神のご加護
「なんだかご機嫌だね」
(……チッ)
そしてさっきまでご機嫌だった彼なのだが、とある人物に話しかけられた事で一気に気分を急降下させていた。
「おはようございます」
しかし彼はそんな心境を一切表に出さず、嫁のセレナとして淑やかに応じた。
「おはようセレナ、それとカエラも」
「おはようございますルーク様! エリーゼ様とロッシュ様もおはようございます!」
セレナに撫でられていたカエラも、シュバッと姿勢を正してルークに挨拶を返す。彼の後ろに居る二人への挨拶も忘れずに。
「おはよう」
「お、おはようございます」
最初にエリーゼが反応し、遅れて前髪で片目が隠れた華奢な人物が挨拶を返す。
「それで、何か良い事でもあったの?」
「はいルーク様! 実はですね───」
(来やがったな、○○○○○○○!)
先ほどの話を再び語るカエラを微笑ましそうに見るセレナは、その裏でルークへの警戒を片時も解いていなかった。
「へえ凄いね! それってつまり神様に頑張りが認められたって事でしょ?」
「そう! そうなんです!」
(くっ……! この野郎、カエラちゃんとは出会って数日ぐらいの筈なのにもうあんな仲良くなってやがる)
順調にカエラを新たなハーレム要員に引き入れている(※勘違い)ルークを見て、彼はルークの警戒度をうなぎのぼりに上げていった。
……彼が理想の学園生活を送るのに最大の障害となり得る人物、それがルーク・アートマンだった。
(やはり最初出会った時に感じた印象間違いじゃなかった。奴はハーレム系ラノベ主人公だ!)
彼がそう確信する要因は複数ある。まずルークの人となり。この時点で彼は八割ほど確信していた。だが、まだ一応の考え直す余地はあった。
次にルークの幼馴染、エリーゼの存在。もはや言い逃れは出来ないと、彼は九割九分の確信を得た。
そして最後に、ルークが寮で相部屋となって友達になったロッシュ・アークライト。彼の存在が決め手となった。
此処でロッシュの簡単な紹介をしておこう。
ラベンダー色のミディアムショートヘア、琥珀色の瞳は伸びた前髪で片目が隠れている。性格は控えめで、華奢な体付きと中性的な声も相まって可憐な少女にも見えた。
そう、俗に言うおとこの娘である。おとこの娘なロッシュの存在により、彼はルークをハーレム系ラノベ主人公だと断言出来たのだ。
(ハーレム主人公でも男の友人枠は欲しい。けど普通の野郎じゃ華が無いからおとこの娘にしよう。そんな作者の考えが見え透いてるんだよォ!!)
そういう事である。普通に新しい美少女と仲良くなっても警戒はしたが、おとこの娘と友達になった事で余計に警戒する結果となった。
(絶対に寝取られ展開なんて起こすものか! 俺の嫁は俺だけのものなんだい!)
改めて言っておくがセレナの中身は正真正銘、彼自身である。
(俺の嫁は、俺が守る!!!)
実は転生は転生でも憑依転生で、セレナの魂は別にあるとか、そんなドンデン返しは特に無いのだ。悲しい事に。
▼▼▼
ルークが王立学園に入学して早一週間が過ぎた。入学式当日を除けば特に問題も起きておらず、平穏な日々を過ごせていた。
「神への祈りかぁ、俺は簡単な事しかやってないな」
そう言ってルークが会話するのは、セレナの昔馴染みであるカエラ。明るく元気な少女である。
彼女は見習いのシスターをしており、ふと気になったルークは日課の祈りで何をしているのか尋ねた。すると返ってきた内容が中々に本格的だった為、少し驚いてしまった。
「う、うん、僕もそこまで大変な事は」
ルークの言葉に同意したのは、彼の住む寮で相部屋となったロッシュである。
ロッシュとは始め壁があるように感じられたが、ルークが真摯に接し続けた事で、今では友人とはっきり呼べる程度には仲良くなっていた。
「こういうのは祈る事が大事なんです! どんなに簡易的でも、しっかり信仰を示せば神には必ず届く物です!」
「そうなの? アタシが地元で通ってた教会じゃ、神への祈りはしっかりやれって言われたわ」
教わった作法も一々面倒な物で……と、エリーゼは苦々しい表情を浮かべて話した。
「あはは……まあその辺りの考え方は教会でも色々ありますから。ですが確かな信仰心さえ持っていれば問題ないと、私は信じています! ですよねセレナ様!」
「ふふ、そうですね。信じる心というのは時に凄まじい力を発揮します。それは神への信仰も同じ事だと、私は思っています」
そう語るセレナの言葉には、何処となく実感が籠っている気がした。
「……もしかしてさ、セレナもシスターなの?」
以前から気になっていた事をルークは思い切って聞く。
「はい? 私が、ですか?」
それが思いもよらない質問だったのか、セレナは首を傾げてキョトンとしていた。
「あー確かに、セレナってシスターっぽいわよね。見た目も言動も、それに性格も」
「う、うん! 僕もそう思う」
他の二人もシスターっぽいと思っていたらしく、エリーゼもロッシュも同意していた。
「そうなんです! セレナ様はシスターに相応しいお方、シスターの中のシスター……いえもはや聖女です!」
そんな三人の言葉を聞き、カエラは身を乗り出して高らかに答えた。
「そ、そんな、大袈裟ですよ。それに私、シスターではありませんし」
満場一致で賞賛されたセレナは、恥ずかしそうに頬を赤らめながら否定する。
「あらそうなの? 向いてると思ったんだけど」
「分かりますかエリーゼ様!? 私も以前からそう思い、何度もシスターの道をお誘いしてるのですが……」
「ごめんなさい、そう思ってくれるのは嬉しいんですけど、私にそのつもりは無いんです」
「うぅぅぅ」
捨てられた子犬のような目でセレナを見つめるカエラ。それにセレナは心底申し訳そうにしながらも、決して首を縦に振る事は無かった。
「何か理由でもあるのかい?」
「大層な理由はありません。ただ私の信じる道に、シスターという肩書きが必要ないだけです」
「……?」
返された答えは要領を得ない物で、どういう意味だろうかとルークは首をひねった。
「えっと、セレナさんはなんの神を信仰しているんですか?」
続けてロッシュがセレナに質問を投げかける。
「そういえば私、セレナ様にどんな神を信仰してるのか結局教えられてませんね」
「確かに気になるわね。まあ私とルークはそんな宗教に詳しくないから、聞いても分からないと思うけど」
続けて他三人もその質問に興味を示し、セレナが答えるのを待った。
「信仰する神ですか……厳密には少し違いますけど」
そう前置きを入れてセレナは信仰する神を語ろうとしたが、突然グッと口を噤む。
「……ふふ、今は秘密です」
そして暫く黙り込んだと思えば、そんな事を言い出した。
(ひ、秘密?)
「そんなあ!? 私、セレナ様がどんな神を信仰されてるのか気になって夜も眠れません!」
まさかの答えにルークは戸惑い、カエラも駄々っ子のように答えて欲しいと強請り始めた。
「……まあ、あんな凄い治癒の加護を使えるんだし、信心深い事は確かなんでしょうね」
「あ! それに関してお話したい事があります!」
しかしカエラは、エリーゼの言葉を聞くや否や駄々をこねるのをやめ、唐突にそんな事を言い出した。
「セレナ様があれほど高位の加護を得るまでには、沢山の苦労がありました! それを皆さんにお話して、この感動を分かち合いたいんです!!」
「な、なるほど……」
今まで以上の熱意を感じて、ルークは思わず気圧される。
「……あ、あの、そろそろ授業が」
そのまま何をせずとも語り始めそうなカエラを止めるように、ロッシュは恐る恐る皆にそう言った。
「それもそうね。じゃあその話はお昼ご飯を食べてる時に聞きましょう」
「はい、楽しみにして下さい!」
少しした後に学園の鐘が鳴り響き、ひとまずは談笑を終えて授業に集中していくのだった。