第11話 404
20XX年7月5日 18:48 JST (T₀ + 5時間37分)
伊万里家別邸
薄闇の庭園を横切り、和季は重い引き戸を押し開けた。
外の喧騒から切り離された和室の空気は、汗ばんだ肌を包むように冷たい。
畳を踏むたび、微かな軋みと土壁の匂いが過去の放課後を思い出させる。
まだ18時台なのに、やけに静かだ。
実際誰もいないのだから静かなのは当然なのだが、靴を脱ぐ音や衣擦れの音一つ一つが、いつもよりよく響くように感じた。
LEDが自動で点き、白色光がコンクリート壁を照らし出す。
吹き抜けの実験室は、誰もいないのに機材のファンが低く唸っていた。
L字型の作業台の上では、さっきまで5人が囲んだ未完成のロボットが、動かぬままメンテナンス姿勢で固定されている。
和季はキャスター椅子に倒れ込むと、深く呼吸した。
視界の隅で、黄色いゴムのアヒルが工具箱の上に転がっている。
「……どうしたらいい?」
問いは空気に溶け、冷却ダクトのホワイトノイズだけが応えた。
「……何を話してるんだか、俺は」
自重気味に息を吐き、今日あったことを頭の中で整理しようとしたちょうどその時、
ラックの奥で静かにリレーが跳ねる乾いた音がするとともに、緑色だったステータスLEDが、一斉に琥珀色へ変わった。
HDDのアクセスランプがモールス信号のように点滅し始める。
電源……誰か入れたのか?
重い腰を上げ、訝しげに目を凝らしながらサーバールームへ踏み込む。
暗い部屋の中で、サーバーの点々とした弱い光を頼りに照明のスイッチを探す。
スイッチを見つけるより先に、和季は部屋の中央で点滅する一つの光に目を奪われた。
> |
管理用のPC端末が起動している。
自動では立ち上がらないはずのターミナルが起動し、その端でカーソルが明滅している。
和季は吸い込まれるようにその画面に近いた。
> |
和季の視線がちょうどカーソルの位置に合った瞬間、点滅していたカーソルが動き出した。
> Hello.
> |
何が……どうやって……?
和季が状況を把握するより早く、次の文字列が表示される。
> Hello.
> I'm here.
> https://site-404.com
> |
まるで和季の反応を伺っているかのように、最後の行でカーソルが明滅している。
「site-404……?」
全く見覚えのないURLだ。
しばらく逡巡したのち、和季はスマートフォンでそのURLを検索した。
白い背景のトップサイトには、わずか2行のテキストがあるのみだ。
そもそもトップ以外のページも見当たらない。
「……」
和季はもう一度テキストをよく読み返し、しばし黙考した後、
先ほどのカーソルに《《ある5桁の数字》》を入力した。
さて、『エンターキーは君の引鉄』第1章。ここまでの物語お楽しみいただけましたでしょうか?
長い前置きが終わったところで、物語はここから少しばかり奇妙な方向に進んでいきます。
ここから先の未来、あなた方読者は、プレイヤーとしてこの物語に介入することになります。
あなたの選択によって物語は何度も何度も分岐することになるでしょう。
主人公たちの未来は、あなた方の選択によって大きく変わります。
申し遅れました。私はこのゲームのGM、あなた方をこの物語の終着点へと導く案内役「シオナ」です。
これから先の物語に進むには、まずはこの物語の主人公、和季と同じ視点に辿り着く必要があります。
すなわち、和季が導いた『5桁の数字』をあなたも導き出し、それを入力してください。
え?どこに入力すればいいかって?それはもちろん、既に示されている《《あの場所》》にです。
謎を解き、その先のメッセージに辿り着いた者だけが、次の章に進むことができます。
では、シンキングタイムとしましょう。
ただし忘れないでください。これは物語ではあっても、決して作り話ではないのです。
実在する彼らの運命は、あなた方の選択に掛かっています。
運命を左右するその引鉄を、他の誰かに握らせないよう、お気をつけて。