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祈りの行先 その1

 見習いシスターのカエラ。今では熱心に神を信仰している彼女だが、昔はそうじゃない。

 親が熱心な信者で、あなたも信仰しなさいと半ば無理やりな形で幼き頃にシスターの道を進む事となった。


 神への信仰心はある。しかし、それは人並み程度の物で宗教家になりたい程では無い。その考えは見習いシスターとなってひと月、半年、そして一年経っても、変わる事は無かった。


「……はぁ」


 箒を使って教会の清掃をする彼女は、静かにため息を溢す。


(こんな生活、いつまで続けたらいいんだろ)


 彼女も最初は頑張ろうとしたが、どうにも身が入らない。そもそも宗教家というのは、信心深い人々が就くものだ。そしてその信仰心を原動力にして活動する。

 一も二にもまずは神を強く信仰する事。それが出来ていない彼女に張り切って宗教活動をしろなんて無理な話だった。


「はぁ〜」

「君、少しいいかい?」

「うぇ!?」


 再びため息を吐いた直後に話しかけられた彼女は、驚きのあまり変な声を出してしまう。


「は、はい! なんでしょう!」

「洗礼を行いたいんだけど、此処の司祭様はいるかな?」


 慌てて取り繕うカエラだが、どうやら向こうは気にしてないらしく話を進めた。


「えっと、司祭様は少し用事で出掛けておりまして……あ、ですが洗礼を受けるだけなら自由に行っても構いません!」


 洗礼とは、信仰する神に加護を授かる為の祈りの儀式である。昔は洗礼を受けるまでに厳しい取り決めもあったが、今はかなり自由になっていて誰でも洗礼を受ける事が出来る。


「ああいや、実は此処の司祭様とは知り合いでね、娘が洗礼を受ける時は是非ご一緒させてくれと言われてたんだ」

「娘? ……ぁ」


 カエラは視線を下に向ける。ちょうど自分と同じ歳ごろの少女が、話している男性の後ろで控えていた。


(うわぁ……! すっごく可愛い子)


 公にはしないが、カエラも自分の容姿には自信があった。しかし目の前に居る少女は、そんな自信の有る無いというレベルでは無い。

 誰が見ても美しい。嫉妬で貶そうとする者が哀れに思えてくるほど、誰にも否定する事の出来ない美が彼女にはあった。


「はじめましてシスターさん、セレナ・ユークリッドです」

「……あ、は、はじめまして! カエラと言います!」


 放心していたカエラは、セレナに話しかけられた事に遅れて気付き、慌てて返事をする。


「ふむ……司祭がいつ頃帰ってくるか分かるかい?」

「は、はい、恐らくあと十分ほどで帰ってくるかと」

「なるほど、じゃあそれまで待たせて貰おうかな。セレナもそれでいいかい?」

「はい、私もそれで大丈夫です」

「あっ、と、それならお茶をお出しします!」


 カエラは掃除の手を止めて、彼らをもてなそうとワタワタ動き始める。


「あー待ってくれ、お茶は出さなくてもいいんだ」

「え? で、ですが」


 しかしセレナの父はそれに待ったを掛け、彼女を引き止める。


「それよりも娘と一緒に遊んで欲しいんだ」

「え? えっと、セレナ様とですか?」

「娘は同年代の子と関わりが少なくてね、良ければ仲良くして欲しいんだ。セレナはどうかな?」

「はい、私もカエラさんとお話してみたいです」

「という事だ。頼んでくれるかい?」

「わ、分かりました」


 そんな訳で、セレナと談笑する事となったカエラ。ただ彼女も彼女で見習いシスターとして修行ばかりやって来た為、同年代の子どもと遊んだ経験がほとんど無い。


「……ぅ」


 結果、カエラは話を切り出せないままモジモジしてしまっていた。


「カエラさんはどうしてシスターになったのですか?」

「へ!?」


 しかしセレナの方は緊張した様子がないらしく、彼女の方から話題を出されてカエラは焦った。


「あ、ごめんなさい。もしかして聞かれたくありませんでしたか?」

「い、いえいえ! そんな事ないですよ!?」


 嫌だったかと勘違いし、ちょっぴり悲しげな表情を浮かべるセレナを見てカエラは慌てて首を振った。


「えっと、シスターになった理由ですけど……成り行きですね」

「成り行き、ですか?」

「はい」


 カエラは自身がシスターになるまでの経緯を説明する。親が熱心な信者である事、親からの強い勧めでシスターの道を進んだ事、そして自分は親ほど信心深くは無い事、それら全てを話した。


「敬虔じゃないシスターなんて、おかしいですよね」

「……」

「……あ、すみません! こんな暗い話しちゃって」(こんなの初対面の人と話す事じゃないでしょ私!)


 ひと通り話し終えた後、これじゃあまるで愚痴ではないかとカエラは自分を戒めた。


「セレナ、どうやら司祭様が帰ってきたようだから洗礼を受けに行こう」

「あ、はい、分かりましたお父様」


 なんとか話題を変えなきゃと思案する彼女だったが、どうやら時間切れのようだった。


(うぅぅ、私のバカァ)

「カエラさん」


 軽い自己嫌悪に陥っているカエラに、セレナは去り際に言葉を残す。


「信心深くない人が宗教家としてやっていける訳が無い。それは違うと思います」

「……え?」

「迷える民を救いたいという心、それが一番大事な事だと私は思っています」


それは、この世界の宗教において斬新な考えだった。


 信じる者は救われる。それを加護という形で実現されてるこの世界では、信仰そのものに意味があり、故にそれ以上の意味を求められにくい。

 迷える民を救う事こそ重要。この世界に生まれて十年にも満たないカエラに、今すぐその事に気付けというのも酷な話だった。


(……あれって、どういう意味だったんだろう?)


 時は少し流れて、洗礼の儀式が行われる部屋の前でカエラは椅子に座って物思いにふけながらセレナが出てくるのを待つ。あの後、カエラは司祭から良い勉強になるだろうと言われてセレナの洗礼を見届ける事になったのだ。


 部屋に居るのは洗礼を受けるセレナ一人だけで、司祭や彼女の父もカエラと同じように扉の前で待ち続けていた。


「セレナ嬢は傍目から見ても信心深さが伺える子ですからな、きっと神も良い加護をお与えになる事でしょう」

「ああ、今から楽しみだ」

「ところで彼女は、どの神を信仰すると?」

「俺と同じ○○○○(癒し系の神)だ」

「それはそれは、ご自分から言い出したんですか?」

「そうなのだ。セレナの前で話した覚えは無いんだが、これも血の繋がりというやつかな」

「はっはっはっ、親としては嬉しい限りですな」

「まったくだ。けどそれを聞いた妻が拗ねてしまってな、宥めるのは中々に大変で───」


 司祭とセレナの父は、落ち着いた様子で談笑する。良い加護を授けて貰えるだろうかとか、そんな不安を抱いてる様子が微塵もない。


(そうなんだ……ちょっと楽しみかも)


 それをカエラは横で聞き、洗礼を受けたセレナがどんな素晴らしい加護を授かるのか考える。

 自分が知る中で最も高位の加護を持つのは、この教会の司祭だ。それより凄い加護なのだろうかと、彼女は期待を膨らませていった。


 そのまま待ち続けること数分、セレナはまだ戻って来ない。しかしこれぐらいなら普通にある。洗礼を受けるのには少し時間が掛かる物なのだ。


「「「……」」」


 十分が経過する。初めは談笑していたセレナの父と司祭も、今は静かにその時が来るのを待った。


「……遅いな」


 セレナが洗礼を受けに行って三十分、彼女の父はポツリと呟く。


「そう、ですね。いくらなんでも遅いような気が……」

(セ、セレナ様、大丈夫なのかな?)


 時間が掛かると言っても五分かそこらだ。十分でも長いぐらいなのに、三十分経っても戻らないというのは異常である。

 流石にそろそろ中の様子を確認するべきか。そう誰かが考えた直後、彼女は戻ってきた。


「おお! 戻ってきたか」

「どうやら杞憂だったようですな」

「ホッ……」(良かったぁ)


 セレナの無事な姿を見た三人は安堵の息を漏らす。その後、セレナの父は彼女のもとへ真っ先に向かい、尋ねた。


「どうだったセレナ、どんな加護を授かったんだい?」

「……お父様」


 彼女は悲しげな笑みを浮かべて言う。


「どうやら私は、加護を授けられなかったようです」

(…………え?)

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