこかのデータセンターごと落ちたんだろうけど、いつもだったら数時間で復旧するし」


「実際トラフィックバーストでTwitterとかDiscordが半日くらい使えなかった事件とかもあるけどな。そういう場合でも冗長性を確保するために複数のデータセンターで処理を分散していて完全には落ちないようになっているから。今回のもすぐに復旧するとは思う」


「とはいえ、規模的にはデカいよな……」


夏希が身を乗り出すように画面を掲げ、苛立ちを隠せない様子で叫ぶ。

「そうよ!私のスマホだって全然繋がらないんですけど!」


「さっきから頭も変な感じするし、なんで私だけ繋がらないのよ!」

夏希がこめかみに手をやって怪訝な顔をしている。


「頭がおかしいのはいつも通りだろ」

やばい、口に出てた。

和季の辛辣な一言に夏希が『あ?』と表情だけで返す。


秋一が思案げに口を開く。

「ああ、夏希ちゃんの頭のデバイス?」


その瞬間、冬華の目が機械オタク特有の輝きを放つ。

近寄りながら、抑えきれない興奮を含んだ声で言う。

「夏希ちゃん、その、もう一回ちゃんと見せてくれてもいいんだけど?」


「それはもういいって!恥ずかしいから!」

夏希は赤面しながら後ずさる。


「まあまあそう言わずに……」

冬華の心の中で、マッドな探究心が疼いている。


千春が説明を加える。

「事故に遭われた時に埋め込んだチップでしたよね。夏希さんのお父様って確か世界的に有名な脳関連の研究者でしたから、その……夏希さんみたいな例って他で聞いたことありませんし」


「んー、まあ」

夏希は少し気恥ずかしそうに髪を掻き上げる。

「相当なお金と研究が費やされたものだから大事にしろ〜とは聞いてるけどね。正直めんどくさいのよね、これ。定期的にメンテナンスしないといけないし」



「でも、ネットに接続できたりするんだろ」

前を歩く俺は振り返って悪い笑みを浮かべる。

「この間の《《定期考査》》の時に言ってたよな」

はい、シェフの気まぐれ暴露。〜意味ありげな口調を込めて〜


「……ん??????」

千春・冬華・秋一が足を止め、一斉に夏希を見つめる。


「え?あはははは〜なんのことかしらね〜???」

夏希は目を泳がせながら、早足で歩き出し、和季の横腹を片肘でどつく。

痛え。加減をしろ加減を。


(夏希さんがうちの高校入れたのってもしかして……)

千春の心の中で、些細な疑問が膨らんだ。


「でもさっきからそれが繋がらなくてさ〜!」

話題を逸らすように夏希が声を上げる。

「しかも変なノイズばっか聞こえるし、とにかく変な感じなのよ!」


住宅街を抜けると、突如として空が広く開ける。

遠くに聳える電波塔が、いつもより妙な存在感を放っている。

その先端が、不吉な予感のように明るい青空に溶け込んでいた。


「ま、まあ、この状況も気になるし、早めに着いた方がいいかもな」

秋一の声には、どこか緊張が滲んでいる。


「ふふっ、でも楽しそう」

千春が柔らかな笑顔で五人を見渡す。

「久しぶりに全員で何か作るの」


「そうそう!絶対成功させようね!!」


夏希は両手を上げて飛び跳ねる。




人通りが途絶えた住宅街の外れ。

古い街灯が並ぶ細い道を、5 人の足音が静かに刻む。

やがて生い茂る木々の向こうに、蔓で覆われた和風な屋敷の門が姿を現す。


「……いつ見ても信じられないな、ここを自由に使っていいなんて」


「流石は《《なんとか》》大臣の娘ね!」


「デジタル大臣な」


外からは鬱蒼とした森にしか見えない一画。

苔むした石畳の小径を進むと、その奥まった場所に、ひっそりと和風かつモダンな邸宅が姿を現した。

瓦屋根の端が反り、白壁には風格が漂う。枯山水の庭には、苔に覆われた灯籠が、まるで森の守り人のように佇んでいた。

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