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第5話 日常ハレーション

20XX年7月5日 12:00 JST(T₀ - 1時間11分)

市立四城高等学校 第二理科棟3階・電子制御研究室

https://kakuyomu.jp/users/I_am_a_teapot/news/16818792435892712153






ええっとだからnullの場合の処理が抜けてんだよな、これ。

うわ、そもそも条件分岐汚いな……誰だよこれ書いたの。

あ、俺か。




都立四城高等学校 第二理科棟3階・電子制御研究室。

お昼の放送で流れる陽気なJ-POPをBGMに、カチャカチャ、カタカタという作業音、そしてプログラミング中らしき学生の独り言が聞こえる。


電研メンバーはそれぞれの場所で昼食を取りながら、各々の作業をして過ごしていた。


部室のドアが開く。

廊下からこぼれる光に縁取られるように、電研部員にして四城高校生徒会長、伊万里千春のシルエットが浮かび上がる。


「あら意外、今日は夏希ちゃんいないんだ」


制服の襟の金バッジがきらりと光る。


「いなくていいんすよ、あんな厄介ごとしか持ち込まない奴は」


俺こと空閑くが和季は眠気が滲んだ声で返答する。

疲れを帯びたキーボードを叩く音が、いつもより少しイライラを含んでいる。


「大丈夫?クマ、すごいよ?」


徹夜の代償くらい、鏡を見なくてもわかる。


「どうせまた無茶な実装頼まれたんでしょ」

黙々とデバイスの調整をしながら、うちの電子回路担当──千歳冬華とうか──が冷静に言う。半田ごての煙と焦げたフラックスの匂いが薄く立ち上る。


「ご名答」


部室でいちばん座り心地の良さそうな"部長専用!"の椅子がギシリと鳴る。

と言っても座っているのは部長ではない。


「いやあ、夏希さんは和季を働かせる天才だね」

千歳秋一。電研の宣伝・折衝担当にして、自他共に認めるタイプの"イケメン"だ。

実際言うだけあって顔は良いのが鼻につく。

まあ、コミュ力と人心掌握だけは得意なやつだ。そこだけは認めている。


冬華が呆れた目を向ける。

「はあ。兄貴はリラックスしてないで働いてくれる?」


「はいはい」

「そういえば、千春さんは今日は生徒会ないの?四城祭とかで今忙しいでしょ」


千春は少し焦ったように髪を耳にかける。

「うーん、あるけど、今日は実行委員と予算配分の確認だけだから」

「予算会議、後輩に丸投げしてきちゃった」


「やるじゃん」

上手く手を抜くことに関しては一家言ある秋一が感心して笑う。


学年最優秀の成績をキープしつつ生徒会長も務めるのは、さぞや大変だろう。

少しくらい手を抜いても許されるというものだ。


古い実験台に腰掛けながら、千春が話題を変える。

「そういえば、うちの部活は今年も展示?」


「まあ時期的にロボコンと被ってますからね。普通に考えて今年もどっちかしかできないでしょう」

和季はキャスター椅子をぎぎ、と床を軋ませながら回す。

「出店とか出すとなると、それなりに時間も労力も掛かりますし」


「出店といえば去年の調理部のたい焼き屋台、すごい人気だったな」


「ああ、篠田先輩のところのね」

「老舗の味で作った京たい焼きって触れ込みで、すごい長蛇の列でしたよね」


冬華の手が一瞬止まる。

「それって、去年、私たちの展示の前で『機械は感性がない』って言ってた人でしょ」


「冬華ちゃん、まだそれ根に持ってるのね」

千春が苦笑する。


「だって、あの人絶対分かってない」

冬華の瞳に、技術者としての誇りが灯る。

「人の感性なんて、結局アウトプットされるものでしか分かんないんだから、データと制御さえしっかりしてれば再現できるに決まってるじゃん」


なかなか攻めた言明だが、かくいう俺もポジションを取れと言われれば、まあそちら側の人間だ。

他人に言ったことはないが、俺だっていつかは人と同じように考える人工知能をプログラムで実装したいと思っている。「感性は実装できません。計算不能です」なんて、あまり言いたくはない。

冬華とは、分野は違えどエンジニアとして近しいものを感じる。


「ほう、珍しく熱くなってるね」

秋一は冬華の反応を楽しむように、口元に笑みを浮かべる。


「まあ、どっちみち9月はなあ、うちは結果出すのがそこしかないんで、ロボコン優先でしょ」

喋っている間も和季の手はキーボードの上で忙しなく打鍵している。

「それまでに自己学習型の姿勢制御システムも実装しないと……」


そう、今は我々の本業に集中すべきだろう。すなわち《《あの》》ロボットの開発だ。大いなる目標のためなら時には切って捨てる青春もある。選択と集中だ。


電研のメンバーがまた各々の作業に戻る。


俺も意識を作業に戻そうとして数分、完全に集中が途切れていることに気づいた。

流石にこの眠気は効率が悪い。

徹夜と食後の血糖値スパイクのダブルラリアットで、もはやノックアウト寸前だ。


ここは一度本格的に眠ってリフレッシュさせるのが合理的だろう。ならば迷っている時間が一番もったいない。


「はあ、やっぱ眠い。……寝ます」


おもむろにアイマスクを取り出し、疲れた目を覆う——



その瞬間、部室のドアが勢いよく開け放たれる。

まるで待ってましたとばかりに、夏希が満面の笑みで飛び込んでくる。


付けたばかりのアイマスクをずらした和季の目に、その笑顔が不吉な予感とともに映る。





#####





「うちも出店します!!」

ホワイトボードに書いた文字を、我が物顔で叩く。


「は?」

アイマスクを取って目をこする和季の声には、絶望的な予感が滲んでいる。

嫌な予感は当たるものだし、起こり得る最悪のパターンは必ず起きる。フラグというかなんというか、『マーフィーの法則』は今日も健在らしい。



「でも、ロボコンと日程が……」

千春の眉間に、心配の色が浮かぶ。


「大丈夫!見てみて!」

夏希は誇らしげにスマホの画面を掲げる。

そこには「全国高校ロボット競技大会、開催日程変更のお知らせ」の文字が、まるで勝利の御旗のように輝いていた。


「へえ、今年は10月最終週か」

「四城祭は9月でしょ?被らないの!」


「いやいや、準備期間が……」

「それも大丈夫!」

紙の束が机に叩きつけられる音が、部室に響く。

そこには驚くほど緻密な(とは言い難いが、彼女なりの熱意のこもった)スケジュール表と企画内容が、夏希の手書きで描き込まれていた。


「ほ〜結構練られてるじゃん」

秋一は感心したように紙面に目を落とす。


「でしょ?あと、出店内容も考えたの!」

黒いマーカーが、ホワイトボードの上を軽快に踊る。キュッ、とマーカーがホワイトボードを擦る甲高い音。



『AI厨房!~究極のたこ焼きロボット~』



夏希が力任せに書き殴り、ボードをコンと叩いた。


「ほう?」


「実はね、調理部が毎年のたい焼き屋台で五年連続売上一位なの! 今年も『京たい焼き』の老舗レシピで余裕の連覇だって宣言してるんだって!」

その言葉に、冬華の手が完全に止まる。


「ああ、確か去年も行列できてましたよね」


「しかも部長の篠田先輩、『うちは伝統の味だから、AIなんかに負けまへん。今年も総合一位取らせていただきます』って」

夏希がそれっぽく演じる。悔しいが似ている。扇子を持って大見得を切る様子が目に浮かぶ。


「……なに言ってんの、あの人」

冬華の声が、低く危険な響きを帯びる。


「だから!最先端技術で完全自動化された屋台を作るの!」

「ロボットアームで"カリふわ"たこ焼きを……」

「いや、ちょっと待って……」

「しかも!AI が焼き加減を学習して、注文ごとに好みの硬さとか味の濃さを調整!」


「それいいかも。高校の文化祭でAIってだけでキャッチーで注目度高いし、味が変わるなら複数買ってくれるお客さんもいそうじゃん!」

「赤外線カメラで焼き色をチェック、AIが自動で返しタイミングを最適化……」

冬華の手元のデバイスは、もう完全に忘れられている。瞳の奥で、技術者としての炎が燃え始めている。


「いやいや、ロボコンの制御システムもあるのに……」

この流れは不味い。完全に夏希の術中だ。

「普通に考えて、ロボコンも学祭も両方はできないだろ……!」


「あら。そんなこと、誰が決めたのかしら?」


そうやって臆面もなく胸を張って言われると、こっちが狼狽えるからやめて欲しい。


「両方やればいいじゃない。来年は受験だし、ロボコンも、学祭も今年しかできないんだから……!

「二兎を追う者だけが二兎を得るのよ!」


ことわざを勝手に独自解釈するな。


「和季、これやろう」


「え?」


「『伝統の味』って、データで再現できないわけないじゃん」

冬華の声には、もう迷いがない。


俺の中の藪医者は早々に諦めている。残念ながら手遅れです。手は尽くしましたが…。


「へえ、珍しく冬華が食いついてきたな」


「そうと決まれば!冬華ちゃんはロボットアーム、和季は味の制御AI!」

「行列は画像解析で最適誘導、決済はQR、一括自動化!」

冬華が畳みかける。


「はぁ……」

溜め息の向こうに、長い夏の戦いが見える。


「あ、いやでも、食品衛生面とかは?」


「それも考えた!実は家庭科の藤村先生が監修してくれるって!」


(ああ、これ、もう止められないやつだ……)

渾身のカウンターパンチを華麗に受け止められ、俺は流れには逆らえないことを悟った。



チャイムの音が、部室に流れ込む。


「という訳でみんな、放課後はいつも通り『秘密基地』で企画会議だから!」

夏希の声が、これから始まる物語の序章を告げるように響き渡った。

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